傷と罪
宿に戻ったエルドレッドは、ベッドに入って目を閉じた。
(ネージュの街にいる罪のない人たちが、帝国軍に苦しめられている。明日は勇者たちを止めない方が良いな)
エルドレッドは優先順位を決めている。まずは仲間。次に罪のない人々。悪人まで守る気は、彼には無かった。
(俺は街の人々が巻き込まれないように、優先して助けに行けばいいな。帝国軍と戦うのは、勇者たちに任せておこう。相手は悪人だ。どうなってもいい……)
分かっている。これは詭弁だ。仲間を傷つけられるのが嫌で、無理やり自分を納得させているだけ。悪人だからといって見捨てていい理由にはならない。そんな思いを振り切って、エルドレッドは眠りについた。
――翌朝。ネージュの街に向かって、彼は馬車を走らせた。街のあちこちで火の手が上がっている。入り口で馬車を止めて、彼は駆け出した。街の中心部に着いた彼は、空に向かって手を伸ばす。
「雨よ!」
力を込めて叫ぶ。空を暗雲が覆って、大粒の雨が降ってくる。雨は街の火を消して、彼は安堵の息を吐いた。勇者がそれを見て拍手する。
「流石だね。……僕らまで濡れてしまうのが気に入らないけど」
「後で乾かすから待ってろ。こんなことをした奴を捕まえる方が先だ」
戦士と魔法使いが、彼らの前に姿を表す。勇者が剣を抜いた。彼は盗賊に向かって問いかける。
「あの鎧の紋章……帝国だね。どういうことかな?」
「軍の暴走ー。いつもの事だろ」
盗賊は素知らぬ顔で答えた。僧侶が杖を構える。
「民を苦しめる方々には、お仕置きが必要ですね」
エルドレッドは目を細めた。勇者と戦士が剣を合わせる。盗賊が投げた多数のナイフが、魔法使いの体を貫いた。地面に縫い付けられた魔法使いの前に、僧侶が杖を振り下ろす。
「神の罰」
空から雷が落ちた。魔法使いの体が痙攣する。やがて彼は動かなくなった。それと同時に、戦士の剣が弾き飛ばされて地面に落ちる。
(こっちは問題ないな。俺は街を調べて、隠れてる奴らを炙り出すか)
エルドレッドは魔石を使って、特別な方位磁石を生み出した。街のあちこちに隠れている帝国軍の者たちを見つけ出して、片っ端から捕らえていく。彼が帝国軍を全員縛り上げる頃には、戦士と魔法使いは両方とも地に伏していた。
「おや、エルドレッド。遅かったね」
鎧を奪われてボロボロになった戦士を踏みつけながら、勇者が笑う。彼の横では盗賊が魔法使いの体に少しずつ傷をつけて、僧侶が治癒魔法と相手の精神を正気に保つ魔法をかけていた。
(相変わらずだな)
エルドレッドはため息をついた。彼は再び空に手を伸ばして雨雲を消した。その後に突風が吹く。彼らの濡れた体は、一瞬で乾いた。
「それで? 次の行き先は決まっているのか」
「特に決めてないなあ。でも、ここで暮らすのも退屈だし……船にでも乗ろうか。北と南、どっちに行きたい?」
「好きな方でいいだろ」
「じゃあ北で! ついでに大神殿に寄ろうか。司教様にも挨拶しておかないとね」
地面に転がる傷だらけの人間たちには目を向けないようにして、エルドレッドは勇者から旅の予定を聞いていた。




