東都 南西地区β- 二月二十二日 午後十二時三十七分
「社長、都築です」
「はい、どーぞー」
やる気が有るのか無いのか解らない間延びした返答に息を吐き、都築は売店で買ったパンと飲料を入れた袋を手に社長室の扉を開く。
業務時間中に気の抜ける呼び出しが入り、部下達を連れての外食を延期して来たのだが、その放送を掛けた当人はソファに体を投げ出してファッション雑誌を眺めている。
「モデルってな凄いねぇ、大抵の服はカッコよく見える。雑誌見た人間の購買意欲が唆られるのも頷けるわー」
チラと見えた中身は二十代後半から三十代の男性をターゲットに刷られたもので、周りから見れば若く見える方である樹阪が読むには少々年代が過ぎている。溜息を落としつつ室内へ入れば、オートロックの作動音が微かに耳へ届き、他者の入室を拒む空間が作り上げられた。
「…で?呼び出しは何です?」
「ナンパ用コーデの相談をしたいと思っ」
「ペンチで頬骨抓るのとハンマーで引っ叩かれるの、どっちが良いです?」
「どっちも嫌ですごめんなさい許してくださいそのジト目めっちゃ怖いですやめてください!」
「アンタがくだらない事ばっか言うからでしょうが」
「やだもう俺の部下超怖いんですけど!」
「ただのネタ披露なら飯だけ食って戻ります」
反射的に外しかけていた工具鞄の留め具を戻し、向かい側の席へと座り袋の中身を取り出す。
本当にコーディネートを頼んでくることもあるだけに油断はならないが、仮にそれだとしたら入室後すぐに部屋の鍵を閉める事はないだろう。
「つまんねーなぁ…ノリ悪いぞ里央」
「つまらなくて結構、こっちは部下との約束延期して来たんですから」
「…そりゃ悪かった」
顔を覆い隠して泣き真似をしていた樹阪が、雑誌を硝子テーブルへと投げて「やらかしたなぁ俺」と声を漏らして苦々しげに顔を歪めた後、頭を下げる。
呆れ顔の都築が無視してパンの外袋を破き齧り始めれば、その反応も仕方なしと苦笑した社長は時折こちらへ視線を投げつつも手に取ったタブレット端末の操作を始めた。
「…お前確か十九日の休出、出先は北地区のゲーセンだったよな?」
「ええ、液晶パネルの交換と配線修整に」
仕事モードへ切り替わった声に返事を戻し、作成中であった報告書データを端末に表示させようと鞄に手を掛けるが、樹阪は軽く首を振ってその行動の制止を促す。
探していた人物を見つけたのか、画面から外へ向かって指が払われる。その方向を見れば、ホログラム製の人物が二人映し出された。
「蘇我野 祐里亜と青山 遥。この二人は最近請負業を始めた人間で、今は初心者恒例の巡回警備に行ってもらってるんだ。何か知ってたりしないか?」
「青山 遥なら、疾斗に誘ってもらうサバイバルゲームでよく。あまり話した事はありませんが、少し前にも会いました」
「そうか。その《青山》って奴がどっちかわかるか?」
「比較的鮮明とはいえ、この視覚情報だけで見分けるにはちょっと。新堂兄弟みたいな双子じゃ見分けつかないです」
「確かにこの二人はそっくりなんだが、家柄も何もかも別の人間なんだよな、これが」
笑う返事に首を傾げ、都築は席を立って立体映像の二人を再度見比べる。
遠目で見る限り、同じような背格好と服装というのもあるが、その顔つきや体格もほぼ変わらないように見え、この後に及んで同じ物を投影しているのでは、と疑う。しかし樹阪は「双子じゃなくても有るもんなんだなぁ」と感心しながら笑い、机に置いていた一口サイズの握飯を口へと放り込む。
「言っとくが画像処理はしてねーぞ?許可考査の時に撮ったままの画像だ。どっちだ?」
笑みをやめ、こちらの返答を待とうとした樹阪の端末から、少々高音の音楽が鳴り響く。片手を上げて謝罪をした男は搭載された通話機能を使い、どこかへ連絡を繋ぎながら入力を始める。
その間に自身のタブレット端末へ二人の情報を呼び出し、テーブルへ置かれたファッション雑誌を手に取り写っているのはどちらなのかと凝視。
世の中には同じ顔が居る、と云うのは旧国時代からの言葉で、今でもよく聞く。
体格までも鏡写しなのは友人兄弟で見慣れているが、彼らの場合は一卵性双生児だ。他人同士でここまで似ている人間は過去を振り返っても見た記憶が無い。
都築はホログラムの二人を確認しながら頁を捲り、わずかな情報源からでも導ける答えはあるはずだ、と動くことの無い二体へ近付く。
ホログラムのマネキンを回して二体の違いを探し始めると、片方は身体のラインが直線的であり、首はやや太い、男性的な身体特徴を持っている。
もう片方は腰回りにやや丸みを帯びて首や指先が細い、という女性的な身体特徴が窺えた。
「──。いや悪い、他都の機関長からだった。で、答えは出たか?」
「さっきも言いましたが視覚情報だけで判断するのは難しいですが、おそらく男の方かと。ただ、この前は普段と声が違った気がするんですよね…正直、自信はあまり無いです」
回答を返しつつ自身の記憶力不足を悔しく思い、奥歯を噛む。
疾風と同じような能力を持っていれば、即時判断をつける事は出来るのだろうが、都築はそう言った類を持っていない非能力者だ。
体力や精神面は鍛える事はできても、能力者に比べるとどうあっても劣る部分があるため、それを補うために使えるものは全て使っているのが現状。
これを間違えたところで何かに響くと言う事はないだろうが、それでも違えたくないと言う気持ちが表面化して上背に汗が滲む。
「ふむ……OK、わかった。つーかそんなに緊張しなくて良い、テストした訳じゃねーから」
そもそも性別表記の運用をやめた登録票が悪い、と苦笑した樹阪の雰囲気が和らいだ事に安堵し、詰めていた息をひとつ吐く。
「ちなみにその日の作業終わった後って何してた?」
「あー…疾斗達に会ったんでそのまま寄りました。新型ゲームの先行遊戯会に誘われたんで」
「疾斗君達ってことは複数いたんだな?他の同行者は?」
「俺からしたらいつものサバゲ面子ですね」
珍しく質問を繰り出し続ける樹阪の行動に首を傾げつつ雑誌の頁を再度捲り、二人を探す。
有刺鉄線を模した柄のカッターシャツを着こなしている月原と、赤地に黒のロープを模した大柄Tシャツ、白のパーカーを着た佐賀のページを開いて見せれば、何事かに納得したように数度頷く。
「他にもいたか?」
「桂馬浩志と女性モデルの倉井冥那が一緒でした。二人はゲームに出演しているそうで、遊戯会のナビゲーター役で登壇していたので、帰りに合流しただけですが」
彼が確認しているのは東都に暮らす人間達の名簿なのだろう。端末画面に指を滑らせてタップする度に、ホログラム化された五人の姿が空中へと浮かぶ。
「いやすごいな、人気モデル揃い踏みって。ここに里央もいたんだろ?だいぶ目立っただろ」
「そうでもないですよ。疾斗が言うに、自分の要件や行動を優先する場所だと割とバレにくいらしいです。桂馬と倉井のおかげで大衆の目はほとんどステージへ向いてましたし」
「木を隠すなら森の中、ってやつか」
「そういう事でしょうね。事実、中で先に遊んでた月原さんと佐賀も囲まれた様子はなかったし」
返した答えに大きく頷き、樹阪はタブレット端末を見つめたまま眉を僅かに顰め、膨大な文字列をスクロールしてゆく。
「さっきから気になっていたんですが、二人が見つけたのって何の犯罪です?」
「景品や両替機からの窃盗、遊戯台の破損行為、あと…」
言葉を濁した樹阪が数件の報告データを部屋内に展開する。
投影される【改竄データ使用者の摘発】と記されている文書を一つ一つ確認すれば、疎らに見えていた日付は二週間程度の間を空けて書かれているようだった。
「データ改竄……」
「里央も変に思うか」
「現行動いている筐体でこんなに摘発案件が出てくるのは考えにくいかと」
提示された文面を読み、制服の胸ポケットに入れていたメモ用紙とペンを取り出す。
旧国時代のような電子チップ入りカードであれば、偽造品のリーダーに読ませて書き換える事は容易い。
しかし、現在の極東国内で稼働している大型遊戯台やアーケード筐体の殆どは、機体に内蔵されている骨格読取電算機を使用している。
プレイヤー自身の身体がデータ保存・読込の鍵となっている以上、電子機器端末を使用したデータ改竄は不可能の筈だ。
「…社長、この件って他に誰かに話してます?」
「んぉ?いや、特には居ない……あーいや、疾斗君が月原君にも連絡したって報告来たな」
帰路に着こうと駐車場へ向かっている途中、疾斗から「佐賀を家に送って欲しい」と頼まれた。その際に少々面倒そうな表情をしていた友人を思い出し、話を知る人間の共通点にも気付き深く息を吐く。
書き付けているゲームプレイヤー名はほぼ同じもの。となれば、おそらく自身の中の予感はほぼ的中に近い。
「……この件、俺も関わらせてもらって良いですか」
「自分から行くなんて珍しい、何か気付いたのか?」
「あー…なんというか、大元の原因に関わってる気がするんで」
片眉を上げて小首を傾げる機関長に曖昧な苦笑いを見せ、持っていた雑誌をテーブルへ戻す。
「あと、一つお願いが」
「これまた珍しい。滅多にない事だから聞いてあげましょ。何ですかい、都築クン」
「今から書くゲーム筐体の製造会社と作品販売元会社を調べて欲しいんです。お願いします」
深い藍色のジャケット姿で表紙に笑う青山遥の姿に一瞬目を落とし、都築は樹阪のタブレット端末に表示された請負人同行証明へサインを入れる。
─どうにも、ややこしい事が起きている気しかしない。
頭の奥に感じる疼痛をかき消すように髪を掻き、食べかけのパンへ再度歯を立てた。




