BLUE OCEAN
今週もよろしくお願いします。
* * *
伝令が入った。毒を扱う悪魔の出現によって前線は崩壊、第1軍は大きく2つに別れ左右の山に潜伏しているらしい。予定通りだ。中央だけでなく左右2体の悪魔の能力についての情報も欲しいところだが、まあしょうがない。
「さて、と」
僕は後ろに向き直り、待機している5800人の第2軍に指示を出す。
「僕らも準備しよう」
「ハッ!」
天が割れるかのような返事のあと、全軍が一斉に動き出して門から飛び出した。要塞の外壁にへばりつくような配置で大きな盾を構える。
「それと皆さんにも」
僕は幹部クラスの一人ずつに左胸用の大きめのブローチを配った。
「軍議のときに私が言っていた、重力制御式の浮遊装置です。左胸につけた状態で2回表面に触れれば起動します」
僕はブローチのうちの一つを自分の胸につけ、2回タップした。すると内部から染み出すようにナノマシンの塊が出てきた。それが薄く広がり、体中に巻き付くようなハーネス、そして腰に尾羽根のような推進装置を形成した。「世界のすべてが魔力で構成されている」という法則を利用したものだ。周囲のすべての魔力の密度をコントロールして空間を歪め重力の穴を作り、そこに「落ちていく」ようなイメージの重力偏向式推進装置の試作型を応用したものだ。しかし、まだ研究不足なので自由落下を相殺する程度の出力しかない。ナノマシンだって、あらかじめ幻影を利用してプログラムしておいた2パターンの形状しか再現できない。損傷部位を別のナノマシンで置き換えて修復なんてことはまだできないし、軽量化のために素材の魔力鉱に半分チタンを混ぜているから多少は強度も劣る。
でもしょうがないじゃん。裏でコッソリ趣味で研究してたのをこんなところで使うことになるなんて一ミリも思ってなかったんだから。
「じゃあ、準備完了ですね。殿下はまだ出番は先ですので、とりあえず要塞でお待ち下さい」
アズラエルは「部下が僕のために命をかけているのだから僕も前線に出る」と張り切っていたが、万が一の場合に備えて彼には確実に生きていてもらわないと困る。僕が必死で引き止めたので、どうやら不満ながらも大人しくしていてくれるようだ。
やがて、まるで地震のような地響きとともに魔物の軍が姿を表した。要塞から見ると壁のような布陣だ。左翼中央、右翼中央、そして真ん中の軍の中央にも、悪魔がいる。相手は着実にこちらに迫ってきているが、それでも僕は気圧されることなくギリギリのラインを見極める。コルネリアやアズラエルなどの強大な魔術師がいるとわかっている場合、様子見のために少し距離のある場所で一度軍を止めるはずだ。しかし、敵は止まらず突進してくる。
「もう出撃ですよね?」という目線を地上部隊の指揮官に送られているが、「もう少しだから」という目線を送って制止する。
先頭部隊との距離、あと200メートル。
あと150メートル。
あと…
そこだ。
「点火!」
僕は大声で旗手に合図をおくった。それを受け取った伝令係は全身の力を込めて赤い旗を振り、導火線担当に合図を伝える。
その直後、西の方から順番に地中に埋められたダイナマイトが起爆し、その上にいた魔物を文字通り粉砕すると同時に地形を瞬時に様変わりさせてしまった。
まさかの攻撃にうろたえる敵軍、そこに突っ込む味方の軍がみるみるうちに魔物軍最深部の悪魔の手前までの道を切り開く。どんな地形でもある程度の速さで走れるのは二足歩行する生物の特権だ。魔物たちは容赦なく火薬式ハンマーを打ち込まれて攻撃どころではなくなっている。
「さて、行こうか。私は中央、シルベライセン将軍は右、エスターライヒとペルリンガーは左だ」ラミィの報告の敵の悪魔の特徴によると、中央の悪魔が毒を扱うフォラス、右が精神に干渉する巨大なフクロウのような姿のストラス、左が城のような結界を瞬時に構築するマルファスの特徴に一致する。
僕らは高さ30メートルはあろうかという城壁の上に立ち、勢いよくそれぞれの方向に飛び降りた。着地の数瞬前に推進装置が展開され、内側から緑色の魔力の羽のような制御フィールドが展開された。体がふわりと浮き、あの速度で落下してきたとは思えないほど優しく着地した。
僕は装置を途中で停止し、途中で城壁を足場にして力強く蹴り上げ、身体強化魔法を起動して一気に加速した。僕だってなんの準備もせずに飛び出したわけじゃない。体に埋め込んだ魔法の量は今までの2.5倍、僕の肉体の限界ギリギリの値だ。
『超加速』
多少僕の足が悲鳴を上げている気がするが、何も知らないことにして空中に飛び出す。眼の前に立ちふさがる魔物にニトログリセリンを投げつけて吹き飛ばし、その間を縦横無尽に駆け抜けて悪魔に迫る。魔物たちも陣形を修復しつつあり、なかなか前に進みづらい。でもそんな簡単なことはお見通しだ。
突然後ろで轟音が響いていくつもの爆炎が上がった。
「結構早かったね」
僕はそうつぶやき、眼の前の魔物に集中し直す。
多勢に無勢な僕らが敵を殲滅し得るとすればその方向は唯一つ。要塞と軍による挟撃だ。ジブリルたちの第1軍に囮には過剰とも言えるほどの戦力を割いたのは、ひとえに不意打ちに重ねる2つ目の不意打ちを確実に刺すためだ。
最初に敵に蹴散らされたと見せかけて各自が山の中に入り、そこに隠された追加の物資や武器で補給した後僕が仕掛けた爆弾トラップの音を合図に再集結して軍を成し、そのまま後ろから敵を突き刺す槍とする。こんな複雑な命令を確実にこなせる兵士は数少ない。だから第1軍は精鋭を集めた部隊にしたし、中央と左右、どのメンバーとコンビを組んでどんな悪魔に立ち向かってもいいように汎用性の高い幹部をあてがった。
僕のバディは見た感じサフローノワ先輩だ。空気を操作して風を生み出し真空に敵を閉じ込めるスタイルの彼女らしく、中央後方の戦場で暴風が吹き荒れている。左がジブリルで右がセツロ先輩のようだ。割といい布陣になった。
すると突然、右の戦場で強大な魔力反応が発生した。魔力との親和性があまり高くない前衛兵ですら振り返るレベルだ。コルネリア将軍、もう切り札を切ったのか。
『神稀解放』
コルネリアはそう唱えつつ、クジラのような手印をむすんで彼方にいるはずの悪魔を見据えた。
『”セルリアン・フィレーナ”』
詠唱を完了した瞬間コルネリアの顔に波しぶきのような魔法陣が浮かび上がった。彼女の持つ固有術式『大海原』が結晶して宝石になったシロナガスクジラのような形をとって彼女の周りの空間を泳ぎだした。いつの間にか周囲に海水が溢れ出し、うねり、濁流となって一瞬で数千の魔物を飲み込んだ。水に引き込まれて溺れ死ぬ魔物、波に揉まれて引きちぎられる魔物の声があたり一面に広がり、瞬時に空中に避難した悪魔ストラスを除いて右翼の軍を全滅させてしまった。
これが現在アスターテで二人しかたどり着いていない魔法の極地、神稀魔法だ。そのあまりの威力と範囲、そして術式発動後に残るまさしく大海原のような湖からコルネリアが国王ヴァサーゴから送られた二つ名を僕は思わず口に出した。
「魔術将軍・大海のコルネリア、か…」
読んでいただき、ありがとうございました。
やっぱり自習の時間って神だと思うんですよね。勉強なんて全部自分でやるんで、そのかわり授業を全部自習にしてくれませんか。
ちなみに僕はコロナでオンライン授業だったとき、zoomの裏画面で炎炎ノ消防隊2期を見てたような人間です。




