第9話 ★狂戦士のバグっていない実力
「★」だけ読む方のための導入部あらすじです。
・日本の寺の息子であるレンレンは、後継ぎ修行中に「喝」にビビッて突然死。殉教者?として、地蔵菩薩により異世界に転生させてもらう。そこはミロス教という教団が力を持つ世界。王国は宗教がらみで2つに割れて内戦状態
・レンレンは異世界で勇者を希望するも、適正検査の結果。プリーストに指定。その中でも「憑依術師」という、聖女の魔法に操られて初めて力を発揮するタイプであることがわかった。
・レンレンは、3人の聖女と1年間パーティーを組み、相性を確認した上で、正式にパートナーを定めることをハンナ高司祭に指示される。その訓練の一環でコボルド退治に出たのがプロローグ。
コボルド退治から戻った僕たちは、僕が意識を取り戻してから、教会本部に状況を報告した。
30匹を超えるような、しかも様々な犬種?が混じったコボルドの大群が、町のすぐそばに現れるというのは異常な事態だそうで、本部主導でさらなる調査が行われることとなった。
その調査には僕らも参加する手筈となったが、まずは破門された前国王派との戦いで出払っている神官戦士隊の帰還を待つ予定だ。
ちなみに、コボルド退治の報奨金をいくらかもらうことができたので、僕はマイダに昨日のケーキ代を支払おうとした。
「パパの支払いだからいいわ。それよりレンレンも、もう少しまともな武器でも買い込んだら?」
マイダはそう言って受け取らなかった。意外に気前がいい。普段の言動はかなりの銭ゲバっぽいんだが。
翌日、僕が訓練場でマイダと手合わせをしていると、キャンキャンと子犬の鳴き声が聞こえてきた。
見ると、眼鏡をかけた秘書っぽい服装の女性が、リードでつないだ10匹くらいの様々な子犬に、もみくちゃにされながら近づいてくる。
「マイダお嬢様!」
お嬢様? あ、マイダってどこだかの大司教のひとり娘だったな。実物はそういうお淑やかなイメージとは程遠いが。
「あ、リア!」
マイダも気づいて返事をした。どうやら父親の秘書か何からしい。
「ペットショップから、ご希望のペットのワンちゃんの候補が届きましたよ。おすすめは、えーとそこの、イタタタタ、私のスネに噛みついている長毛のチワワだそうです」
子犬たちが興奮して走り回り、絡みつくリードに苦労しながら女性が言った。
「ワンちゃん、っていうか、犬よね……。ワタシ今、いろいろあって犬に食傷気味なの。ねえリア、悪いんだけど今回は無かったことにしてもらってくれない? あとでパパに謝っておくわ」
ワガママなセリフではあるが、昨日のやたら犬っぽいコボルド戦のあとでは、マイダの気持ちもわからないでもない。
「やっぱり猫ちゃんを頼もうかしら……」
子犬を引きずりながら戻る女性を見ながら、マイダが呟いた。
そこに、なにやら壁に向かって一人で呪文を唱え、剣を振っていたカーリーと、精霊魔法の練習をしていたディーナもやってきた。
「レンレン、ひとつ頼みがあるんだが」
カーリーが僕に言った。
「聖女の憑依魔法だが、一度使用できたものは、天啓がなくとも好きな時に使えると聞いている。今試してみたら、昨日のアレも行けそうなんだが、少しレンレンに降ろさせてくれないか? ついでに狂戦士の強さもチェックしておきたい」
アレですか。ああいう不随意系の憑依魔法を使われると、僕も何をしでかすかわからないし、全く気が進まないんですが……。でも仕方なく、僕は頷いた。
「じゃあ、さっそく降ろしてみるから、もしコントロールできるようなら私にかかって来てくれ。ディーナとマイダは、いざという時は解放の呪文を頼む」
そう言うとカーリーは小声で呪文を唱え始めた。
「我、カーリーが神の御名において命ず。……狂戦士化!」
例によってカーリーの剣から雷撃が飛び、僕は「グオゥー」と叫ぶと体のコントロールを失った。
カーリーが僕を挑発するように剣を振る。僕(の体)はカーリーに向かって突っ込もうとした。
その時、まだリアさんに引きずられて帰る途中の子犬たちが、こちらの異様な雰囲気に気づき、立ち止まって一斉に吠えたてた。
急停止した僕は、ギリギリとした機械のような動きで子犬たちの方に向き直った。昨日のコボルド戦といい、狂戦士は犬が嫌いなのかもしれない。
なおも自分に向かって吠えたてる子犬たちを見て、一声唸ると、木刀を振り回しながらギクシャクとそちらに突進した。
「キャー!」
リアさんが犬を連れたまま、あわてて逃げようとして、リードに足を取られ派手に転ぶ。
1匹の勇敢なミニチュアシュナウザーのようなコボルド、じゃなかった、勇敢なミニチュアシュナウザーの子犬が、激しく吠えながら僕とリアさんの間に立ちふさがる。
僕は大きく木刀を振りかぶった。
「解放!」
ディーナの指輪から眩い光が飛び、僕の背中の真ん中を撃った。僕はパタリとその場に倒れこむ。
一連の騒ぎを何かの新しい遊びだと勘違いした子犬たちが、喜んで僕の周りに群がり顔中を嘗め回した。
嘗められたおかげか、今回、珍しく気絶せずに済んだ僕は、むくりと上半身を起こした。
憑依はごくごく短時間だったのに、何だかとてもグッタリだ。僕はまだしつこく顔を嘗めようとしているシュナウザーを捕まえて抱っこした。
「リア、大丈夫? ゴメン、このバカにはよく言いきかせておくから」
マイダがリアさんを助け起こして余計なことを言っている。
ディーナが心配そうに小走りで、子犬に囲まれ座り込む僕に近づいてきた。カーリーも、こちらはゆっくりとやってくる。
「これはどうやら、他の人がいないところでやった方がいいな。あっちの隅に行こうか。」
訓練場の隅を指さしながらカーリーが言った。
げっ、まだやるんですか? カーリーさんてやっぱりスパルタ!
その後、場所を移し、何度か僕が憑依されて実験した結果、次のことが判明した。
・狂戦士は、敵味方の区別がつかない。気に食わないことがあれば(あるいは特に理由は無くても)誰であろうと襲い掛かる。
・狂戦士は、恐怖や痛み、疲労を感じずに、体の限界まで戦うことができるが、技術や筋力などが強化されているわけではない。現にカーリーには全く勝てなかった。
・解放後、僕は異常な疲労に襲われる。それはなかなか回復せず、運が悪いとそのまま息絶えることだってありそうな感じだ。
つまり、もともと貧弱な僕が狂戦士化しても、大して強くない上に、理性やその後の行動力まで失われるということだ。かなりがっかりな結果だ。
僕らは木陰で休憩を取りながら話し合い、『狂戦士』の魔法についてそのようにまとめた。足元を歩き回るアリたちを、じっと見ながらカーリーが言った。
「これはさすがに使い勝手が悪すぎるな」
「もうアリ恐怖症はいいのか?」
アリを見ているカーリーが気になって、関係ないことを僕が尋ねる。
「ああ。コボルド戦で踏みまくったので大丈夫になった。でも、今度はちょっとケーキが怖くなって……。ひとくち食べたら中からアリがたくさん出てくるという夢を見てしまった」
まさかのケーキ恐怖症? ダイエット中の女子みたいだ。
「ま、残念だけどこの憑依魔法は封印だな」
「でも、レンレンの狂戦士、ちょーキモいからそれで相手が逃げるっていう使い方もあるかもよ」
マイダは相変わらず余計なことしか言わない。ある意味ブレてない。
最後までお読みいただきありがとうございます。