審問にもならない問いかけ
トルペの港には、大きな魚市場がある。近くには教会があって、そこには司祭がいる。漁師たちの妻や子は教会で、夫が無事に帰ってきてくれるように祈っている。
「漁師はいつも、漁に出る前に祈っていきますよ。今日も大漁であるようにと」
エルドレッドたちを出迎えた司祭は、穏やかな笑みを浮かべた好人物だった。神聖国にはそういう顔をする人間が多い。
(腹の中で何を考えているかは分からないからな……気をつけねえと)
エルドレッドは油断のない眼差しで、その司祭を観察した。司祭が彼を見て笑みを深める。
「あなたは神の血を継いでいらっしゃるそうですね。神にお会いになったことは?」
「ありません。俺は父親の顔を知りませんから。神の子というのはそういうものです。……ご存知ですよね?」
「ええ、知っておりますよ。すみません。私も、創造神の御子にお会いするのは初めてで……」
(要するに俺を試したのか。予想通り、一筋縄ではいかねえな)
勇者と盗賊は楽しそうに笑っていて、僧侶は興味深そうにしている。エルドレッドはため息をついた。
「俺の母は俺を産んで、すぐに亡くなりました。神の子を身籠れるのは清い乙女だけです。その子を産んだ母親は、みな命を落とします。俺は、母の事を何も知りません。俺が生まれた村は、魔族に燃やされて……俺は幼い魔女と手を取り合って、村から逃げました。ですから、母に男が居なかったという証明はできません。居たという証明もできませんが」
それは何度も説明したことだ。そして単なる事実である。司祭と僧侶が目を丸くしている。エルドレッドは淡々とした声音で告げた。
「俺は神の子だと言われていますが、俺自身にその自覚はありません。俺にはただ、人にはない力があるだけです。それが神の力かどうかは知りません。その判別は、あなた方の得意分野でしょう。審問でも何でもご勝手に。最も俺は、既に大神殿で司教様の審問を受けていますから……俺の審問をするということは、司教様が下された証明に異を唱えるということになりますが」
煩わしい。それがエルドレッドの本音である。実際、司教にも面と向かってそう言った。人々に貧しい暮らしの良さを説いておいて、その舌の根も乾かぬうちに神殿で贅沢な暮らしをするのは嫌だと。そうしたら司教に気に入られた。理由は知らない。興味もない。
「神の子であろうとも、人類は等しく平等です。それがあなた方の教えでしょう」
ただ、こう言えば相手は黙るしかない。それを知っているだけだ。案の定、司祭は苦々しい顔をして口を閉じた。予想外だったのは僧侶の反応。目をキラキラとさせて口を押さえて、どこからどうみてもはしゃいでいる。
「素敵……やはりエルドレッド様は、私達がお迎えすべき神の子ですわ」
「……そうですか。それはどうも(勘弁してくれ)」
本音を隠してぎこちなく笑う。そんなエルドレッドに、僧侶は眩しいものを見るかのような目を向けた。




