東都 南西地区α- 午前十一時四十七分【疾風視点】
請負業務も管理員業務もない休日など何ヶ月ぶりだろうか。
公園掃除を終えて早朝教練と家事を済ませた後は、折角の休暇だからとリビングで本を読んでいたが、二時間ほど過ぎたところで飽きてしまった。
今よりも若い頃、自由に時間を使える生活をしなかったせいか、予定のない時間があると仕事を入れたほうが落ち着く性質になってしまっている。
友人どころか身内である疾斗からさえも「仕事中毒者にも程がある」と言われてしまうほど、業務を詰めるだけ詰めて働いていた時に比べれば休む事を覚えた方だとは思う。
しかし、有り余る時間の使い方がいまいち理解出来ないあたり、仕事脳であることは間違いない。
「相変わらず混んでンなぁ……」
普段買い物に出る時間よりも少し早く車を出し、東都内唯一の倉庫型会員制店舗へ来たのだが、広大な土地内の駐車場は半分以上が埋まっているように見える。
入り組む駐車場を見通し、比較的出入り口に近い位置を探して車を停めて降りれば、一般的な店より二回りは大きいカートへ大袋を乗せた家族が横切っていく。
(そういや学童用の菓子も無かったっけな…一人であの量行くかもな、今日は)
男の二人暮らし。互いに働き盛りで、基本は自炊。
副業の職種や体型・筋力維持の関係で食事内容に多少の違いはある。偏食性は持ち合わせていないため購入物に気を使う必要はないが、食べる量はそれなりに多い。
そのため、一般の大型小売店で二週間分をまとめて買うと金額ばかりが掛かる。
ここは商品の単数価格は多少高くとも、内容量が飲食業務品並みに入っているため、一般量に換算するとコストパフォーマンスとしてはだいぶ抑えられる。
大型ショルダークーラーバッグをカート下へと置き、会員証を見せて店舗内へ入れば、広大な倉庫に積載パレット上に積まれたままの商品達が鉄柱製の棚へ何百種と収められている。
「…疾風じゃねえか」
フードコーナーメニューを遠目に眺める背後、聞き覚えのある声に突然呼ばれて辺りを見回せば、人波の中で頭一つ分飛び出た男が目に入る。
片手を上げた超長身の同級生は、いつも通りに濃藍色の作業用繋ぎ服を襟まできっちり着込み、片腰にメッセンジャーバッグを着けており、周囲の買物客と比べて明らかな軽装だ。
「何処の誰かと思えば。休み…ってわけじゃ無えな、その格好」
「飯炊き忘れて凛の弁当しか詰められなかったから、昼飯買いに来たんだよ」
「そういや会社から近いんだったっけか」
掛けた言葉に首肯する都築から休憩スペース内に設置された硝子窓へと目を移せば、僅かに霞み掛かって見える青空と工業地域の奥で、オレンジ色の屋根が映える。
足を運ぶ事は多いものの外観へ気にかけた事は無かったが、風景の一つとはいえ改めて見ると、その土地は広い。
請負業者専門の労働監視・調査管理を担う機関の一つである【レイヴホープ】
極東国内で知らぬ者はない【整備会社】で、都築は整備士と機関員を兼務している。
「今日は一人か?」
「ああ。あいつはフツーの仕事。なんか今日やけに混んでねェ?」
「先週から感謝祭セールだからな、この時間で車停められたのは奇跡だと思うぞ」
時間にしておよそ五分も経っていない筈だが、人入りが切れる様子が全く見えない。
店員は拡声器で整列を促しており、荒い呼吸音をマイクが時折拾う。連日のように同じ言葉を叫んでいるのだろう、声は枯れ気味で気の毒に思える。
「…飯食ってから行けば落ち着くか?アレ」
「買物客のお目当ては賞品補充済の福引だろうから。それ気にしなきゃ問題ねえよ」
会計ゲートの方を見ればそちらも引っ切り無しの開閉。機械対応だけでは間に合わずに手動のレジも開けて長蛇の列を懸命に崩しているのが窺える。
「福引?ンなもんやってんのか。良くてブランド肉とかのやつだろ?」
「例年だったらな。今回は開店十周年記念特別版らしくてな…」
言葉を続けようか迷っているのか、片眉を下げつつ自身の耳を指し示す都築に目を眇め、通り道の邪魔にならぬようカートごと柱側へと移動すれば、その背を僅かに屈めて耳元へと寄る。
「…ここの経営が政都機関の先代会長で口出しが多い人らしい。有る事無い事吹聴されたくねえからって、各都から祝い代わりに賞品出したんだと」
「……そりゃご苦労なこった」
組織に従事していれば大なり小なり当たる問題だと思うが、政都に認められている機関でもそれは同じ事らしい。
各都から祝い品という口封じを出しているということは、相当の曲者なのかもしれない。
いつだったかニュートラルで昼食を取っていた際、きっちりとスーツを着込んだ男達が馬奈木に長く話しかけていることがあったことを思い出す。
元々所属していた彼を再度引き抜くつもりで説得に来たと思っていたが、あの時の政都本部機関の人間も、口出しが多い先代に目をつけられぬよう仕方なしに来ていただけの可能性もある。
一線から身を引いたのであれば、馬奈木のように次の世代に任せれば良いものを。そう考えてしまうのは、引き継ぐ時点で前任者が居なくなっていた枠に入ったからだろうか。
「…ん?各所から出してるってことはレイヴホープからも出したのか」
「ああ。ウチは整備会社なんで無料車両点検の回数券にしたらしい。[もっと良い物出せるだろう]って他のトコから叩かれたって社長がベソかいてたけど」
「へえ…俺みてえな一般庶民に車検代は痛ェもんだからありがたいけどな」
「悪い、よく聞こえなかった。誰が、一般庶民だって?」
「あ?俺」
投げられた問いに悪びれなく答えれば、友人はあからさまに物言いたげな目で此方へ冷たい視線を投げてくる。
本業である請負業での稼ぎで見れば一般的ではないことぐらいは解っている。反対を言えば、そちらの仕事が入っていなければ一般人と変わらない。
親が遺したマンションを相続して管理員をしている、寡の男というだけだ。
嘘は言っていないだろうと首を傾げてみせれば、眇めていた闇色の瞳を閉じて呆れたように息を落とした都築が頭を掻いて苦笑した。
「そう言うことにしといてやるよ…俺もそっちの仕事がなけりゃただの整備士だしな。メシ先に食うんだろ、決まってるならまとめて買ってくる」
「サンキュ。ラップサンドと冷茶頼む。席取っとく」
オーダーに頷いた都築の背を送り、比較的近くで相手から見える位置が空いていないか休憩所を見ればちょうど席を立つ家族が目に留まり、退席を確認して備え付けのダスターでテーブルを拭く。
長蛇の列に並んでくれている友人へ返す食事代を出しながら店内専用タブレット端末を覗けば、〈感謝祭〉の文字が明滅して目を引くが、肝心の目玉商品は興味がない物ばかり映される。
嗜好品を見ようと画面に触れて数分もしないうち、紙トレーを二つ持った整備士が戻って来た。




