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忘年会

作者: 霊闇レアン

ああ、寒い。なんて日だ。

無宗教、雑多な宗教感がにべもなく受け入れられるこの国で12月24日、12月25日が特別扱いされる文化に思うところもある。

そのくせ幼少期から不法侵入もなんのそのなおっさんの存在に気付いてなお、欲望を叶えてくれるイベントにあやかってきたつけがコレだ。


平均年収ワーストに名を連ねる自他共に田舎である県庁所在地の駅前にはイルミネーションが煌々と短いベンチの列を照らしている。


時刻を確認するために小型の端末画面を指で上から下になぞる。

上部に時刻と、その上に小さく日時が表示される。


12月23日 土曜 22:01


先週まで春さながらと笑っていたにも関わらず、聖夜が近付くと夏休みの宿題のごとく雪を降らせた空に恨みも持とうというもの。


それといのも、小学生の授業が終わる程度の時間を冷え切った木製のベンチで過ごしたからだ。

ちらちらと降り続く雪は屋根付きのベンチだろと問答無用に居場所をつくる。

雪がこびりついた電車に座ると湿ったジーンズが臀部にへばりついて心地悪い。

何よりちゃんぽんが平衡感覚を狂わせたままだ。


フットサルというスポーツはまだまだ知名度が低い。

簡単に言えばサッカーの室内版なのだが、テレビで放映されることはほぼない。


僕はフットサルの社会人チームに所属している。

サッカーと合わせて20年という歳月を球蹴りに捧げてきた。


体格にだけはそこそこ恵まれて、不器用だったからか足技はからっきしだ。

20年やってなおチーム1下手な自負がある。

それでも続けているのは好き以外のなにものでもないだろう。

齢28にして20年捧げてきたものの重みは言うまでもない。


アルコールはとかく本性を暴くものだ。

日頃無遠慮な人間は酒の席でなお空気を乱すし、誠実な人間は世話係に早替わりする。


僕は前者であり後者なので飲み会というものが苦手だ。

他人とはそれなりの距離を保ちたいからこそ踏み込んだフリもすれば、正義感から他人の世話もする。

生きづらさでいえば上位に入る性格だろう。


そそくさと一次会から抜けてきた僕は電車に揺られている。

腕を組みながら歩く男女や指輪をはめたおっさんに囲まれてる僕は残念ながら独りだ。


別に西洋の文化さえ気にしなければただの土曜日だというのに、根付いた意識は否応なく僕を振り向かせる。


それにしても最高気温が氷点下の日にミニスカートを履く女の気がしれない。

見る側としては眼福といいたいところだが、僕はデニールの濃いタイツが好みなので歓迎できない。

そういう格好は秋まででいい。

体にも悪いので暖かくしてほしいものだ。


今日は12月23日 土曜日。

きっと今晩は全国で熱い夜が過ごされるだろう。


僕は世界的人気のFPSで熱くなりたい。

フットサルチームでの飲み会は充実感を得たというのに十分過ぎるほどの時間だったが、やはり僕を待つのは戦場である。


一瞬の気の迷いが敗北に繋がるのはどのスポーツでも変わらないもの。

あのスリルが、あの高揚感が僕を待っている。

課金で得た期間限定の報酬がおしいわけではない。きっと。


総じて今日はいい日だったと言える。

せっかくの土曜日に夜更かしFPSができなかっただけで、家族で宴ができなかっただけで、いい日だった。


この先何十年と生きていく。

そのうちの1年がたまたまリーグ制覇した野郎たちと過ごすことになっただけだ。


逢瀬と熱い夜を欲していないといえば嘘になるが、長い人生こんな日もある。

何より後悔が微塵もない。


機械音声だけが到着を告げる2両編成の電車を降りる。

切符の有無を確認する車掌などいない。


律儀にも緑のポストに穴の空いた紙切れを放り込む。


真っ白の地面に足跡をつけながら進んでいく。

何の気なしに振り返ってみたくなった。

吹き付ける風が足跡を消そうとしているが、踏みしめた跡が消えることはない。

真っ直ぐというにはあまりにもほど遠い足跡が、見通せぬほど遠くまで続いている。


この足跡はきっと、ずっとずっと先まで続いている。

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