第8話 訓練と緒戦(後編)
その後も毎日訓練が続いた。
僕の剣術の腕は、当然急には上がらなかったが、それでも聖女たちの戦い方を理解し、最低彼女たちの邪魔にならないようにはできそうだ。というか、そう思いたい。
戦い方以外についても3人についていろいろと教えてもらった。地雷を踏むかと思いつつも年齢まで聞いてしまった。
カーリーは僕と同じ十八歳。ミロス教『戒めの砦派』の神官戦士。
『戒めの砦派』は戒律に厳しく、同じく神官戦士の父と、熱心な信者の母に厳格に育てられた。
プリーストとしての適性は強力な治癒魔法。つまり戦闘とケガの治療が両方できるという優秀な前衛だ。
3年ほど前に聖女としての天啓を受けたとのこと。
マイダはふたつ下の十六歳。ミロス教『生命の法則教会』派の司祭見習い。
本人談だが、来年には史上最年少で司祭に就任する見込みとのこと。
父は『生命の法則教会』のトップである大司教。
適性は主として支援魔法。病気や疲労からの回復に加え、様々な能力強化の魔法が扱える適性だ。
ちなみにマイダの場合は、ケガの治癒魔法もある程度こなせる。2つも本格的に適性があるのは二重魔法適性と呼ばれ、とても珍しいらしい。ただしこれも本人談。
聖女としての天啓を受けたのは4年前。
ディーナはひとつ上の十九歳。ミロス教『綜合教団』派の司祭見習い。空き時間は『綜合教団』のトップである教主の秘書的な役割もしている。
北の方の山奥の出身だが、昨年までは王立劇団で女優をしていたそうだ。マイダの話だとこの国で知らない人はいないレベルの有名人らしい。
確かに超強烈な美人度?で、彼女なし=人生の僕はそばにいるだけで結構ツラい。
適性は炎や水・風など、自然の力を操る精霊魔法。その他の適性はまだ調べたことがないとのこと。
聖女としての天啓は昨年。
そういった話を聞いた僕は、ひとつ疑問を持った。彼女たちは聖女として認められながらも、一方で司祭見習いなどの仕事を持っている。
聖女はゲームの勇者みたいにエラいわけではないのか? その位置づけがよくわからないし、そもそも聖女の天啓とは何なのか?
昼食の雑談の時にそんな質問をすると、カーリーが答えてくれた。
「神官戦士とか司祭見習いが、我々の公式な身分だな。聖女はそういった階級とは別物だ。時おり天啓、つまりミローク神からのお告げを聞くことができる。それに、憑依術師に神の力を授けるとか、いくつか聖女独特の魔法を使うことができるが、それだけだ。ある日、突然天啓を聞くことができるようになり、一方で急にその力が失われることもある。だから、聖女として一時的に重用されることはあるが、基本、身分とは関係ない」
「ふーん。じゃあ天啓っていうのはどんなふうに下るんだ? 偽物の聖女が『天啓が下った! 自分は聖女だ‼︎』って言っても周囲の人にはわからないんじゃないか?」
もとの世界の家業のせいで、宗教一般について疑り深い僕が尋ねた。
「私の場合は雷に打たれたようになるな。周囲の人もそれを感じとれるから信じてもらえる。それに天啓は、将来の予言のような内容も多くて、それが実際起きるからわかりやすい。最近だと我々は3人とも、レンレンが到着する前の晩に『明日、転生の間に転生者が到着する』という天啓を受けた。まさかこんな転生者だとは思わなかったがな」
3人が笑う。こんなってどんなよ、と聞こうかと思ったが、凹みそうなので止めておいた。
こうした訓練が続いていたある日の朝、僕らはハンナさんに呼ばれた。
町のすぐ近くで何度か数匹のコボルドが目撃され、訓練を兼ねて駆除してきてほしいそうだ。
「破門された前国王派との戦いで、騎士や神官戦士隊が出払っていることもありまして。コボルドなら訓練にちょうどいいんじゃないかと。」
確かにここ数日は、周囲に神官戦士が少なく、訓練場が空いていた。
カーリーが「コボルドなら」と請け合い、僕らは翌日駆除に向かうことになった。
訓練場に戻りながらマイダが言う。
「私たちのパーティーの初めての門出だから、壮行会しないとね! レンレン、買い出し行くからお昼食べたら付き合って」
昼食のあと、マイダと僕は教会本部を出て、街中に向かった。
僕は転生直後から毎日訓練でヘトヘトだったこともあり、まだあまり教会本部から外出したことがない。物珍しく周囲を見回しながらマイダについて歩く。
「ところでどこに行くんだ? 壮行会っていうくらいだから、まさか酒?」
「何言ってるのレンレン、お酒はハタチになってから、でしょ。ケーキ屋よケーキ屋。カーリーもディーナも結構甘党だから、ワタシのおススメのお店でケーキたくさん買い込みましょ」
そういいながら、マイダは何やら甘い匂いがしてくる店の中に入っていった。
店内のショーケースには、日本と同じような様々なケーキ、ショートケーキからモンブランやミルクレープのようなものまでたくさん並んでいる。
20種類くらいあるだろうか。お客さんも結構入っており、みんなどれを買うか品定めしてしている。
「あらマイダちゃんいらっしゃい。今日は何にする?」
お店のお姉さんがマイダに声をかける。どうやら本当に常連らしい。
「こんにちはっ! 今日はちょっとしたお祝いなの。だから全部のケーキ、ひとつずつくれる?」
ちょっとびっくりして僕が言った。
「おいおいそんなに食べられるか? そういえば僕、自慢じゃないけどお金もってないぞ?」
「平気平気。ひとつが小さいじゃない。お姉さん、支払いはいつものとおりパパにつけといてね」
結局、僕はケーキが20個ほど入った大きな箱を持たされ教会本部に戻った。
「カーリー、ディーナ! ケーキたくさん買ってきたわよ」
マイダが呼びかけると、カーリーが嬉しそうにいう。
「お、いいな、それじゃあそこら辺の木陰に置いといてもらって、休憩の時にいただくか」
その後、しばらく訓練を行い、いよいよお待ちかねの休憩の時間となった。
みんなで木陰に移動し、カーリーが「どれどれ」と嬉しそうな顔でケーキの箱を開ける。
しかし、その瞬間、「ひゃっ」と叫んで大きく飛びのいた。
見るとケーキが黒く見えるくらいの、たくさんのアリがたかってしまっている。
「あらー、レンレン、置くところちゃんと考えてよ!」
なぜか僕がマイダに責められた。
「アリ、怖い……」
カーリーが怯えた顔でつぶやいている。
僕たちはそのケーキをあきらめ、改めてマイダと僕で買い直しに行く羽目になった。
戻ってからケーキを囲んで、壮行会という名のお茶会となったが、甘いものへの聖女たちの食欲が凄い。僕がひとつ目を食べている間に、三人とも3つめに入っている。
「カーリー、マイダ、よく食べるなー。ディーナさんも意外にいきますね」
僕の発言にマイダが突っ込む。
「なんでワタシとカーリーが呼び捨てで、ディーナだけ敬語で『さん付け』なのよ」
そのご指摘、自分では全く気付いていませんでした……。
「そりゃぁまあ、年上だし……」
僕が苦しい言い訳をしていると、
「また! ディーナがちょっとキレイだからって特別扱いして。アイドルはトイレに行かないって真面目に信じてるタイプじゃないの、レンレンて」
マイダにそう言われて、強烈に美しいディーナを見ていたら、確かにトイレなんか行かなそうに思えてきた。
……いかん。
僕たちのやり取りを聞いていたディーナが悲しげな顔で言う。
「私はもちろんトイレに行きますし、隠れておならだってします。レンレンさん、いえレンレンには、私も同じ扱いで……、呼び捨てで呼んでほしいです」
おならの話まで聞いていない。元の世界でもたまに見かけたが、きれいと言われるのが嫌いな美人なのかもしれない。
そういう言葉に飽き飽きしているのかな?
「わかりまし……わかった、ディーナ……」
僕がそう言うと。ディーナはうれしそうに微笑んだ。またその笑顔の破壊力が尋常でない。
「なに照れてんのよ、まったく」
マイダがなぜか拗ねたような口調で言った。
翌朝、僕らはコボルド狩りに出発した。
予想外の大群に出くわしたが、カーリーが聖女の力で、僕に狂戦士を降ろすことで何とか乗り切った。
例によって気絶した僕は、カーリーの治癒魔法やマイダの支援魔法の回復でも意識を取り戻さず、木の枝を組んだ即席の担架で聖女たちに運ばれて帰ってきたらしい。
なんか色々ちょっと死にたい気分だ……。
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