取引の申し出
運ばれてきた果実水を飲みきる頃には、太陽はとっくに沈んでいた。
「そろそろ寝ようか」
「そうですね」
グリズスとラディが微笑み交わす。キアムがエルドレッドの方を見た。
「なあエル、オレと一緒に外行かね? お前と話してみたいんだよ、2人きりで」
「俺は構わないけど……」
エルドレッドは横目でグリズスを見た。彼は穏やかな笑みを浮べて頷く。
「いいけど……。エルドレッドは明日も馬車を運転するんだし、疲れさせるようなことをしちゃダメだよ」
「わーってるって! よし行くぞエル」
キアムに腕を掴まれて、エルドレッドが引きずられていく。彼は机の上に果実水の代金を置いてから、抵抗せずに引きずられていった。キアムはエルドレッドを連れて宿の裏に回り、月を見上げて話し始めた。
「オレは親の顔を覚えてねえの。教会の前に捨てられてたから。でもアソコは退屈だったから逃げ出して……盗んだり奪ったりして暮らすようになった。オレの周りは、そんなやつしか居ねえんだ」
「……まさかとは思うが、お前の出身は帝国か」
新時代の覇者になろうとしている国の1つで、敵には容赦しない。戦えない人間を殺して、民の家を焼く。帝国の王は暴君だ。
(皇国の王はその辺り、上手く立ち回っているよな。神聖国は、そもそも民が王に虐げられていると思っていない。あの国の人間は、神を心から信じている)
エルドレッドは目を細めた。キアムは軽薄な態度を崩さない。
「オレは好きだぜ、あの国。他と違って分かりやすいし、裏表がない。生きやすい国だと思う。……お前は?」
「どの国も嫌いだ」
「そうかよ。でも、どこかは選ばなきゃならねえだろ。グロウは旧時代に魔王を殺したパーティーだ。お前はそのパーティーの要。特別な存在だ。どの国もお前を欲しがってる」
「俺が皇国を出られるわけがないだろう。ルーシャたちが囚われているのに」
「その場所、知りたくねえ? オレは知ってるぜ。ラディもグリズスも。もちろん、タダでは教えてやれねえけど」
エルドレッドは手のひらに爪が食い込むくらいに、強く拳を握った。
「そうか。そのための勇者パーティーか」
違和感はあった。自分以外のメンバーも他の仲間との間に一線を引いているような、そんな妙な感覚は。キアムが笑みを深めて、空に向けていた視線をエルドレッドの方に動かす。
「分かってんじゃん。オレたちは皆、アンタの力を欲しがってる。アンタは英雄だから、他の国に取られると面倒なことになるんだ。だから皇国は先手を打った。オレは帝国を気に入ってるから、このパーティーに入ったんだ。アンタをこっち側に誘うために」
エルドレッドが目を伏せる。どのみち彼1人では、全ての監禁場所に同時に踏み込むことは不可能だ。他の国に頼らなければ、全員を救うことはできない。
(でも、それは結局同じことだ)
人質は、助けた国に奪われる。エルドレッドが守りきれるのは1人だけ。最愛の魔女を助けられても、他の2人を見捨てることになるのでは意味がない。彼は無言で踵を返して、宿の中に戻っていった。キアムは彼を引き止めなかった。




