東都 北地区β- 二月二十五日 午後二時二十三分
灰色に染まる広い立方体の様な空間の中、事務机を挟んだ向かい側から、全く以って身に覚えのない罪の是非を問われ続けて早数十分。
「──少しは口を聞いて、嘘でも弁解の一つも言ったらどうなんだ?」
「虚偽罪で捕まえられたら困ります」
「それは改竄した事を隠したいからだろう」
「想像力が逞しいですね」
「馬鹿にしているのか?!」
刑事の怒鳴り声が耳に入らないわけでは無いが、早口が過ぎるせいで時折何を言っているのか聞き取れない。
昨夜、倉井の相談を聞いていた際に割り入ってきた電話は事務所の社長だった。
受話部を通すその声は震えており、場に居なくとも分かる程の動揺を滲ませて告げてきたのは、警察への出向願。
全く持って見に覚えのない案件が届いた理由が、今まさに調査中内容の被疑者として嫌疑が掛かったためだ。
月原と交互に調査対象の遊戯施設へ出入りを繰り返してはいたが、画像に送られてきた人物に似た者は見かけた覚えもなければ、さほどゲームをプレイしていたわけでもない。
ましてそのうちの一人は、昨晩の話でも上がっていた青山遥なのだ。見間違えるような事はそうそう無い筈だが、巡回時間に掛かる頃合いに入店しても会えず終いに日が過ぎてしまい、巡回最終日の今日を迎えてしまった。
疑いを自分に向けて捕らえられる事も想定し、いくつかのカプセル型アミューズゲームをプレイしていたが、こうもうまくひっかかるとは。正直言えば、拍子抜けしている。
「ゲームデータ、お前が違法改竄したんだろ?さっさと認めた方が楽だぞ」
「誘導尋問がお好きなら怒鳴るのはどうかと。ドラマでも今時見ませんよ」
「あ?誰がそんな話をしろっつった?やったかやってねーか答えろってんだよ!」
「そんなに机叩いてると手首痛めますよ」
「ふざけてるのか?!誰が叩かせてるんだ!」
「自分は叩いて欲しいなどと言った覚えはありませんが」
薄く笑いながら全く無関係な解を置き、事実無根の詰問に黙し。雨霰のように振らされる罵詈雑言を右から左へ聞き流す。
この場で国家認可証を提示すれば早々に解放される事は解っているが、それでこの状況を丸く収められるとは思えない。
民間機関や国役所、表仕事の関係者を含めても本来の役職を知っている人間は、一握ほどの人数だ。
疾斗自身は請負人であることを特に隠しているわけではないが、国家認可所持については一部の人間にしか話していない。
故にこの様な事が起きることも想定はしていたが、目前の刑事はこちらに話す隙を与えるつもりはないらしい。
(……話を聞かないタイプに見せたところで要らん揚げ足取られそうだしな…)
「おい、聞いてるのか?!」
「一応」
「一応?自分がやったと認める気は無いってのか!!」
(面倒くさい…)
刑事補佐だと言う自分とさして歳は変わらない青年は、怒鳴り散らすことで身に覚えのない非をこちらに認めさせようといるのが手に取るように分かる。ここまで古典的な方法を使ってまで上の立場へ上り詰めたいのだろうか、と半ば呆れながら肩を竦めて首を横に振る。
調書を書き連ねる女性警察官へ目をやれば、室内に響く彼の声が耳に付くのだろう、迷惑げに目を細めて何事かを呟いているが、視線に気付いたのか此方を見て恥ずかしげに目を逸らす。
「どうせ事務所が助けてくれるとでも思ってるんだろう?無駄だぞ。こっちは請負屋から正式に通報受けたんだ、お前が認めるか身の潔白が証明されるまで出られないぞ」
(新米請負人の通報にそこまでの拘束力は無いんだが)
業務代行請負人が犯罪行為を発見・摘発した場合、対象者を一時的に拘束することが許されている。
それは認可の有無に関わらず一様に持つ権限だが、通報拘留時間はその業種に携わる期間によって変わる。
国家認可請負人からの通報拘留時間は最長一ヶ月だが、一般業務としての請負人─新人となれば、拘留時間は半日あれば良い方だ。
業務代行請負業の規定を理解していないのか、それとも全てを一緒くたに考えているのか。
若干何かを勘違いしているらしい刑事は、恫喝に似た問いを並べ立てながら此方を嗤う。
(…口を開くのも億劫だ)
その気になれば幻覚を魅せて逃げれば良いが、能力の頻発は後の代償に響く上に、依頼業務外に非能力者への過度な能力使用をすれば、たとえ国の認可を受けている自分達であっても規定違反になってしまう。その事を考えると、下手に使う訳にはいかない。
表に薄笑いを張り付けて内側で重く息を吐き、頭には状況打開方法をいくつか組み立ててみるが、正面から投げられる無駄な罵声に思考が霧散した。
───────────
完全黙秘を始めてどの位過ぎたのだろうか。
通信機器が一時没収されている上に、部屋の中に壁掛時計はない。
閉鎖的な空間で「認めろ」の一点張りに首を振り続けるだけの進展もない押し問答を続けていたせいか、時間感覚が狂ってくる。
(やり口は三者三様だろうが、こんなやり方を認めているのは些か問題だな…)
黙っていること自体は別段苦痛にはならないが、人よりも多少耳が良く聴こえる自分には、男の喚き声と脅しがあまりにも煩くて敵わない。
鉄製の扉はあれど防音にはなっていないのか、通り掛かる人間の微かな音が聞こえる。僅かに立ち止まる気配こそ感じるが、文句や陰口は聞こえない。そのことを考えると、彼はこのやり方で実際に手柄を上げて今の立場を手に入れたと云う事実があるのだろう。
左目に埃が入ったのを装い、何も映さぬ右目だけを開いて男を視界から外せば、苛立った気配が真横へと動き、何かと思い首を動かした次の瞬間、襟首を掴まれた。
「モデルだかなんだか知らないが、いつまでもスカした態度取れると思うなよ?こっちには証拠になるデータも出てるんだ!」
「テレビドラマみたいな事言うんですね」
「っいい加減にしろ!!」
男が疾斗の身体を揺さぶろうと襟を握る手が前後する。しかし筋力と体格に差があるのか大して動かされる事はなく、少しばかり肩が揺すられただけで終わる。
それが尚更腹立たしかったのか、憎々しげに睨め付けられたところで扉が叩かれた。
「終夜、そこまでにしろ。彼は釈放だ」
「どういう事ですか、コイツ何も話してないのに!」
「潔白って証明が出たからだよ」
騒ぎ立てる青年の上司なのだろうか。終夜と呼んだ興奮気味の青年に呆れを見せながら、初老の男が判断結果を告げながら疾斗に手招きを見せる。
「改竄データを使ったっていう写真だってちゃんと提出したじゃないですか!」
(……写真?)
「納得いかないなら身元引受人に聞け、私に言われても困る」
「何処のクソ野郎だって言うん─」
「おやおやァ?今時の警察には上司へ敬いの態度も言葉遣いも知らない人間がいるンですね」
廊下からやけに軽妙な口調がさらりと毒突く。その声は人を嘲笑う軽薄な口上とは裏腹に、一切の感情を感じることができない。
軍隊服を模したデザインの上衣を着こなし、和やかな表情にはそぐわない平坦な音を吐いた男が、口角を上げるだけの笑みを見せて刑事補佐の方を向く。
「どうも初めまして、終夜仁緒刑事補佐。東都請負業務監視調査機関レイヴホープ所属機関長、あなたのクソ野郎こと樹阪爛と申します。ドウゾお見知り置きを」
「国家機関支部…機関長……?」
「そのお若さで刑事職についているだけありますね、知識はちゃんとお持ちのようですね。それなら良かった、話が早く終わると言うもの」
襟を握る手を離すよう視線が注がれていることに気づいたらしく、疾斗の首元がゆっくりと解放される。
「なんです?彼のゲームデータの件なら、俺が請負人からスクリーンショットと一緒に報告書預かって出しましたよ?」
焦りを見せたのも一瞬、終夜はその目を歪めて勝ち誇るように言葉を並べ立てる。
その様子に意外だと言いたげに片眉を上げた樹阪は、軽く肩を竦めて一つ息を落として口を開く。
「そのように話は伺ってます。聞いてはいるんですけどね、その報告書に記載された日、クラウドバンク側の定期メンテナンスの日でして。その際にデータ保存ミスが起きたらしく、件数は少ないですかデータ破損が起きたという確認が取れました。その中に彼のデータもありまして、向こうさんと合同で調査させていただいた結果、修正エラーだっただけで改竄では無かった事が判明したんです」
「は?そんなワケないで」
「私も会社に問い合わせたが確かにメンテナンスは行われていたそうだ。時間も合致している」
頭を掻きながら扉の方へと手を促す男に会釈し席を立てば、威嚇する犬のような深皺を寄せる。
「自分もクソほど忙しい身分なもので。ようやく時間が取れて連絡させていただいた所、すでに任意同行で此処に来ているとのコトだったので、身元引受人も兼任して馳せ参じさせて頂きました」
表情を崩す事なく鮮やかに厭味を投げる樹阪の口撃に、若き刑事は音が取られたように喉を上下させて視線を彷徨わせる。
緩みかける口角を片手で摩り隠し、終夜へ目を細めれば「さっさと行け」と言わんばかりに扉へと顎でいなされ、腹奥に苛立ちを携えながらも足を進める。
座ったまま見上げていたために長身と錯覚していたが、その身丈は疾斗の肩ほどまでで、どこかに覚えのある身長差に内心首を傾げる。
「………運が良かったな」
すれ違いざま吐き捨てるように呟かれ、足を一瞬留めるも口を引き締め直して外界へと向かう。
(今の言葉、どう言う意味だ…)
先の不可解な一言もそうだが、彼の言動はどうにも引っかかるものがある。
鉄製の扉が重く閉まる音の向こう、荒れ狂ったように何かを叫び散らす声と事務机への八つ当たりらしき蹴音が耳を擘く。その騒がしさに耳を摩りつつ樹阪の後を追って警察署の外へと出れば、青の社用車へ寄り掛かる繋ぎ服姿の友人整備時の姿が駐車場へ見えた。
「よ、お疲れさん」
「里央?何でお前まで」
「機関長から話聞いて、少し気がかりなコトがあったんだ。だから関わらせてもらうことにしたんだよ」
詳しくは車で話すから、と後部座席のドアを開く都築に頭を下げ、車内へ乗り込む。
行先を聞かぬまま、違和感だらけだった男の言葉達に首を捻り、疾斗は兄へメールを打ち始めた。




