☆彡 9 ☆彡
占い沼からの脱出をあらためて心に誓い。
日曜日に愛李と会って、フェスに着て行く服の相談に乗ってもらい。
(感謝を込めて「今度アニオタ話お腹いっぱい聞くね!」って言ったら、
「それよりも飯尾君との状況を、逐一詳細に報告するように」
……愛李が期待してるようなことなんて、絶対なにも起こらないのに。)
週明け。ヲタ卒しても、ついつい12星座占い『まいたけ占い』の更新を楽しみにしてしまう月曜日の放課後。
私はまいたけ占いをチェックできないまま、旧パソコン教室・準備室の中に閉じ込められていた。
…………ん!? なにこれどういう状況!!!?
一つしかないドアに手をかける。鍵がかかっていてビクともしない。
内鍵はどれだけ力を込めても動かなかった。壊れているみたいだ。
今年度より別の場所に立派なマルチメディア教室が新設されたため、今ここは何もない空き教室になっている。準備室のここも、古っぽい段ボール箱がいくつか放置されている以外はガランとしていた。
そんな誰もいない、放課後に用事がある人もいなさそうな場所に、閉じ込められるという謎の状況。
とりあえずドアをガタガタ動かしていると、向こう側から聞き覚えのない声がかかった。
「無駄よ。ここは鍵が狂っていて、こっちから施錠すると内側からは開かないの」
なんとなく声がくぐもっている。たぶん同じクラスになったことのない、知らない女子生徒だ。
「まぁ、いつかは見回りの先生とかが気付いてくれるんじゃない? ――だけど飯尾君は絶対に来ないわよ」
ぐふふっという含み笑いが、不思議とはっきり耳に届いた。
「この場所は彼の席からみて暗剣殺・五黄殺・本命殺・月命殺。今日は日破まで重なる最悪方位っ!! あなたがどれだけ祈ったところで、占いを愛する飯尾君がこの大凶地点に足を踏み入れることなど断じてあり得ないっ!!」
……九星ヲタ、かな??
「占いネタで彼の気を引いたのか、黒魔術でも使ったのか知らないけど。どうせ数日で飽きられるんだから。しばらくそこで身の程知らずを反省してなさい」
吐き捨てると。含み笑いをもらしながら、九星ヲタは足音高く去っていった。
「えーと……つまりこれ、噂を信じた飯尾ファンの嫌がらせ?」
九星気学。
生年月日から9種類の星(生まれ年の星は本命星、月は月命星と呼ぶ)を割り出して、運勢、特に方位の吉凶を占うのが得意な東洋占術だ。
一定の法則で動く方位盤を使い吉方位、凶方位を算出する。なかでも暗剣殺・五黄殺は、最も避けるべき大凶方位とされている。
(でも目的地までの距離が近いほど、影響も薄いはずだから。教室の自分の席からここまで移動したくらいで、凶方位の悪影響が出るとは思えないけどなー)
どっちにしろ、飯尾はもう学校を出ている頃だ。
公園に私が現れないのを多少は不思議に思うかもしれないけど、べつに毎日会う約束をしているわけでもない。来ないとわかれば家に帰るだけだろう。
狭いこの部屋に窓はない。あったとしても3階なので自力で脱出は無理。
愛李に助けてもらおうにも、携帯が入ったリュックは教室に置きっぱなしだ。
なぜなら掃除当番の最中だったから。
担当場所の掃除をしていると、後から掃除に来たクラスメイトにプリントとメモを渡された。
『このプリントを持って旧パソコン教室準備室へ来てください』
私を指定したメモには教師の名前も書かれていた。そのクラスメイトも別の生徒から頼まれただけ、とのこと。
今思えばプリントの内容もなんかおかしかったし、先生がそんなよくわからない指示をするのも変。
つまり私はまんまと九星ヲタの罠に引っかかってしまったのだった。
「ひとに地味な嫌がらせしてないで。さっさと飯尾君にディープ東洋占術語りをふっかければいいのに。それでさっさと私に飽きてくれるなら、願ったりだから!」
理不尽な仕打ちへひとりで毒づく。
それが本音のはずなのに。
薄暗い準備室のひんやりとこもった空気のせいか。気持ちを吐き出してもスッキリするどころか、よけいに気分が下がってきた。
私は大きく息をつくと、見回りがなるべく早く来るのを願って、冷たく埃っぽい床に座りこんだ。