東都 北地区α 同日 午後六時十八分
自動ドアが開くと同時、少し温い風が身体に触れる。
高かった陽は夕闇を率いてビル街へと沈み、幼さが抜けきらない顔をした学生達は其々の移動手段で帰路へ着き、前を行く佐賀は念願だったゲームをプレイした事で晴々したのか、浮き足立った様子で駐車場へと向かう。
「めっちゃくちゃ楽しかったー!ハヤトさんのおかげでリョウヤさん倒せましたしー?」
「バッカだねぇ、オレも都築サンも初心者クンに本気でやるわきゃナイっしょ?手加減してやっただけですー」
「負け惜しみ」
「はァ?疾斗ちゃん何か言ったぁ?」
聞こえぬよう呟いた筈の音が取れてしまったのか、月原が此方を振り向き目を細めて睨む。
その口調に粗さこそあるが、怒りなどまるで無いのは見れば瞭然で、その顔は誰かを揶揄う時と同じ空気が宿っている。
月原を支援していた都築を見れば、片眉を上げて視線を逸らしながら苦笑し、横からわざとらしく近付いてきた同僚の顔面を片手で押し返す。
「しっかしビックリしたー。ケイとメイさんが居るなんて」
「自分らの方が驚いたっスよ、まさか今日来るとは思ってなかったっスから」
佐賀の声に反応した桂馬は、隣を歩く女性 ─ 倉井冥那と顔を見合わせて振り向き笑う。
【Seed Soldiers】最年少メンバーで、艶やかな金茶色の髪と目を持つ。
人形の様な愛らしさで男性人気が高い一方、その見た目からは想像もつかぬ身体能力と小柄さを武器に、サバイバルゲームでは片手銃を握り戦場を駆ける。
その姿とギャップが話題となり、今では女性プレイヤーの盛り立て役にもなっている。
「凄いねェ…ゲームを遊ぶ側じゃなく、出てる側ってんだから。お二方はいつからそういう方向に?」
「実は事務所入る前からなんスよ。俺は奨学金いただいて学校行ってるんですけど、家賃とかも掛かるんで少しでも自分で稼ぎたくて」
「私も今の事務所入る前からです。社長とハルさんはこのこと知ってるんですけど、他のメンバーには言えてなくて」
「確かに、ハルさん以外はみんな偏見強そうだもんなぁ…」
佐賀の何気ない言葉に、倉井は少々困った様子で目を伏せつつ苦笑し、首を僅かに縦に揺らす。
疾斗が所属している事務所を含め、一般的にモデル達は基本的に単身での活動スタイルが多いが、彼女の所属する事務所はチーム活動を主軸に置いている。
そのメンバーも事務所社長の独断で決められているらしく、場合によっては理想を作るため強引な引き抜きをしていると聞く。
倉井が佐賀の言葉に動揺したのも、その辺りが関係しているのだろう。
実際に疾斗も話を持ちかけられたが、団体行動では制限が掛かるような事になりかねない。また、自身が所属している事務所の社長は疾斗の身分を知った上で雇い入れてくれた恩人であり、請負業務側で見れば」大切な部下でもあるため、数回の打診は全て断りを入れている。
「そっそういえば、新堂さんもゲームとかに興味あるんですね?」
「そんなに意外か?休みの日とかは割と遊ぶし、学生時代は俺の兄貴と里央でよく来ていたが…」
「はぇっ?!あ、えーとその、なんといいますでしょうか、そのっ、やり慣れてる感じがしたので、驚いちゃったといいますかっ?!ねっ、ケイさん!」
「うぇっ?」
事務所内部についての話を伸ばされたくなかったのだろう、懸命に話題を変えようとする娘は明らかな動揺を見せつつ桂馬に同意を求める。
返しに惑う青年の視線に首を縦に振り示せば、少々ぎこちない様子で倉井に返答し、何か聞きたげにする月原に肩を竦めて、年上の同期はわざとらしく唇を尖らせた。
「そういえば、俺は疾斗さんが女の子キャラ使うのが意外っスね。ああいうゲームって自分に似たキャラクターを選ぶことが多いって聞いたことあって」
「ケイさん、それオレも思いました!何かこう、ハヤトさんはクール系キャラ選びそうって思ってましたもん」
「佐賀に合わせた。性格的に突っ込んで行きそうだから、緊急回避が多めのサポートを選んだだけのこと」
「ちょま、ハヤトさんまで俺のことそう思ってるんですか?」
「お前、実際突っ走ってたうえに袋叩きされてるの助けられただろーよ…悪ィが俺ァあん時まざってねーからな?」
「ウッ、持病ノ難聴デ何モ聞コエナイッ」
「あン?バカにしてんのかコラ」
停めていた車の前まで来た所で決着がついた筈の小競り合いが再開し、光景に見慣れていない倉井が慌てたように制止に入っていく。
都築の呆れ笑いを横に聞きつつキーケースと携帯端末を取り出すと、実兄からの画像付きメール受信通知が表示される。
首を傾げつつ、疾斗が通知表示に触れてメールを起動して本文を見れば、自分ともう一人分のコードネームとパスワード入力ボックスが映し出されており、画面に指を滑らせてみるも他に文章は書かれていない。
普通の依頼内容文であれば要件を簡潔にまとめた文章を本名で送信してくる男が、わざわざ仮名を使って鍵付きで送ってきた。つまり、他に見られると困る案件なのだろう。
記載されている仮名の人物へメールを転送して顔を上げれば、転送先の携帯端末を持った男が鞄を探る様子が車内窓越しに見える。
桂馬達と共に口論を宥めていた都築が振り向いたのを見計らって手招き呼べば、用を悟ったのか早足で此方へと来た。
「どうした?」
「呼び出しが入った。悪いが佐賀を送ってもらえるか」
「そりゃ構わねえがまた随分急だな」
「いつもの事だ。詳しくは解らないが」
パスコードを入力してメールを展開しながら外の様子を見れば、四人が此方へと歩いてくるのが見える。
(一般請負人巡回警備の不正調査…?)
佐賀はまだ何か言い足りないのか不服そうに頬を膨らませているが、小言を言われていた本人は窓越しの自分へ向けて面倒そうな表情を見せながら僅かに頷く。
「佐賀、帰りは里央に乗せてもらってくれ。急用で今から出ないとならなくなった」
「え、そうなんです?」
「あぁ。すまない」
「俺ァもう一回店に戻りますわ。昔の友が来てるらしいンで」
軽く手を上げたながら背を向けた月原が、浮かぶ三日月の様に口角を上げて再度店舗へ向かって足を進めて行く。
其々へ挨拶を交わして二台の車輌が駐車場を出ていくのを見送り、車内で展開していたメール内容を確認する。
画像をホログラムで展開すると同時、着信音が鳴り響き受話をタップすれば、面倒そうに頭を搔く男が映し出された。
『疾斗ちゃーん、みんな帰ったァ?』
「あぁ。今しがたな。メールも確認した」
『あーそー。出来ればオレ明日からこの仕事したいんだけど。早朝撮影待ってるし』
「一応店内はちゃんと見ておきたい。まして機関と責任者からの通達だ、諦めろ」
軽口混じりの会話へ溜息を落とし、画面に写る二人を左目へ焼き付けつつ、巡回ルートのデータを送信すれば、確認した月原は舌打ちを響かせて唸り声を伸ばした。
『…まぁ、顔見知りが関わってる案件となると、見過ごす訳にいかないわなぁ…』
「期限は来週一週間以内。やるしかない」
『あいよ、そんじゃまぁサクサク片しましょうや』




