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☆彡 1 ☆彡


「飯尾ー。腕につけてるそれ、何?」


 休み時間。ひたすら行を追っていた私の耳に、なにげない会話が入ってきた。

 友人の質問が嬉しいのか面倒なのかよくわからない淡々とした調子で、飯尾鏡也いいおきょうやが片腕を顔のあたりまで上げる。


亀卜きぼくリング。指でリングの表面を回して、出た亀の絵柄で運勢を占う」

「……まじで何??」


(マニアックすぎ!! それ私も買おうか悩んだけど、高くて諦めたやつ……! 甲羅のヒビ割れ具合で表情の変わる亀が、意外とカワイイ)

(……いやもうヲタ卒したんで。その手のグッズに興味なんて、……)


 っていいつつ、目が勝手に少し離れた前方の席をのぞき見る。

 その瞬間。

 ばちっ、と音がしそうなほど。“校内いち強い顔”と目が合った。

 私は反射的に手元の本に視線を戻した。


(……くっ。また己の潜在意識に負けた)

 もう何度目かわからないしくじりに、心で呻く。


 私は保科ほしなゆかり。高校2年生。

 休み時間は席を離れず、元気にぼっちで趣味の読書を謳歌する陰キャだ。

 仲のいい友達もいるけど、今年はクラスが離れてしまった。


 ちなみに数日前までは、もう一つドハマりしている趣味があった。


 それは――『占い』。

 小学生の頃から大好きで、卒業アルバムにはがっつり『将来の夢:占い師』と書いた子だ。後悔はしていない。


 だけど占いはキッパリやめた。


 ハマるとお金かかるし。依存とか怖いし。

 親は子どもの趣味に口出ししない方だけど、あんまりいい顔もしていなかった。

 高校生になったらなにげに出費が増えてきたのもあって、いい機会だから占いは卒業することにしたのだ。


 ――……なのに。


(飯尾君。なんでいつもこっち見るの!??)


 こんなことは今日が初めてではない。むしろ最近、こういう時にほぼ100%くらいの確率で目が合う。

 怖い。あと本当に顔がつよい。眼球への刺激が強すぎる。


 これがもし校内女子大多数から、

「引くほど占い沼ってるよね……正直、無理……じゃない。すき」

 みたいな、なんかズルい特殊枠モテ男子じゃなければ。

 そして私が、ちょっと前まで隠れヲタじゃなければ。


 イケメンと何度も目が合うなんて、素直にドキドキしたかもしれない。

 だが今は別の意味でのドキドキだ。

 こんな状況、考えられることは一つしかない。


(やっぱり……同類だって、たぶんバレてる)


 高校に入ってからは、極力周りに占い好きを隠していた。教室でその手の話題を口にしたことは一度もない。

 ただ、ヲタ卒するまではそっち系グッズをさりげなく所持していた。リュックにルーン文字キーホルダーつけたり。


 だけど一般人には一見それと分からない物を厳選していたのに。深い沼の住民の目は誤魔化せなかったのか。

 むしろそのマニアックさで、仲間と思わせてしまったのか。


(同レベルのディープな会話ができる相手が欲しいのかもしれないけど。私はもう沼から脱出しました。他を当たってください……)


 私はもの言いたげな視線から逃れるように、小説の文字を追うのに集中した。



   ☆彡



 祈りも虚しく。ついに恐れていた事態が起きてしまった。


 昼休みの残り時間、電子書籍の続きを読もうと携帯をいじりはじめた時。

 気付けば目の前に人が立っていた。

 顔を上げると視線がぶつかる。思わず携帯を落としそうになった。


 前の席の本来の主は移動して、友達と喋っていた。彼女らが驚いた顔でこちらを見ている。気付けば教室中がなんとなく私たちに注目していた。

 椅子の背に軽く腰かけるような姿勢で、こちらを見下ろす飯尾鏡也の形のいい唇がゆるりと開いた。



「保科さん。付き合ってほしいんだけど」



 ――ざわっ!!!


 教室の空気が静かに、それでいて激しくざわめく。


 趣味へのドハマりっぷりが残念だとはいえ。学内支持率ナンバーワンの顔を持つモテ野郎が、教室の片隅でぼっちを嗜む陰キャ女に、まさかの告白!?

 ……なんていう、クラスメイトたちの心の叫びが聞こえるようだ。


 そんなわけないじゃん。


 私は冷静に目の前に立つ飯尾を見上げたまま、冷静に返事をした。


「どこへ?」

「来週グロースサイトでやる占いフェス」


 ざわつきは収まってはいないものの、(……なんだ、告白じゃねーのか)(あーびっくりした。まぁ保科さんは、ないよね~)的に波の勢いが弱まる。


 グロースサイトは様々なイベントが開催される、国内随一の規模の施設だ。有名な同人誌即売会とかもやってる。

 この時期開催される占いフェスは、界隈でのビッグイベントだ。私も5歳年上の姉を巻き込んで何度か行ったことがある。

 でも……、今年は断腸の思いで、


「行かない」


 私、もう占いは卒業したんです。


「予定あるの?」

「そういうわけじゃないけど……」

「だったら、」

「(たとえマニア向けフェスでも、)飯尾君なら一緒に行きたいっていう人、他にいっぱいいると思うよ」


 視線を外しながら、早口に言いきる。


 ここで「なんで私を誘うの?」などと聞き返すのは危険だ。

「だって保科さんもオタクでしょ?」

 ……とかサラッと公開処刑されたら堪らない。余計なことは言わないに限る。


 それまで黙っていた飯尾が、椅子から身体を離した。

 立ち去ると思ってほっとしかけた私の耳朶じだに、ひそめた発声で起きたぬるい風がかかる。持っていた携帯が、ことん、と机の上にすべり落ちた。


「一緒に行ってくれないなら、保科さんがオレより歴が長いオタクって皆にバラすけど、いい?」


 歴が長いってなんで知ってんだ。


「…………喜んでお付き合いさせていただきます」

「ん。じゃあまたあとで連絡する」


 脅迫に屈した私へ、顔を離して満足げに微笑むと。

 制服のポケットから携帯を取りだし、さらに勝手にひとの携帯を取り上げ、二つを手早く操作した。それから何事もなかったように自分の席へ戻っていく。


 あっけにとられていた教室内が今度こそ大きくざわめく中。

 昼休みが終わるまで、私は携帯に新しく加わった連絡先を呆然と見つめた。


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