第76話 ★王女さまのお祓い隊(後編)
3話連続更新の3話目です。
「クゥーン……」
「くっ、失敗か。本格的にまずいな」
僕のいかにも犬らしい仕草を見たカーリーが言った。
ここで愛犬?の危機にトパス姫が我慢しきれず前に出てきて、僕を守るように立つと、聖女たちに言った。
「皆さん、スクイードの……いえレンレンさんの面倒は、これからずっと王宮の方で、責任をもって見ることにします。だからもうこのままにしませんか? ……私、可哀想になってきてしまいました」
え、僕ってこの先ずっと女王様の、じゃなかった王女様のペットとして一生を過ごすの? 何だか思わず一瞬喜びそうになったけど、やっぱりそれは困る。
「それはちょっと、レンレンの気持ちを考えると……」
幸いディーナが姫に諫言してくれた。
「……そうですよね。取り乱してすみません」
トパス姫も思い直してくれたようだ。
「でもどうする? ワタシ、今のでもう魔力切れよ」
マイダが言うと、カーリーとディーナも頷いた。
「もう遅い時間だし、今日はどうしようもないな。かと言ってこの状態のレンレンを連れて帰るわけには行かないし」
暗くなってきた窓の外を見ながら、カーリーが言う。
僕は首輪をつけられて、マイダに夜の街中を引きずられていく自分を想像した。
うーん、確かに無理だ。いろいろと犯罪の匂いがしてしまう。
「明日までは私がお預かりします」
トパス姫が言った。
「姫さま、なりません!」
レイナさんが慌てて止める。
確かに中身は犬とは言え、一晩同じ部屋で過ごすのはマズそうだ。それこそ王様に処刑されそうな気がする。
「レイナ、安心して。もちろん別室よ。レンレンさんを空き部屋に案内してあげて」
結局僕は、レイナさんがどこからか調達してきた首輪とリードをつけられ、別室に連れて行かれることになった。
「スクイード、じゃない、レンレン、また明日! それまでに魔力を回復させて、いい手を考えておくからな」
カーリーが別れ際に言った。犬と間違えないでほしい。こっちはもう二度とニンゲンに戻れないんじゃないかと心配しているのに。
「スクイード、粗相はダメよ」
トパス姫が笑顔で言って、ドアが閉められた。
翌朝。
レイナさんが僕のいる空き部屋に迎えにきた。
昨夜は、僕というか、僕を乗っ取ったスクイードは丸くなってすぐ眠ってしまったが、僕の意識の方は全然眠れなかった。
おかげで頭がボーっとして考えがまとまらない。
ん? これって僕の存在が消滅しかかっているんじゃないよな? ひー、我ながらご愁傷様だ。
レイナさんにリードを引かれてトパス姫の部屋に行くと、そこには既に姫と聖女たちが勢揃いしていた。
トパス姫を見つけた僕は、喜んで飛びつこうとしたがレイナさんにリードを引っ張られ止められた。でも、姫が笑顔で近寄ってきて頭をなでてくれる。
それを見ながらカーリーが言った。
「喜べレンレン、マイダが犬の憑依を解く、いい手を考えてくれたぞ」
「さすが軍師マイダ様!」
トパス姫に褒められ、マイダはちょっと得意げだ。心なしかマイダの肩にとまっているキューちゃんも得意げに見える。
得意げなまま、マイダが言った。
「フフフ、ワタシにかかればこんなのは大した問題じゃないです。でも、ちょっとキ……、キケンなので姫様は下がっていてください」
「そうだな、確かに少しキ……、気をつけないといけないな。マイダはレイナさんとトパス姫の護衛を。ディーナは解放の準備を頼む」
カーリーが剣を抜き、一歩前に出ながら言った。
キ?
「我、カーリーが神の御名において命ず。汝、レンレンよ、すべての恐怖と苦痛を忘れ……」
えーっと、これはあの憑依魔法の呪文だよな。
マイダの案だって言ってたけど、こんなところで使って、なんかいいことがあるんだろうか。
「……あらん限りの力で聖なる刃を振るえ。狂戦士化‼︎」
カーリーが剣を払い、雷光が飛んで僕/犬のスクイードに当たった。
僕は一瞬固まったが、突然倒れてのたうち回り始めた。ときおりグオウ、という唸り声や、ワンワンという吠え声が混じる。
どうやら僕の体をめぐって、スクイードとバーサーカーが主導権争いしているみたいだ。すごく迷惑な話だな。
そのうち、二足歩行になったり四つん這いになったりしながら、部屋中を暴れ回り出した。レイナさんがトパス姫をかばいながら、慌てて避ける。
なかなか勝負がつかない状況を見て、カーリーが追撃の魔法を放った。
「我、カーリーが神の御名において命ず。……狂戦士化!」
「キャイーン!」
更なるバーサーカーの憑依魔法の上書きで、ついに勝負が決したようだ。
僕はしっかり二本の足で立ち上がると、ちょっと白目を剥き、ヨダレを垂らしながら大きくグオウ!と咆哮した。
「キ、キ、キモーッ‼︎」
マイダの肩に乗っている九官鳥のキューちゃんが、主人の代わりに叫んだ。
あの失礼な鳥、そのうちとっ捕まえて地鶏の炭火焼にしてやる。
「解放!」
ディーナが素早く解放呪文を放ち、それが命中した僕/バーサーカーはバッタリ倒れた。
僕は例によって気絶しそうになったが、とある生理的欲求が勝って意識を保った。
僕は上半身を起こすと、急いで言った。
「トイレ行かせてください!」
昨日、粗相はダメよとトパス姫に言われ、スクイードがずっと我慢していたようだ。尿意が半端ない。
レイナさんの案内で、僕はあせってトイレに向かったが、まだうまく二足歩行ができない。結局首輪とリードを付けたまま、四つん這いで何とかたどり着いた。
その後は、城でそのまま少し休ませてもらい、僕がやっと二足歩行できるようになったところで、帰ることになった。
スクイードの霊も、最後はトパス姫にたくさん撫でてもらって、成仏できたのではないだろうか。
やれやれ。
「皆さん、今回も大変お世話になりました。ところで、迷宮探索には、いつ頃出発されるんですか?」
出口まで一緒に歩きながらトパス姫が聞くと、カーリーが答えた。
「もともとは明日の予定だったんですが、レンレンが消耗していますし、そうですね……3日後の早朝くらいでしょうか。みんなそれでいいか?」
聖女たちが頷いた。僕には選択権はないような気がするが、一応いっしょに頷く。
「3日後ですね。わかりました。皆さん是非お気をつけて」
トパス姫が別れ際に言った。
城からの帰り道、みんなで歩いているとディーナが言う。
「レンレン、今回は事故ですが、他の動物を憑依させることは極力避けた方がいいと思います。気づいていたかもしれませんが、レンレンの意識の存在が薄れ、消えかかっていたようでした」
それは僕も感じていた。
「ああ、危ないのはよくわかった。これからは気をつけるよ」
僕が答えると、前を歩いていたマイダが会話に割り込んできた。
「まあ、レンレンが助かったのはワタシのお陰よね。バーサーカーが犬と相性が悪くて、しかも状態異常に強いのをワタシが思い出していなかったら、レンレンなんてこれからずっと、お城のキモいペットだったわよ。感謝しなさい」
まあ、確かにそのとおりだな。僕は「ありがとうございます」とお礼を言った。
「お礼は形で示してほしいものだわ。そうね……、現金というのも気の毒だから、出発の日の朝にワタシの家まで迎えに来てよ」
朝が弱いマイダは、また人を目覚まし&荷物持ちに使うつもりだな。
でも今回は、マイダのお陰で自分の体に戻れたわけだから、迎えに行ってやることにするか。
3日後、僕らが迷宮探索に出発する朝が来た。
犬に憑依された後遺症は、トイレにいくと片足を上げたくなってムズムズすることを除けば、幸い大して残っていない。
僕は少し早めに自分の部屋があるミロス教団本部を出て、マイダの家、つまりミロス教・生命の法則教会にやってきた。
マイダを呼び出すと、やっぱり本人ではなく、マイダの父の秘書、リアさんが出てきて言った。
「すみません、お嬢様は先ほど目覚められたばかりで。申し訳ないですがしばらくお待ちください」
秘書さんも朝から大変だな。
しばらく待っていると、やっと寝癖ぐちゃぐちゃのマイダがヨロヨロと出てきた。相変わらず極端に朝が弱い。
そして当然のように僕に重い荷物を渡す。
仕方なく2人分の荷物を担ぎ、ほぼ眠ったままのマイダの手を引いて城の方へ出発しようとしたところで、マイダが半分だけ目を開いて言い出した。
「……あ、ちょっと待ってレンレン、ワタシ忘れ物をしたわ」
少し集合に遅れ気味だけど、しょうがないな。まったく。
そしてマイダは僕の手を放すと、教会内に戻っていった。
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マイダは黄金の装飾がふんだんに用いられた、豪華で巨大な無人の礼拝堂に入ると、真ん中の通路を歩いて説教壇に向かった。
そして、説教壇の裏手の床にある隠し扉を開けると、朦朧としたまま地下への階段を下る。周囲はほとんど真っ暗だ。
でも、もう何千回も通った道だから、目を瞑っていたって歩けるわ。マイダは思った。
いくつかの部屋の入り口が並ぶ地下の廊下を、マイダはしばらく進んだ。
そして、ひとつだけ隙間から魔法の灯りが漏れ出している部屋の扉を、そっと開く。
こぢんまりとしたその部屋は、地下には似つかわしくない、落ち着いた調度品で飾られていた。
部屋の真ん中にはベッドが置いてあり、マイダとよく似た、小柄で癖のある金髪の女性が、静かに眠っている。
しかしマイダは知っていた。その閉じられた瞼の後ろにある瞳は、アイスブルーの自分のとは違う、暖かい深みのある緑色であることを。
マイダはいつもの通り、ベッドの横に置かれた椅子に腰を下ろすと、眠ったままの女性に優しく話しかけた。
「それじゃあ行ってくるわね、ママ。お薬の方は今朝までに、何とか必要な分はできたから、さっきパパに渡しておいたわ」
そして、眉根を寄せてしばらく考えてから、言葉を続ける。
「今回は、結構危ない旅になると思うの。だから、もしかしたらもう戻って来れないかもしれないけれど、そのときは天国でママに会えるわね」
マイダはそこで軽く頭を振り、その不吉な考えを断ち切った。
「でも、ママが言うように、ワタシはちゃんと自分を大切にする。たとえ一人だけになっても、何とか帰れるように頑張るわ」
マイダはそれだけ言い残すと立ち上がり、母が眠り続ける部屋を出て、暗い通路をレンレンが待つ地上に向かった。
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