第75話 ★王女さまのお祓い隊(中編)
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「ワン!」
小さく鳴き声をあげた僕をみて、マイダが言った。
「ワンちゃん、っていうか犬ね」
「犬みたいだな」
カーリーも同意した。
「犬のようですね。四足歩行してますから、コボルドじゃないでしょうし……。しかし、動物霊の自発的憑依なんて、読んだことも聞いたこともありません。恐らく史上初じゃないでしょうか。さすがレンレン」
ディーナが驚嘆とも憐みともつかない調子で言った。確かにホメられても全然嬉しくない内容だ。
僕の方はというと、あいかわらず慣れない四つん這いでウロウロしていたが、部屋の隅のあたりに来ると、そこで念入りに匂いを嗅ぎ、片足を上げようとした。
え、放尿してマーキングしようとしている? やめてくれ! ズボン履いたままだ!!って脱いでたらもっと色々ヤバいか。
僕はものすごく焦ったが、幸いそこでバランスを崩して倒れた。
「もしかして……、スクイードなの?」
トパス姫が、レイナさんの後ろから顔だけ出して呼びかけた。
その声を聞いた僕は、耳をピンと立てて(当然立たないが)振り向くと、トパス姫を確認した。
そして、存在しない尻尾を、激しく振ろうとする。
「ほんとにスクイードなのね? いらっしゃい」
トパス姫がレイナさんの陰から出てきて言った。
僕はうれし気に、しかしヨタヨタと四つん這いで姫の方に急いだ。興奮して暑いのか、ちょっと舌が出ている。
僕が近づいて来るのを見たレイナさんが、剣を抜こうとするが、トパス姫が制した。
姫の足元までたどりついて、僕は期待の眼差しで姫を見上げた。姫が優しく僕の頭をなでる。
僕はその手をなめようとしたが、さすがにトパス姫も慌てて手をひっこめた。あからさまに僕は落ち込む。
マイダが小さく「キモ」と言っているのが聞こえた。こおらマイダ!
「これは一体?」
カーリーが物問いたげに呟いた。それを聞いた姫が話し始める。
「スクイードは、以前私が飼っていた犬です。ペットというか、幼い時に母を亡くした私に、父が与えてくれた兄弟のようなものでした。ほら、あれです」
姫は壁にかかっている肖像画のひとつを指差した。幼いころのトパス姫と思われる女の子の足元に、大きな白い犬が寝そべっている。
「ペット、ワタシもパパに勧められたな」
マイダが肩に乗るキューちゃんをなでながら言った。そうか、姫も母親がいなかったのか。そこらへんもマイダと話が合うわけだ。
「子犬の頃は、ちょうどあそこで、何度か粗相をしていたので、すぐにわかりました」
僕がさきほど、四つん這いのまま片足を上げようとして転んだあたりを遠い目で眺めながら、トパス姫が続ける。
「もう3年ほど経つでしょうか。そのころから、ミロス教の異端派も含めた王宮内の権力争いが激しくなり、前王、つまり私の伯父になりますが、その派閥が、王位継承者のひとりである私の暗殺を企てたのです」
姫はもう一度、足元の僕の頭をなで始めた。
「深夜のことだったのですが、幸いスクイードが侵入者に気づき、激しく吠えついて足止めしてくれました。おかげで私は命拾いをしましたが、スクイードはその時に剣で切りつけられたケガがもとで、死んでしまったんです」
なるほど、それで剣を持っている人は警戒されて影響を受けやすいのか。
「でもスクイードは、それからもずっと休まず、私を見守っていてくれたんですね。もっと早く気づいてやれば良かった……」
姫は他の人に顔を見られたくないのか、やや俯いて、僕をなで続けながら言った。
「そんなことがあったんですか……。これで原因はわかりましたが、一体どうしたものか」
カーリーがみんなに聞いた。
「人間以外の生物による憑依は、レンレンへの悪影響が大きいと思います。早く解放してあげないと」
ディーナが答える。
「そうだな。よし、姫、ちょっと離れていてください」
カーリーがそう言うと、トパス姫が止めた。
「少しだけ待ってください」
そして、ひざまづいて僕の頬に手をあてると、小さな声で話し始めた。顔が近くてちょっとドキドキする。
「スクイード、ずっと見守っていてくれて、ありがとう。でも、もう大丈夫。これでも私、あれから剣を習って、結構強くなったのよ。カーリーさんにも褒められたわ」
姫は明らかに涙をこらえている顔で言った。でも、日頃から感情をコントロールする努力をしているのか、決して涙は流さない。
「だから、先に天国へ行って、楽しく遊んでいなさい。あなた、子犬の時、城の庭園で蝶を追いかけるのが大好きだったわよね。たぶん天国のお庭には、ちょうちょがいっぱいよ」
そう言うと、トパス姫は僕の額……、スクイードの額にそっとキスをした。
美しいお姫様のキスで、僕は元に戻れるかと期待したが、そんなおとぎ話のような展開にはならないらしい。
そして、トパス姫は表情を消して立ちあがると、王族らしい威厳を感じさせる声で、短く命じた。
「スクイード、ステイ!」
僕はその命令を聞き、姿勢を正して?おすわりをする。
姫は振り向いて、そのままレイナさんの後ろに下がった。
「よし、じゃあ解放の呪文をかけます。一応全員でやってみよう。せーのっ!」
「「「解放!」」」
三人の魔法が直撃し、僕、というかスクイードはびっくりしたのか「キャン」と小さく鳴いた。
やれやれ、ちょっとかわいそうなことをしたが、やっと自分の体を取り戻せる。
僕はおすわりの姿勢から一度バタッと倒れたが、すぐに顔を上げた。
「ゥワンッ!」
僕は怒ったように短く鳴いた。アレ?
僕の鳴き声を聞いたみんなは、ちょっと驚いたようだった。
「……解放呪文が失敗したようですね」
一時の驚きから回復して、ディーナが言った。
「ちょっとまずいな。しかしなぜ?」
カーリーが疑問を口にする。
「犬との相性がピッタリだとか? ほら、レンレンて少し犬っぽいところがあるじゃない。何だかワタシたちに懐いてくるし」
マイダがまたも失礼なことを言っている。こおらマイダ!
「とにかく、次は浄化呪文を試してみよう。行くぞ」
カーリーがみんなに声を掛ける。
「「「……浄化!」」」
だが、こちらの魔法は全く手応えがない。
スクイードは「ステイ」の指示が長すぎて飽きてきたのか、それとも単にカユいだけか、後ろ足(というか足)を上げて耳の後ろを何とか掻こうと努力しているが、当然僕の体にそんな柔軟性はない。
「困ったことになりましたね」
ディーナが言った。
「もう1回、解放呪文をやってみるか。今度は全力で。……でもあの呪文、そもそも必要魔力が少ないから、あまり変わらないかな?」
カーリーが考えながら言った。
「じゃあ連発してみるっていうのはどうかしら?」
マイダが提案をした。
「よし、それで行ってみよう。みんな、準備はいいか?」
聖女たちは息を整えてから、一斉に呪文を連発し始めた。
「解放、解放、解放、解放」
「解放、解放、解放、解放、解放!」
「解放解放解放解放解放、リベレーションっっっ!!」
「キャン、キャン、キャン、キャイーン!」
もともと器用で魔力量も多いマイダは、もの凄い勢いで魔法を連発している。ちょっとペット、というか僕への虐待みたいだ。
でも、さすがにこれだけ撃たれれば、今回は解放されるかな。
そして、魔法の連発が止んだ。聖女たちはみんな肩で息をしている。
僕の方は、こちらも肩で息をしており、口から出ている舌が、少し横に垂れている。
「クゥーン……」
僕は苦しげに鳴いた。アレ?
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