追放
「出てって!!」
丈の長いローブを着た長髪の魔女が、手に持っていた瓶を投げつける。銀の鎧を身に纏った戦士は、慌てて部屋から飛び出した、
「もうあなたなんか知らない! 大嫌い!!」
部屋の中から聞こえてきた叫びを耳にして、戦士は困ったように頬を搔いた。彼は背中を丸めて階段を下りる。その様子を見て、カウンターの向こう側にいた宿の主人が苦笑した。
「またルーシャを怒らせたのかい? 好きな子には優しくしないとダメだよ」
「いやあ、分かってるつもりなんですけどね。どうにもあいつの顔を見てると、からかいたくなってしまって」
「素直じゃないなあ。そういえば、西の市に彼女が贔屓にしてる宝石商が来ているそうだよ」
「いつもありがとうございます、バイロンさん」
宿の主人に礼を言って、彼は扉を開けた。大通りの喧騒が耳に届く。
「じゃあ行ってくるから、ルーシャが下りてきたら慰めてやってくれよな」
戦士はカウンターに座っている盗賊と僧侶に、そんな言葉を残していった。盗賊がひらひらと手を振って、僧侶は笑顔で頷いた。
「ハイハイ。あんたも気をつけてね〜」
「寄り道はしないようにしてくださいよ。遅くなると彼女が心配しますから」
「分かってるよ!」
そんなやり取りをしながら、戦士は宿の外に出た。大通りを南下して、西の市を目指す。人混みをかき分けながら、彼はその宝石商を探した。
「ちょっとそこの君。エルドレッドくんだろう。さてはまた、彼女と喧嘩したのかな?」
馴染みの宝石商は、彼を見つけて自分から声をかけてきた。彼は困ったように笑う。
「まあそんなとこだよ。そっちはどんな感じなんだ?」
「商売の方ならそれなりに繁盛してるがね。この国は少しばかりきな臭くなってきたから、そろそろ店を畳もうと思っていたんだ。エルドレッドくんは、丁度いいところに来てくれたよ」
「えー……俺、あんまり手持ちがないから高価なのは買えないんだけど」
地面に広げられた布の上に、色とりどりの魔石が置かれている。その店の前でしゃがみ込んで、彼は魔石の状態を確認した。
「そうじゃないよ。君に、これを預かって欲しかったんだ」
宝石商が懐から大きなルビーを取り出す。ルビーの中には小さな悪魔が閉じ込められていた。エルドレッドと呼ばれた戦士は、その石を見て目を丸くした。
「旧時代の遺物?! どこで手に入れてきたんだよ、そんな石」
「趣味の成果さ。とはいえここまでの大物は珍しくてね。売り物にするのも憚られたから、エルドレッドくんにあげようと思って」
「それって売れないから押し付けるってことだろ。相変わらずちゃっかりしてんなぁ」
「まあまあ、そう言わずに受け取ってくれよ。君が選んだ石を、安値で売ってあげるから」
「しゃーねーか。じゃあこれ、金貨300グラムな」
エルドレッドは1番良い魔石を指さした。宝石商は彼から金貨の入った袋を受け取って、楽しそうに笑っていた、
「いいとも、持っていってくれ。ルーシャちゃんによろしくな」
エルドレッドは2つの魔石を抱えて、上機嫌で宿に帰った。そこに仲間が待っていることを、疑いもせずに。
「ただいま!」
ドアを開けた彼が見たのは、荒らされた室内。血がついたメモが、壁にナイフで止められている。メモには見覚えのある筆跡で、「サヨナラ」とだけ書かれていた。