WHAT MUST BE PROTECTED
今週もよろしくお願いします
「イスラフェル・フォン・レラティビティ侯爵がお見えになりました」
「よし、通せ」
中から太い声がした後、扉が開いて中に通された。2年ぶりの国王執務室だ。中程まで進みヴァサーゴの前で最敬礼をする。
「面をあげよ。何用だ」
ヴァサーゴはワインを片手に持って北部方面の地図を見ていた。
「魔物の群れに関して、軍の出撃許可を頂きに参りました」
「その件に関してはこちらでも対応中だ。討伐軍の編成も急ピッチで進めておる。卿は三等将校ではあるが、その前に未だ17歳の子どもだ。卿を連れて行くには今回の戦場は危険すぎる」
「私は軍人であるとともにレイヴンの一員でもあります。戦場で死ぬ覚悟などとっくにできています。それに、私よりも強い魔術師はこの国に何人いますか?」
多少強引だが仕方がない。
「策はあるのか」
「只今説明いたします」
僕は先日アズラエルたちに話したのと同じことをヴァサーゴに話した。
「2か月間奴らを放置する、というのか…」
「これ以外も考えましたが、これが最善です。というかアスターテが生き残る唯一の道です」
「全戦力をどこかに集めて一気に殲滅するのは?」
「先に民間人を虐殺されて詰みです」
「推定される犠牲者数は?」
「正面からぶつかり合う従来案ではアスターテの全人口500万人、僕の案では2万人ほどです」
「民間人を先にどこかに逃がしておくのは?」
「この作戦のミソは『相手にこちらが作戦に気づいてるということを悟られていない』という状況から裏を突いて一気に奇襲をかけることです。万が一にも不審な民の移動、迅速すぎる対応など不自然なことはできません」
「そうか…。すべてを救うことはできないのか。残酷だな、命の選択というものは」
ヴァサーゴは深い溜め息をついた。
「それにしても、頭の切れる卿にしては少々向こう見ずな作戦だ。これが本命ではないのだろう?」
「お見通しでしたか」
「それが何かまではわからんがな」
僕は少し考えた。これをヴァサーゴに話しても良いものか。いや、敵のトップの持つ魔法の発動条件がいまいちよくわからない。やめておこう。
「…申し訳ありませんが詳しくは話せません」
「父親に、似てきたな…」
「父上をよくご存じなのですか」
「ああ…ああ、まあな。知の実力はあまり無いが、私の知る限り最も誠実な男だよ」
少し間を開けて、ヴァサーゴが話し出した。
「なあ、お前はケルビムを父親として愛しているか?」
「もちろんです。父は常に幼い私を導いてくれました」
「…その気持ち、忘れるでないぞ」
彼の目には、悲しさとも取れる炎のような光が揺れていた。
「グレイシャル」
「は、ここに」
ヴァサーゴはグレイシャル参謀総長を呼び出した。
「此度の騒乱に関してだ。この作戦での特務別働隊を正式に討伐軍として承認し、アスターテ全土に緊急事態宣言を発令する。予の名のもとにイスラフェル・フォン・レラティビティを今日付けで二等将校に昇等。さらに戦時特別措置によって一等将校待遇とし、魔物討伐軍の全指揮権を委ね、騒乱の鎮圧に向かわせろ」
「は?今、何と?」
グレイシャルはそう言ってぽかんと口を開けたまま固まってしまった。ヴァサーゴは、さらに理由付けするかのように続けた。
「アスターテの軍師が1週間かかっても見つけられなかった起死回生の一手を、この者が導き出したのだ。予はレラティビティ候に賭けてみようと思う」
「そんな、私はまだ17歳の青二才の過ぎません。初陣にもまだ出ていない私では役者不足です。作戦案の捻出なら幾らでも喜んでお受けいたしますが、軍の指揮となると話は完全に別物です。どなたか別の方を任命してください」
僕に国民500万の人命を握らせるなんて、そんなの絶対にごめんだ。
「レラティビティは15歳で悪魔を3体倒し、オウル要塞では混乱の中一度も判断を誤ることはなかった。将としての才、そして心意気を既に持ち合わせておる。経験は足りないかもしれんが、そんなものは副官人事でどうとでもなる。軍事顧問としてコルネリアをつけよう。何より予をチェスで打ち負かした男だ。軍を任せるに足ると思うがね」
「しかし…」
グレイシャルも何か言いたそうだ。ヴァサーゴは僕に近づいてこう言った。
「この戦、予は人類と魔物の種族間戦争と捉えておる。勝利条件はアスターテ王国の存続、敗北条件はアスターテ王国の滅亡だ。今アスターテにおいて最も明確な王国存続への導線が見えているのは間違いなくイスラフェル、お前なのだ」
そんなことを言われたら断りようがない。
「グレイシャル、良いな」
「…陛下の命とあらば」
おいおい何納得してるんだ参謀総長。
ヴァサーゴは一息置いた。
「アスターテの未来、卿に託す」
「…はっ」
さて、どえらいことになってしまったぞ。
* * *
「ついにこの日が来てしまったか…」
王都の外の丘の上で夜空を見上げ、そうつぶやきながら物思いにふける。冬の空気は澄んでいて星がよく見える。11月下旬、あたりにはうっすら雪が積もっていた。ふと、僕は左手首に仕込んだ小さな金属片を見た。事前にやれる準備は全部やった。
「ねえイズ、もうそろそろじゃない?」
ラミィが丘の反対側から僕を迎えに来た。そこには今回の極秘の討伐軍が待機していた。
「ああ、今行くよ」
今回の作戦に参加する者たちは皆、静かに家を抜け出して集まってきた。魔物たちは何をきっかけに進路を変えるかわからない。また、どんな魔法で僕らを見ているのかもわからない。何者にも察知されぬよう、僕らは真夜中、誰にも称え励まされることなく静かに王都を出た。
僕の直轄兵5000、アズラエルの親衛隊300、そしてヴァサーゴが手配したアスターテ軍からの増援5000。合計10300人の兵力だ。
あるものは独り身の老兵だ。30年以上軍に身を置き、人生をかけてアスターテに尽くしてきた。歴史を変えることになる大戦を幾度も経験し、部下からの信頼も厚い。
またあるものは20代前半の新兵だ。実戦に参加したことなど片手で数えられるほどしかない。母と妻、幼い息子と生まれたばかりの娘を家に残して討伐軍に加わった。
孤児院育ちの15歳の少女は、僅かな出兵の噂を聞いて「少しでも力になりたい」と炊事係として半ば無理矢理ついてきた。幼い頃森で遭難して魔物に襲われたときアスターテ兵に助けられ、それ以来軍の役に立つ仕事を目指しているそうだ。
皆、王国を守るために自らの死をも覚悟してついてきた。たとえ誰にも背中を押してもらえなくても、たとえ愛する人に二度と会えなくなるかもしれなくても、彼らは絶対に自分の持ち場を守り抜くだろう。
僕は深呼吸し、全体に語りかけ始めた。
「正直、私は予定されていた全員が呼びかけに応えるとは思っていなかった。半信半疑だったのだ」
兵士一人ひとりの顔をすべて脳に焼き付けるように、全体を見渡した。
「たとえ私1人しか集まらなくても、死ぬまでこの国を守るために戦うつもりだった」
絶対にこの軍の存在は隠さなくてはならないゆえ、松明もつけてはならない。皆の顔は寒さで赤くなっていた。
「しかしようやくその疑いは晴れた。私の志は私一人の志ではなかったのだと、今わかったからだ」
松明はついていなくても、兵士たちの瞳の中には真っ赤な熱い炎が燃えていた。
「普通に考えれば誰一人として生きては帰れぬ任務だ。しかし、これしかアスターテを守る方法がない。我々は1週間以内にシュヴァルツァー要塞に入り、そこで1ヶ月と少しを密かに過ごした後戦闘状態に入る。
すべてが前代未聞の過酷すぎる任務だ。しかし、足の速さを緩めることはできない。列から離れてしまったものを助け出すことはできない」
皆、話に聞き入っていた。
「この戦に勝ってもアスターテは何も得ることはないし、君たちにもそれほど多くの報酬は渡すことができない。人々の称賛を得ることすらないかもしれない。しかし人知れず命をかけてこの国を救う覚悟があるというのなら、私とともに来てほしい。家族の安寧を、なんてことない明日を、この国の未来を、人知れず守るために」
僕は一息置いて、この言葉で締めくくった。
「護るべきものを、この手で護り抜くんだ」
久しぶりに前書きと後書きを書いてます。木炭デッサンやりすぎて鉛筆デッサンに適応できません、助けてください。




