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EDGE LIFE  作者: 如月 巽
Case.01 影
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政都 中央地区α+ 十月二日 午後一時二十二分

「ったく、今日は何のお呼び出しだよ...」


髪を掻き上げながら悪態をつく疾風は、仰々しさを醸し出す門を忌々しげに見上げる。

こちらの言葉が聞こえたのか、僅かに顔を顰めた警備員へ身分証を提示し、重厚な一枚板造の二枚扉が押し開かれ、無駄に思えるほど磨かれた花崗岩が敷かれた通路を早足で進んでゆく。


新たな暦の制定以降、貧富の差が顕著(けんちょ)になったと言われる極東國(きょくとうこく)

この国において、装飾品から床に至るまで贅を尽くした造りの建築物は、総てを統治する機関が集結しているこの場所くらいだろう。


「...兄貴、その態度のまま行くのか」

「あァ?こっちは久々に予定がねえ貴重な一日だったんだ、腹立てて何が悪ィんだよ。お前だって夜からの仕事に響かねえようにしたかったんだろ」

「それはそうだが...」

後ろを歩く疾斗からの制止を聞く気すら起きず、呼び出した本人が居る一室の前で立ち止まる。

隣に立ち、声なく悟す実弟の視線に首を横に振り、蹴破りたい気分を溜息と共に吐き出して扉を叩いた。

「入りたまえ」

扉が毛足の整った上等な絨毯(じゅうたん)を滑り、音を立てることなく開く。 監視役を任されているらしい私服警官など気に留めず、疾風が不快感を露わにしたまま依頼人のデスクまで足を進めると、白髪混じりの髪を緩やかに上げて撫でつけた初老の男は、どこか満足そうに口角を上げた。


「やぁ、お二方。一昨日はご苦労だったね」

「毎度ぬるい仕事をありがとうございますね、庵治(あんじ)隆之(たかゆき)大統領閣下」


皮肉混じりの返答を返し眼を細めれば、困ったように笑いながら座れば良いと促され、備え付けられたソファへ座る。


─昨日の件とは、警察と協力して行った大捕物の事だ。

その内容は、クラッキングで抜かれた極東国の能力者一覧データと、国内で蔓延している新型薬物の密輸

売買を止めるというものだった。

調査機関から届いた報告書によると、拘束した青年はデータのクラッキングに関しては黒だったという。

だが、同梱されていた薬物に関しては別の人物から預かっただけだったらしく、仲介人が居る事までしか判らなかったらしい。


「今回の仕事、此方は死亡存命不問で依頼したと思ったが」

「殺す必要性を微塵も感じなかったから生かしただけのハナシですよ」

どちらでも良い、って依頼(ハナシ)だったんで。


作り付けの仮面を被っているかのような薄笑いを貼り付けたまま話す庵治に、神経を逆撫でられるような感覚。

早く目を通せと言わんばかりに置かれた書類の束を無造作に取り上げ、パラパラと数枚(まく)る。


「また死亡存命不問ですか?ここ最近の依頼全てにおいて同条件ですけど、国を担う総統様にしては考えが幼稚すぎやしないですかねェ」


目の前に座る国内最高権威者に眉を(ひそ)め侮蔑の視線を送り、疾風は一通り目を通した書類の束を机の上へと投げ返す。


「斯様な人物達をのさばらせておいては、この国の先行きに不安が残るのでね。善は残して悪は滅するものだ、そうだろう?」

「総統の思う善悪が国民にとっての善悪とは限らないんです...って、この押し問答も何回目でしたっけ?覚えているだけでも片手回数は言ってるはずですよ?」

「疾風」


口を止めようとしない自分を律しようとする実弟に、謝罪の気持ちの欠片もない返事を左手を軽く振って返し、置かれていた緑茶を一気に呷る。


「こっちの状況なんてお構いなしの強制召喚に、その流れからの昼夜問わずの半強制労働。しかも、依頼を完遂しても自分で提示した金は払わねェ。一般人の依頼の方がよっぽど筋が通っててマトモだな」

「貴様、総統の御前で口が過ぎるぞ!」


一般論を口にしただけで声を張り上げた護衛の態度に、あえて大袈裟に溜息を吐く。

「お前も何か言ってやれ」と疾斗へ視線を送れば、緩く首を縦に振った弟は浅く息を抜き姿勢を正すと、閉

ざし続けていた口を開いた。


「庵治総統。業務代行請負業は元々、能力を持たない者達では手に負えない事柄を、能力を持つ者達が業務として代行する事を生業としております。一般職として認められている以上、慈善事業と思われては困ります」

「...疾斗君、君がそんなに話すのは中々に珍しいな」


庵治はそう零しながら疾風の向正面に置かれていた一人掛けソファへ腰を下ろし、肘を腿へ下ろして手を組みつつ話を促す。

相棒の言葉を聞いて尚も悠然とした態度を見せる男への苛立ちに奥歯を噛み、己の言葉を殺して黙する。


「我々が所有する国家認可をもつ請負人は、大統領を始めとした政都(せいと)の皆様から認めて頂いている以上、政都からの依頼を反故にする事はありません」


契約を守らないとなれば、話は別ですが。


淡々と並べられる正論。男はただ一言「なるほど」と言い落とし、一定の理解を示した素振りを見せるだけ。

その嘘くさい行動に疾風が息を吐いて間も無く、自身が掛けている眼鏡へと手を伸ばされる。

逃れようと反射的に顔を引くも、近付いていた指先に眼鏡フレームが弾かれ、音を立ててテーブルへ落ちた。

「......相変わらず、綺麗な眼だね」


虹彩(こうさい)色変化を施していた偏光レンズが外されたことで、自身の髪色に似た深緑色に変えていた左目が、本来の色である紫電を晒す。

至高の宝石でも眺めているかのように、ほう、と恍惚とした様子で息をついて此方を見つめる庵治に、最早隠す気すらない舌打ちを響かせて睨め付ける。


「何度見ても魅入られる異色双眼(ヘテロクロミア)だ。二人揃ってその紫眼に希少な能力を宿しているのだろう?」

「だったら何だって言うんです」

「そう邪推にしないでくれ、国家請負人の面々の中でも君達を高く評価しているんだよ?自分達の能力を深く理解して、その効果を十二分に活かすための強靭な肉体と精神を持っている」


本当なら君達を買い取りたいくらいだよ。


投げかけられた一言に胸元に燻っていた憤怒の種火が一瞬にして燃え上がり、疾風は弾かれたように席を立ち、落ち着けるために深く溜息を吐いて庵治へ冷たい視線を向ける。


「おや、気を悪くしたかね」

「生憎、アンタから呼ばれた時点で機嫌は(すこぶ)る悪ィんだよ」

「ッ、それ以上無礼な口を叩くな!!」


二人の背後で監視をしていた男達の一人が、苛立ち任せに疾風の首元へ掴み掛かってくる。

指が喉を絞めていく感触に怯むことなく、疾風はされるがままにそれを受け入れ見つめているうち、指の動きが止まった。


「薄ら笑って職権濫用してる奴に、小言の二つ三つ言って何が悪い」

「って、手が、動かな...」

「そりゃ動く訳ねえよ。疾斗(コイツ)に敵として見られてンだから」



硬直したままの手指から首を左右に捻って脱け出し、差し出された状態となった手首を掴む。

そのまま自身の倍以上はある体格の男の体下へと潜り込むと同時、勢いに任せて床へと落とせば、警備員は何が起きたのか判らない様子で空を見つめ、数秒置いてその表情を凍らせる。


「まったく、君たちが護衛だったらどれだけ頼もしいことか」


一連の流れる所作に二人を囲む警備はたじろぐが、白髪混じりの髪へ軽く手櫛を通した男は、ニコリと笑

いながら手を叩く。

「アンタに買われる気もねえし、万一買われて護衛に付かされようモンなら、こき使われて人生終了(ゲームオーバー )の未来しかねェよ。大体な─」

「申し訳ありませんが、報酬のお支払いが今回の件を含めて既に三件分を滞納されております。そちらを頂

かない限り、此方としては当面の依頼を受ける気はありません」


我々は、慈善事業を行っている訳ではありませんので。


此方の言葉を遮って依頼不受理を告げた疾斗の声が、部屋の空気を裂く。

視線だけでその顔を確認すれば、表情に何も変化は見られない。だが、口数が増えている時点で怒りを留めているのは明らかだ。


「まさか疾斗君が拒否してくるとは、珍しい事もある。しかし困ったな、このまま鼠達を野放しにして置く訳にもいかないんだが」

「そちらが提示してくださった報酬を支払ってくださればいいだけの話です」


笑みを崩さない庵治の問い掛けに、実弟は感情の一切を見せないまま淡々と返す。しかしそれすらも彼にとっては笑いの種でしか無いらしく、一向に引く様子を見せない国家最高責任者へ疾風は眉間の皺を深く刻む。


「今回の件を引き受けて解決してもらえれば、必ずまとめて支払おう」

巫山戯(ふざけ)ンじゃねえ。一般論で基本中の基本の絶対条件すら理解を示そうとしねえ奴に貸す耳は無ェよ。それがたとえ総統であるアンタであっても、だ」


帰るぞ、と疾斗に短く言葉を投げ、力の差を見せつけられて後ずさる警備員達を尻目に、沸々と湧き上が

る憤怒を足に籠め、重い扉を蹴破り部屋を出た。

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