ENGAGE KISS
今回もよろしくお願いします。
隠れ家の地下室は、意外にもかなり広かった。おそらく20年ほど前まではワイン樽か何かが置かれていただろう棚の残骸が大量に散らばっている。ダゴンはかなり暑い気候だが、それを感じさせないほどひんやりとしている。
僕は懐から一つの金属片を取り出して床に置き、床板を伝って魔力を通した。すると金属片に仕込まれた魔法が起動して、空中に飛行機の立体画像を映し出した。そのままではフルサイズで投影できないので適宜パーツごとに分解して映し出す。
一度レラティビティ邸に寄った時に以前趣味で描いていた設計図をいくつか適当に引っ掴んできたが、まさか本当に使うことになるとは。実戦での使用は想定していない装備だし、本当に問題なく動くかもわからないが作っておく価値はあるだろう。一部設計を描き直して、僕は新装備の作成に取りかかった。
その図面につけられたタイトルは…
“BRIGHT BIRD“
* * *
捜索は深夜まで続いた。日付が変わったあたりで僕らは一度隠れ家に集まった。
「王都全体を一通り観測してみたが、ところどこ残滓のように残っていた魔力しか見当たらなかった。おそらく王都中を逃げ回っていたのだろうが、逃走経路の特定には至らなかった。逃走経路を探るのも不可能だった。ただ王都の外には痕跡は一切なかったから、クリスタ殿下がアケメネスにいることは確定している。他よりもわずかに濃い魔力が観測されたブロックをいくつか見つけたから、明日からはそのあたりを重点的に見てみてほしい」
そう言って僕は2人に、当該地域に印をつけた地図を渡した。
「念の為、3人で交代しながら見張りをしよう。最初の3時間は私、次の3時間はベレーヌ、最後の3時間はアズラエルにしよう」
ベレーヌはローズの偽名だ。
「「了解」」
二人ともそれぞれの個室に入っていった。
僕はアーマーを送り返して楽な服装になり、その辺に散らばっていた本を一冊手に取って窓辺に腰掛けた。
ダゴンでは、アスターテでは見られないような星座が見られる。ラミィがよく星座の話をしていたっけ。機会があったらラミィにもダゴンの夜空を見せてあげたい。
「眠れませんか、一等将校」
何時間経ったか、ローズが部屋に出てきた。
「まあ、慣れない土地だからね」
半分ほど読んだ本に栞を入れ、懐中時計を確認する。交代の時間だ。
「あなたがレイヴン関係者だと聞いて耳を疑いましたよ、ローズ先生」
「私もよ。本当にお互い何も知らされてないのね」
「組織のリスクマネジメントとしては理想の形ですよ。先生は何故レイヴンに?」
「…話せば長くなるわ」
* * *
ソフィ・ローズの家庭はとても貧しかった。働かずに博打と酒に大金をつぎ込む父、毎日家の戸を叩く借金取りたち。ソフィは物心ついてからずっと自らの天性の結界術だけで身を守ってきた。
しかし彼女が10歳の頃、父が殺された。父が死んだ状況については詳しくは分かっていない。おそらく博打に負けて相手の貴族に殴りかかったところを刺されたのだろう。元から死んでほしいと願っていた父親だ、復讐をしようとは思わなかった。
だが、それによってより生活が苦しくなったのも事実だ。母娘は家を追い出され、路頭に迷った。
母親は身体を売って生活費を稼いだが、客に病気をうつされ大した治療も受けられずに死んでしまった。そこでソフィは、アングラの仕事に手を出した。持ち前の戦闘力で殺し屋を初めたのだ。報酬次第でどんな人間でも殺す。すぐにそれなりの金を稼げたが、あまり長くは続かなかった。
やがてその強さを危険視したレイヴンに捕まり、そこでスカウトされた。ソフィが12歳の時だった。
毎日が過酷な戦闘訓練だった。それでも、ようやくまともな仕事に就けて内心安堵していた。いくつも任務をこなし、階級も真ん中くらいまで上がってきた頃、ある任務を受けた。
「魔術学院に教師として潜入し、皇太子アズラエルを護衛する」
* * *
結界術の担当教諭としてアズラエルが入学する予定のAクラスの担任になることが決まった。魔術学院の入試はかなり難しい。何かしら一芸を持っていないとAクラスには入れない。そう考えるとアズラエルも現時点でも相当な実力者だろう。だが、いつも最も興味をそそられるのは彼だった。
イスラフェル・フォン・タブリス、アスターテ歴196年度入学者首席。教師陣の中では「無名の辺境貴族にこんな逸材が埋まっていたとは」というような意見が多かったようだが、個人的に気になったのはその仕草だった。
妙に大人びていて冷静で、ときには生徒だけでなく教師も引っ張ってくれるような人だ。イスラフェルが成績優秀者だったこともあって共に仕事をすることも多く、自分の研究を手伝ってもらうことも日常茶飯事だった。もちろん仕事は仕事だ。イスラフェルも他の生徒と同じようにきっちり指導するし、特段贔屓をして成績をつけたこともない。だが彼との会話はいつも新しい発見に満ちていて、刺激的で、楽しくて、いつの間にか彼を愛してしまっていた。教師と生徒の関係だ、それぞれの立場がある。そんな先入観に囚われて奥手にならざるを得なかった。
イスラフェルはそのうちクラスメートの女の子と親しくなり、やがて婚約が発表された。死ぬほど後悔した。今すぐに任務を放り出して、イスラフェルと駆け落ちしたいと思った。もっと早くに行動に移していれば、第一夫人は私だったかもしれない。彼の一番は、もう私じゃない。だけど、今は私しかいない。
* * *
「ねえイスラフェル君、もう一人くらい妻を作る気はない?」
「どうしたんですか?突然」
ローズの話を聞き終わると、一拍おいて彼女がまた話し始めた。
「まあ今は色々忙しいですけど、いつかまた良い女性が現れたら結婚してもいいかなと思ってます」
「ふうん…」
意味ありげな相槌だ。まさか…
ローズは僕に覆いかぶさるように身を乗り出し、僕の頬に手を当てた。そしてゆっくり顔を近づけて、二人の唇が触れた。
「私じゃ、ダメかな」
頬を赤らめ、訴えかけるような目を向ける。
「答えは後で聞かせて。でも今は、今だけはこうさせて…」
ローズは僕の首に手を回し、そっと抱きしめてまたキスをした。
一体どれほど時が流れていただろうか。月が暮れた頃、ローズは僕を話した。
「見張りは私が引き継ぎます。一等将校はお休みになられてください」
「あ、ああ…」
放心状態の僕は再びアーマーを着て部屋に戻り、ベッドに横になった。
目を閉じると、ラミィの顔とローズの顔が無限に浮かんでくる。ごめんラミィ。僕、最低だよ…。
読んでくださり、ありがとうございました。
もうすぐ共通テストです、マジ緊張してます。




