WATCHING LIKE A HAWC
今週もよろしくお願いします。
1ヶ月と少しあと。あれからあまり雪が降ることはなく、シュヴァルツァー要塞の周りの雪原もとけて土が大部分で露出している。その方が“罠“を仕掛けた部分が分かりづらい。好都合だ。
あれから兵たちも厳しい訓練を積み続けた。彼らにとっては地獄に近かっただろうが、皆よくやってくれた。
薄暗い夕闇の中、独り城壁の上で地平線を見つめる。僕の計算通りなら、明日あの辺りに敵が現れるはずだ。
「やっぱり緊張してるの?」
ラミィが話しかけてきた。
「まあね。そりゃ僕だって怖いよ。もしかしたら明日でアスターテ王家が綺麗さっぱり消滅してしまうかもしれないんだから」
「・・・」
ラミィは僕の言葉に息を呑んだ。
「・・・私にはそれがどういうことか、明日何が起きるのか、そしてイズがどこまで見通してるのかはわからない。だけど、これだけは絶対に言える。必ず、私のところに戻ってきて」
「それを言うなら、僕だって君を王都にとどめておきたいくらいだよ。斥候だって安全な仕事じゃない。むしろ___」
次の瞬間、ラミィの柔らかい唇が僕の言葉を遮った。
「約束して。『私のところに帰ってくる』って」
「・・・ああ。絶対に帰って来るよ」
その僕の言葉を確かめたラミィは僕の首に手を回し、強く抱き寄せて再びキスをした。僕もそれに答えるように、彼女の体を強く抱きしめた。
* * *
「敵軍が見えてきました。あと少しで先頭の一軍が規定のラインに到達すると思われます」
物見櫓の弓術兵から伝令が入り、それを聞いたアズラエルが僕の声を掛ける。
「イズ、もうそろそろじゃないか?」
「ですね。よろしくお願いします」
アズラエルは、要塞の中で出撃を今か今かと待っている軍に向きなおった。
「ただいまより出撃する第一軍は囮の部隊でもあり、この作戦において最も肝心な矛でもある。すなわち、他の軍の2倍近くの時間を最前線で過ごすことになる。自ずと君たちに強いる犠牲も大きくなってしまった。本当にすまない。
しかし、今ここで我々が死ななければ、あとに残る城はただ一つ。王都アル・イスカンダリーヤだけだ。そのためにも我が軍1万余名が砦となるのだ。
こんなことを言える立場ではない事は分かっているが、私のわがままでこれだけは言わせてくれ。
全員、絶対に生きて帰ってこい」
「では、出陣!!」
第一軍の大将である、シュヴァルツァー要塞城主のセルゲイ・サンデルス一等前衛将校が大声で出陣の声を上げ、要塞の門が開く。騎馬兵1000、歩兵3500、弓術兵1000の合計5500人の戦力が一斉に駆け出し、3キロほど離れた広い谷のような部分に陣を構築する。この軍にはジブリル、セツロ、それに学院5年生のマリア・フォン・サフローノワも随伴している。弓術兵は左右の山から射撃をする配置だ。
谷に誘い込んで各個撃破を狙う計算だ。それくらいしかこの数では戦いようがない。本当に、大将の責任は重いなあ。
* * *
「この場所に陣を構築する!」
広い谷の底に事前に作られた拠点につくやいなや、ジブリルは指示を出す。
『パルテノキッソス』
自らも地面からツタを生やし、絡ませて新たな防御壁を構築する。そこに盾を持った重歩兵が横一列に並べ、強固な構えで敵を迎え撃とうとしている。
やがて地響きが大きくなり、魔物の群れが近づいてきているのが感じられるようになった。
「もはや壮観だな…」
自分の気を引き締めるかのように、地平線を埋め尽くすかのような魔物の群れを見つめてそう呟いた。
大地をえぐるような轟音がやがて爆発音にも似た衝撃に変わり、最も外側の土壁が次の瞬間には粉々になっていた。やがて先頭のヴェンタス・ライガーの一群はツタの壁をも突き破り、最初の重歩兵に飛びかからんとしていた。重歩兵たちは皆、固唾をのんだ。
しかし、突然空中でライガーの動きが止まった。太いガジュマルのツタが絡みついて彼らの身動きを取れなくしてしまっていた。
『ミクロカルパ』
ツタに絡め取られたライガーの群れの中心には、地面に手を当てて魔法を発動したジブリルの姿があった。
「タダじゃ通さないよ」
2年前とは比べ物にならないくらいに固くなったガジュマルのツタはライガーたちの全身を締め付け、骨を粉砕した。締め付けられたライガーは一匹残らず血を吹き出し、そして死んでいた。先頭を潰されたことで完璧と思われていた魔物のフォーメーションに揺らぎが生じ、攻撃を差し込む隙ができた。歴戦の猛将はその隙を決して見逃さなかった。
「全軍転身!紡錘陣形にて敵深くに切り込み、一撃を加える!」
セルゲイは素早く自軍の陣形を変えて騎馬兵を前に押し出し、棍棒を構え自ら先陣を切ってジブリルが開けた”大穴”に突っ込んでいった。防戦になるかと思われた戦いが、たった二人の手で攻勢に転じることになったのだ。
予期しない攻撃をもろに食らう形となった魔物の先頭集団は総崩れとなり、本来は余裕で避けられたであろう攻撃をまともに急所に受けて無惨に死んでいった。
「うぉぉぉぉぉらあ!!」
獅子のような雄叫びを上げながら部下が足止めしている魔物に片っ端から飛びかかり、後頭部に重い一撃を入れて、セルゲイは魔物を薙ぎ払っていく。その勇猛と言うには激しすぎるとも思われる姿に魅せられた部下たちはいつにもまして士気をあげ、着実に魔物を追い込んでいった。
しかし、セルゲイとて万能ではない。眼の前の魔物を倒すことに全力を投じるあまり背後から近づくヴェンタス・グリズリーに気づけず死角への侵入を許してしまった。
「!!」
死ぬ前に一撃を加えてやろうと、眼の前の魔物の横顔に振るっていた棍棒の勢いを殺さずに振り抜いて自分ごと回転させる。その時、グリズリーの両目をどこからともなく飛んできた紙人形が覆った。
『集い、刃を研ぎ澄ませ』
直後に嵐のような大量の紙人形が押し寄せた。魔法で鋭利な刃物となった紙人形の突風がグリズリーを巻き込み、斬撃を浴びせ続けてやがてその体を粉々の肉塊にしてしまった。
「感謝する、セツロ殿」
靴の部分に紙人形をまとわせて飛行しているセツロに話しかけた。
「お気になさらず」
セツロは礼儀正しくお辞儀をして敵に向き直り、まるで優雅な踊りのような手印をむすんで紙人形を操作した。近くにいた魔物が紙人形の濁流に飲まれ、次々にこま切れ肉へと姿を変えていった。
しかし、この攻撃が押し返されるのにも、そう時間はかからなかった。
「何だこの蛆虫たちは」
老練な魔術師のような外見をした悪魔フォラスが、魔物が左右に分かれて作った道をゆっくりと歩いてくる
「ちょろちょろ足元を這い回りよって、鬱陶しい」
そう悪態をつくと、マントをはためかせておもむろに手のひらを上げて天に向けた。
『エピーヌ・ド・ローズ』
一瞬風がやんだかと思うと、次の瞬間には濃い霧が立ち込めていた。それを吸い込んでしまった兵士は細胞レベルで呼吸を止められ、苦しんで喉を押さえながらわずか1分ほどで死んでしまった。フォラスの周りには、霧と死体が積み上げられていった。
「毒…なのか?!」
それを見ていたセツロはその残虐さのあまり言葉を失い、空中で静止してしまった。毒の霧はその手を伸ばし、今にもセツロを飲み込もうとしていた。しかしセツロの体にツルが巻き付き、一瞬で手前まで彼女を引き戻した。
「セツロ先輩、撤退です」
ジブリルは歯を食いしばりながら、その言葉を絞り出した。
そうする間にも、味方が撤退する時間を稼ごうと無謀な戦いを挑んだ兵士たちが倒れていく。
「撤退だ!!左右の山に逃げ込め!」
セルゲイは普通に撤退しても追い詰められるだけだと判断し、山へ逃げ込む命令を出した。これは明らかな、敗走だった。
自分で書いてて、「この描写少々グロすぎんか」って思いました。




