東都 中央地区α+ 十月二日 午前七時二十三分
暦の上では昨日から冬だが、現実の冬の入りは少し早かったこともあり、素肌に触れる微風はキンとした冷たさを感じる。
玄関ポーチの自動ドアを開放状態に設定し、深緑色の髪をした長身の男─新堂 疾風は、手に息を吐きかけて指先を温めながら、竹箒を動かして土埃を外へと掃き出す。
「やっぱグローブ嵌めてきた方が良かったか...」
外気との温度差で白くなる息と眼鏡に顔を顰めて、服と共に用意されていた手袋を不要とした事に後悔する。
高級マンションや高層ビル、住居が犇く様に立ち並ぶ中央地区。太陽が上がれども位置が低いこの時期の朝は、日陰になっている場所も比較的多い。
寝起きだった頭はその事が抜け落ちていたらしく、天気予報の予測最低気温で判断してしまい、置いてきた結果の今である。
(そういや今日は清掃業者入るんだった。......じゃ、それなりで良いか)
寒さに掃除をする気力を毟り取られた緑髪の男─新堂 疾風は、隅に溜まり込んだ枯葉と屑を塵取りへ掃き入れる。
道具達を掃除用具入れへと片付けて、軽いストレッチを行いながら管理室へと向かえば、数メートル先にある二台のエレベーターが玄関ホールへ人々と送り出し始めた。
「かんり人さん、おはよーございます!」
「おはようさん、今朝も元気だな」
「ハヤテお兄さん、行ってきます!!」
「おう、行ってこい。公園前は凍ってっから気をつけろよ」
「はーい」
元気に手を振りながら登校して行く小学生達。会釈をして駐輪車場へと向かう中高生。
挨拶と忠告を交えながら見送り、送り出しの親達と他愛ない話をして住居階へ戻る背に軽く頭を下げる。
今日はいつもと変わらぬ日常で始まることが出来そうだ。
そう思い頬を緩めて、人々を再度運んできたエレベーターの方へと目を向けると、この時間帯に出て来ることは滅多に無い、紫髪の同居人─新堂 疾斗が住人達に紛れて降りてきた。
「おはよう、兄貴」
「うん?珍しいな疾斗」
「ん...今日、古着の日だったなと思って。出したいやつあったんで降りてきた」
一卵性双生児である二人は、体型を含めても殆ど変わらない外見をしている。
性格は、兄の疾風はやや粗暴な言動が目立ち大胆、弟の疾斗は感情の起伏が少なく冷静と対極に近しい。
髪と目色が異なっているため、住人達が彼らを見間違えることは少ないが、片割れのみを知る人間は染髪したのかと勘違いをして声をかけて来る事があり、話した際の声色と口調で驚かれることも多々ある。
「玄関に置いといてくれりゃあとで出したのに」
「いや......いつも持って行ってもらうのも悪いし。ついでに、兄貴の服も傷んでる奴は纏めさせてもらった」
眼鏡の下の双眸を不快気に細めながら袋を持ち直した弟はそう言い、すれ違い様にこちらの尻ポケットへ硬質な物をねじ込み、ゴミ捨て場へと向かう。
携帯端末よりも平たく堅い感触に押される感覚に、取り出すことなくその正体を知った疾風は、短く息をついて頭を掻いた。
「かんり人のお兄さん、行ってきまーす」
「おー、気をつけて...って、ちょっと待った。ファスナー開いてンぞ」
ニコニコとした笑顔で玄関ホールを出ようとする子供を呼び止め、背負う鞄の面ファスナーを閉めてやれば、照れ笑いを浮かべながら外へと走って行く。
出勤通学に追われる住人達をあらかた見送り、ポケットに入れられたミニバインダーを取り出しつつ管理室へと入れば、昨夜退室前に喰んだ煙草の匂いが迎える。
甘苦い独特なその芳香を肺に流し、息を整えて挟まれたメモへ目を移せば、時間と行先だけが見慣れた文字で綴られている。
それは、普段と比べて筆跡の沈み具合が深く、書き出し部分が抉れており、連絡を受けて書いた本人も苛立っていた事が読み取れた。