ERODE
今週もよろしくお願いします。
時を同じくして、左翼の戦場。
「なんじゃこりゃ…?!?!」
エスターライヒは奇妙な声を上げた。それも当然、さっきはなかったはずの城が目の前に鎮座しているのだから。面積はそれほどでもないが、本丸の規模はシュヴァルツァー要塞を凌ぐほどだ。
「城建てる魔法っつっても限度があるだろ…」
ペルリンガーも空いた口が塞がらない。
「これ、普通に攻略できますかね?エスターライヒさん…」
「普通にやっても攻略できないから脇腹からぶち破れってレラティビティ閣下の命令なんだろ」
エスターライヒは自分の戦斧ではなく、イスラフェルの火薬式ハンマーを持ち出した。マガジン容量と装薬を増やした特別仕様のものだ。
「ペルリンガー、構えとけよ。このために弓術科のお前さんが前線に来てるんだ」
「押忍!!」
ペルリンガーは自らの固有術式を起動し、弓を引いた。
エスターライヒは猛虎のような雄叫びを上げ、ハンマーを城壁に叩きつけて城壁に大穴を開ける。内部には城の正門の周辺ほどにはないにしろ、大量の魔物がうじゃうじゃと這い回って侵入者を待ち構えていた。
『散弾矢・20!!』
アスターテの弓兵きっての制圧能力があると言われているペルリンガーの固有術式散弾矢は自分が投げたり放ったりした石や矢など命のないものを分身させ、ある程度軌道を操作することもできる。
ペルリンガーは自分の放った矢を20本に分身させ、視界に入った魔物全てに片っ端から浴びせていった。硬い魔物には十数本の矢をまとめて一箇所に当てて仕留め、シルヴァ・ディーアやシルヴァ・リザードなどの弱い魔物には的確に弱点に一発ずつ決めて確実に道をこじ開けていく。彼の弓の腕、その速射技術も合わさったその攻撃は敵にとって大きな脅威になる。
エスターライヒとて負けてはいない。常人は持ち上げられないような重さの斧を持ち上げ、台風のようにぐるぐると回して魔物を切り倒していく。一度壁に突き当たればハンマーで破壊し、眼の前の魔物を押しつぶしてひたすら城の中心部に向かう。しかし彼らも人間であり、無限に湧いてくる魔物とは違ってだんだん減速してきてしまった。
だが、破城槌は一本だけではない。
自然界において岩を削る力を持つものは意外に多い。水、風、更にはその上を歩く動物たちも何千年もかけて石を削ってしまう。その中にはたった数十年で大きな岩を砕いてしまうものがある。僅かな割れ目に種を忍び込ませ、誰にも知られぬまま深く根を張る。そして内側から破裂させるのだ。
『マクランサ』
ジブリルの呪文とともに城壁の隙間から巨大な植物が生えてきた。学名をバルバセニア・マクランサと言う岩生植物の一種だ。この植物はただ岩を割るだけではない。深く張った根から強酸を分泌し、岩を溶かすという性質を持っている。本来はやせ細った土壌で岩を砕いて栄養を取るためのものだが、ジブリルの術式によって強化された強酸はいとも容易く城壁を溶かし、崩してしまった。わざわざ剣を振るうまでもなく、ジブリルは静かに城の中心部に乗り込んでいった。エスターライヒとペルリンガーもそれに続いていく。
やがて本丸の中央となる大広間のような場所についた。そこには鈍く光る黒い玉座、そして浅黒い肌の青年のような姿の…悪魔だ。
* * *
「一体どこにこんな量の魔物がいたんだ…!」
僕はそう愚痴をこぼしながら、ただひたすらに敵を切り結んでいく。STVSの切っ先に魔力を集中し、回転斬りのような軌道で魔物の間を縫いながら魔力の線を残す。
『/』
線から魔力を一気に解放して斬撃を発生させ、周囲の魔物を真っ二つにする。魔物の数が多すぎて敵の大将にたどり着くだけでもいっぱいいっぱいだ。
すると突然、横から槍のような霧が視界に入り込んできた。まさか、これが…。僕は上体を大きく後ろにそらしてなんとか避けたが、その隣りにいたヴェンタス・ライガーは霧を吸い込んだ直後に絶命してしまった。
「なるほどねえ、あんたが毒使いの悪魔か」
「そういうお前はレラティビティ候か」
見た感じ、白い長髪と整えられたあごひげを持つ紳士的な男だ。しかしそれが持つ不気味さと威圧感は、そこらの人間とはまるで比べ物にならない。肩に止まっているカラスがそれをより一層際立たせている。
「落ち着け、落ち着けよイスラフェル」
自分に言い聞かせるように僕はその言葉を口にした。まずはあの霧のような毒は一体何なのか特定するところからだ。まずわかっている性質は吸い込んだだけで死に至る強い毒性、現在の気温およそ10℃では霧、つまり液体の形態をとるということ、そしてこの苦いナッツのような匂い。もう大体検討はついている。
『エピーヌ・ド・ローズ』
フォラスが呪文を唱えて霧を追加で生成し、それらをヘビのように操って僕の周りにまとわりつかせる。僕は一度10メートルほど引いて炎魔法を起動しようとするが、術式が完成するまでにまた毒の霧に襲われてそれどころではなくなってしまう。炎系の固有術式を持つものは…!いや、僕にもあるじゃないか。
『物質創造』
呪文を唱えて手のひらサイズのマグネシウムの塊を生成し、空中に浮かんだままカウンターウェイト用に取り付けていたSTVSの鉄製の柄頭とこすり合わせて火花を発生させる。すぐ近くの要塞の中にアズラエルがいるからあまり派手な生成は出来ないが、この程度なら一般炎魔法と言って十分ごまかせる。
火花が霧と触れた瞬間、その火が霧に燃え移って大爆発を引き起こした。やはり予想通り、この毒には高い発火性がある。この毒は僕の世界でも化学兵器として使われていた。呼吸だけでなく皮膚からも吸収され暴露から1〜2分程度で死に至る最凶の毒ガス、シアン化水素だ。
「その毒、シアン化水素だろ。バラとかが微量を含んでいるやつ」
「ああ、そうさ。バラの毒だ」
相手がたじろぐのを狙ってカマをかけてみたが全く動じない。こりゃまだ何かあるな。しかし、シアン化水素ならまだいいほうかもしれない。万が一吸入してしまってもすぐに亜硝酸アミルを生成して吸い込めば解毒することができる。依然として油断は禁物だが、割と消耗を抑えて攻略できそうだ。
僕は高速で走りながら襲いかかってくる霧をマグネシウムの火花で追い払い続け、なんとか後ろの死角からフォラスの懐に潜り込んだ。しかし眼の前に突然透明な水晶のような刃が現れた。なんとか体を捻って避けることは出来たが、バランスを崩して地面に転がってしまった。
ふと見てみると、その”剣”はどうやら個体ではなく液体がまとまっているような質感だ。フォラスは何らかの毒を生成し、それを剣のような形にして使っているのだろう。問題はあの毒が何なのかということだ。無色透明の液体の毒なんてごまんとあるし、毒性だって少し指先が痺れる程度のものから最悪の場合死ぬものまで、ピンキリだ。
そんな事を考えているうちにフォラスが剣を構えて猛スピードで突っ込んできた。高位の悪魔だけあって身体能力も桁違いだ。なんとか初撃を避けて地面を踏み直し、再び加速して切り込む。フォラスの構えた剣に跳ね返されるだろうが、それを利用して瞬時に反対側にSTVSを回して切り込むのだ。
だが実際はそう上手くはいかなかった。僕の動きをすでに呼んでいたフォラスは剣を一瞬液体に戻し、僕の斬撃を空振りさせた。その隙に膝に毒のトゲを生成して、僕の脇腹に強烈な膝蹴りを食らわせてきた。肺が圧迫されて息がつまり、血を吐いてそのまま後ろに吹き飛ばされてしまった。まずい。ただ、これで症状はわかる。ああ、だんだん手足が痺れてきた。血液毒じゃない、神経毒だ。しかもとびきり強力な。炎魔法で加熱しても良くならない。耐熱性だ。呼吸も苦しくなってきた。こんな強力な症状を引き起こす毒はただ一つ。化学式はC11H17N3O8、自然界では主にフグが持つ解毒のできない致死性の神経毒。
テトロドトキシンだ。
ついに夏休みだあああああああ




