【短編】今世は王子と×××たい!
「クク……ハハハ………!!!」
ここは、ロイヤリッチ学園。王族も通う最上級のお金持ち学校だ。超絶立派な校門の前で腕組みをして、魔王みたいな笑みを浮かべた黒ずくめの女の子が、この物語の主人公。
「ようやく! ロイヤリッチ学園に辿り着いた!」
「失礼。身分証はありますかな?」
早速職質(まがいの生徒指導)を受けている。本当にこの人が主人公?
「なっ!私は新入生で……ほら!制服も着てます!」
彼女は真っ黒のコートのベルトを解き、両手でバーン!とはだけさせた。絵面が完全に犯罪者のそれであるが、確かに彼女は中に制服を着ていて、左胸には1年生用のブローチも付けている。生徒指導の教師は一瞬狼狽えたが、すぐに元の表情に戻った。
「し、失礼。それでは会場へお進みください」
「はい!」
彼女の名前はモニカ・イヘボーン。
この学園へ通うために、血の滲むような努力をしてきた。
それはなぜか。
「待ってて、王子! 今知り合ってみせるから…!!」
下心。
それだけである。
◇◆◇◆◇
初めから説明するとなると数時間かかってしまうため諸々割愛するが、モニカはn回死んで、その度12歳の誕生日にまで生き戻っている。タイムリープというやつだ。
すべてはこの国の王子、アーサーに出会うため。
彼女の家は貧しいわけではなかったが、いかんせん平民であったため、王族に会う機会なんて訪れなかった。
挫けることはなかったのか?
皆が気になるであろうが、モニカは、それはもう言葉で言い表せないほどの面食いであった。
下心、そしてモチベのみで生きている人間。それがモニカ。これを聞けば明日への希望を見出せない人間も幾分か救われる気持ちになるだろうか。
苦節●年、モニカはここの学園長が地元の小料理屋に通っていることを突き止めた。12歳の誕生日に弟子入りすることで、『本気度』をアピール。学園長が「情に弱い」ことも、そこで知り得た情報だった。
そして15歳になり、とうとうその門を叩く時が来たのである。
(勝った──!)
さて、すでにこの↑人は勝った気でいるが、ここからの難易度も高い。
コネで入学できたとはいえ、王族は常に特別教室で授業を受けている。同じクラスになんてなれっこないのだ。
教室ですでに浮きかけているモニカに、一人の少女が話しかけた。
「こんにちは、私はキッカ。あなたは?」
「あ、私? 私は……モニカです」
「モニカ。よろしく!」
「よ、よろしく…」
モニカは差し出された手を握った。キッカは眼鏡をかけた上品そうな子だったが、おそらく平民の子か、もしくはあまり裕福でない貴族の子らしかった。
ここ最近は、社交界にデビューさせる前に子ども同士をママ友会にて披露するプレ社交界というものが流行っている。だから、そこで16歳になるまでに複数知り合いを作るというのが当たり前になりつつあるのだ。つまり、そのプレ社交界に入れてもらえないモニカのような平民か、親がとてつもなく内気か。
まあ、モニカにはそんなことは関係なかった。
どうせこの子も、次は友達じゃなくなるから。
◇◆◇◆◇
「モニカ! 迎えの馬車、来てないの?」
「うん。私、寮生だから」
「そっか。よかったら、私の馬車に乗って行く?って聞こうと思ったけど」
「大丈夫! また明日ね!」
モニカは手を振って、彼女を見送らずそのまま駆け出した。キッカに声をかけられるのは嬉しかったが、あまり深入りしないようにも決めていた。これは、彼女が自分を守るためのルールの一つ。心が壊れてしまわないように、やれることをやる。楽しめるものは、楽しむ。
楽観的なモニカではあったが、来世で他人になるのは辛く、苦しかった。
このことについてもよく触れてしまうと、モニカがきっと落ち込みかねないのでここまでにする。
寮の自室に帰る前に、モニカは同じ建物内のあるところに立ち寄った。
「こんにちは。音楽自習室を借りたいのですが」
「ええ。いいわよ。ここに入室時間と、名前を書いてね。あと、扉にはこの番号札を貼っておいて」
「わかりました」
「1年生?」
モニカがペンを走らせながらはいと答える。女性は判子を押して3番の札を渡した。
「頑張ってね」
笑顔で会釈をして廊下を進む。アップライトピアノのある6畳ほどの部屋。モニカはそこに楽譜を広げ、ストレッチをした後練習を始めた。
◇◆◇◆◇
「合唱コンクール、楽しみだね!」
「うん。私はここに懸けてるから…」
「? そうなの? 歌が好きなんだね」
入学から5ヶ月後。
予想してはいたが、王子に会えたことなど一度もない。たまに学園新聞の小さな欄にぼやっとした写真が載っているだけだ。来世は写りのいい写真機を開発しようかなという気持ちにさせられている。
モニカが狙っているのは、ヴォーカルアンサンブルのメンバーに入ること。演目の最後に、オーディションで選ばれた代表者が数人だけでステージに立つことができる。
そして、そのピアノ伴奏を務めるのがアーサー王子なのだ。彼は一学年上だから、去年その伴奏を務めたと聞いて今世の作戦を練った。小料理屋時代に仕入れた情報によると去年のものが教師陣からも好評で、来年もぜひと言われているらしい。人のいい彼ならきっと断らないだろう。
「あ、そろそろオーディションだ。行かなきゃ」
「えっ! モニカもオーディションを受けるの?」
「うん。……キッカも?」
目の前の少女がこくりと頷く。
「モニカの歌、初めて聴くなあ。楽しみ」
「え? 一人ずつじゃないの?」
「今回は一次審査があったでしょ。二次審査は何人かずつでやるんだって、マリア先生が授業で言ってたよ」
「そうだっけ?」
音楽教室までキッカと一緒に歩くと、ざわざわと人だかりができている。人の波を押し除けて中に入ると、ピアノの周りに一定の距離を保ってずらりと人が並んでいた。
「あ……」
キッカ、と声をかけようとしたら、そのキッカもピアノの方に視線が釘付けだった。
「すごい、王子がオーディションでもピアノを?」
「贅沢だね…」
「モニカ、緊張しないの?」
モニカは胸に手を当て、ぎゅううっとシャツを掴んだ。
「……めちゃくちゃしてる」
アーサーを生で見るのは今世が初めてだ。
写真や絵の何倍も、何千倍もかっこいい。全身から熱がぶわっと込み上げて、かいたことのない場所まで汗でいっぱいな気がする。モニカの手はかすかに震えていた。キッカはその様子を見て、妹に接するように「大丈夫だよ」と背中を撫でる。
先生が入ってきて、野次馬たちを追い払う。廊下から覗こうとする人もいたので、廊下を一部封鎖したようだ。
「次。3番ね。モニカ・イヘボーン」
「はい」
モニカは深呼吸をして、いとしのアーサー王子が弾く伴奏にあわせて歌を披露した。
特段歌がうまいというわけではなかったが、人生をほとんどこれに賭けているので(当然)、熱意というかほとんど怨念っぽいものがこもっている。
「……映画みたいな歌だわ」
それはこの場にいるほとんどの人間に伝わったようで、キッカはぽつりとつぶやいた。もう何年もこの歌を練習してきたような、そういう錯覚に陥る。
一人ひとり抱く感想は違うらしい。他クラスの女子生徒はうっとりした表情を浮かべている。地声のバリトンが映えるわと噂されていた男子生徒は、「黒いもやが……」などとうわ言を言い、眉間にしわを寄せてうずくまった挙句救護室へ運ばれた。
ピアノの伴奏が終わって、ようやく永遠だったかのような時が終わる。心なしか王子も疲労を顔に浮かべていた。
「イヘボーン。もうけっこう」
どっと疲れた表情で、先生が苦笑いをして右手を挙げる。モニカはお辞儀をして、自分の席に座った。
「4番。キッカ・タシュナー」
「はい」
さっきのお礼と言うように、モニカはぐっと胸の前で拳を握って合図した。キッカは照れたように頷いて、前に歩み出る。丁寧なお辞儀をしたのち、アーサーの伴奏が始まる。
◇◆◇◆◇
完敗だった。
「油断してたー!!!」
まさか、キッカに負けるとは。
キッカが歌いだした瞬間は勝てると思った。しかしそれは表現の一部に過ぎなくて、5小節目からは完全にキッカの世界だった。教室丸ごと、彼女の表現に包み込まれたような感覚。
この時まで完全に忘れていたが、タシュナー家は音楽の名門一家だ。素人がいくら自主練しようと、素質と英才教育の掛け算には勝てまい。モニカは裏庭から寮に続く近道を通り、明日からどの作戦をとるべきかまた考えなければならなかった。
「イヘボーン!」
さっきの女性教師が、考え事をするモニカの肩を掴んだ。ずっと呼びかけていたらしい。無理やり相模を通ってきたのか、葉っぱがあちらこちらについている。
「もう! まさか生徒に無視されるなんて」
「す、すみません。どうしたんですか?」
「アンサンブルはさっき言ったとおり、1学年代表はタシュナーです。ですが、独唱の代表者はまだ決めていません。どうですか?」
「どうですか、って?」
「イヘボーン、貴女の声や歌い方は独唱向きです。やってみま──」
「やりません」
モニカは食い気味に答える。そして次に理由を訊かれると思ったので、こうも付け加える。
「王子が伴奏しないなら、意味ないので」
「……伴奏を、って。そもそも王子は公務で忙しいんですから。そんな中アンサンブルの伴奏を引き受けてくださってるんですよ」
「はい、知っています。だからアンサンブルのオーディションを受けたんです。それが動機なので、そうじゃないならやる意味がないんです。明日からの作戦も考えなきゃいけないですし、さようなら、先生」
「あっ、ちょっと──」
モニカは深々とお辞儀をして、立ち去ろうとする。が、これはこれでチャンスなのでは、と思い直した。くるりと振り返った彼女を、教師は不思議そうに見ている。
「先生。王子に頼んでくれませんか?」
「私が?」
「はい! 忙しい中でも、先生の頼みだから聞いてくださったんでしょう?」
「ですが、私は──」
「メアリ先生みたいな、音楽のスペシャリストに声を掛けられて、すごく嬉しかったんです。もしかしたら、王子も同じ気持ちなんじゃないかなって」
モニカは、同級生に比べて口がうまいほうであった。おまけに、このなんとも平民じみた雰囲気と、普段誰にも心を開かないとの噂が立つぐらいのポーカーフェイスで、まるで「田舎出身の生徒がメアリ先生にだけ心を開いている」と思わせることができたのだ。
「そ、そうですか」
二人の通るガーデンアーチのすぐ裏に、ベンチで本を読みながら一息ついている男が一人。彼こそが、この話題の中心人物アーサーであった。
「そんなに王子がいいんですか? 他にできる生徒は何人でも」
「王子がいいんです。一度でいいので、……先生のほうからお願いしてもらえませんか?」
聞こえてきた「王子」という単語に彼は反応した。
どうやら頼みごとをしているらしい。どうせ、自分と知り合いたいから忖度しろというような取引が行われているのだろう。かと言って、一教師にできることも限られている。王子は特に問題ないだろう、と持っていた本に視線を戻す。
「そんなに王子がいいんですか?」
「はい! 王子のことを考えていつも一人でしてて」
「いつも一人で…そうですか」
(一人で……?)
「王子も一人でするんでしょうか」
「ええ。もちろんですわ」
(何を!?)
王子は、絶賛思春期真っ只中であった。おまけに、今の今まで読書中だったので、いろんな想像力が働いてしまっている。
もちろん、悪いほうに。
「今日、確信しました。長時間にも耐えられるあの持久力……きっと、体力もすごいんでしょうね」
「まあ、確かに。彼はいつも一人で長時間していますから。あれくらい余裕でしょう」
(教師は私の何を知っている!?)
「あの指や手首の動き──」
「わあああああーーーーーーーーーーーー!!!」
「「きゃあああああああ!?」」
思わず大声を出してしまった王子に、二人もつられて叫び声をあげた。
「お、王子!?」
モニカはそこでようやく、この場に王子がいたことに気づく。
くだんの彼は顔を真っ赤にして、なぜか半泣きで、おまけに息がちょっと荒い。モニカはそれでもやっぱりカッコいい、とそれを眺めていた。教師がメガネをくいっとして、咳払いする。
「ちょうどいいですわ。王子。今彼女と王子の話をしていて。ぜひ一緒に──」
「私は! 絶対に! しないからな!!!」
「えっ!?」
王子はなぜか怒っていて、そばに置いてあった本を持って校舎の方に戻って行ってしまった。
「き、嫌われた……」
「きっと気が立っていただけよ。もう一度あとでお願いしてみるから、ね?」
「はい……」
モニカはがっくり肩を下げて、また帰路につくのだった。
今世は王子と知り合いたい!《完》