第38話 ☆沙漠の追跡(前編)
そもそも僕らが沙漠に旅立ったのは、ディーナのある疑念が発端だった。
東の森が不安定になり、コボルドを始めとした魔物たちが慌ただしく動きだしたのは、森の北側にある乾燥地帯で何かがおこったためではないか、という仮説だ。
岩沙漠を追い出されたミケネッコやピンクネトルが東の森に流れ込み、追われたコボルドが街の近くまで押し寄せてきたというわけだ。
コボルドの王、トサイッヌ戦で僕が死んだあと(?)、しばらくしてディーナがハンナ上級司祭にその話をしたところ、ハンナさんは少し考えてから言った。
「うん、その可能性はありますね。ちょうど春の砂嵐の季節も終わりましたし、一度簡単な調査をしてみましょう。費用は本部で負担しますので、皆さんで行ってみませんか?」
僕らは同意して、さっそく沙漠用の装備と短期遠征の準備を整えると、数日後に王都を後にした。
まずは東の森に入り、しばらく進む。それから、とある別れ道を左に折れて進路を北にとった。
ちょっとした広めの踏みあと程度の道だが、この街道が北の岩沙漠を抜け、さらにその北にあるブラーフ地方にまで通じているそうだ。ディーナの故郷の方だ。
「ディーナもこの道を通って王都へ来たのかい?」
僕は隣を歩くディーナに聞いた。
「いえ、私はカーワイ川を船で下ってきました。この道は沙漠を通過する必要がありますし、いろいろと厳しいルートなので、利用する人は多くはありません。もっとも今度の戦争で、カーワイ川が戦いの前線になってしまい、今は船も使えませんが」
「ふーん。ブラーフ地方へのルートは他にはないのかい?」
「かなり大きく沙漠を迂回して、西の山岳地帯を突破する方法があります。でも相当時間をロスしますし、そちらも楽なルートではありません。おかげでブラーフ地方はこのところ孤立気味になってまして、両親に手紙を送るだけでひと苦労です」
ディーナが美しく苦笑いしながら言った。うん、苦笑いまで美しいって、いったい何なんだ?
道は森の中のきれいな小川に沿って続いていた。こんなに水や緑が豊かなのに、あと2日も進めば岩沙漠の乾燥地帯が始まるなんて信じられない。
そんな感想をディーナに口にすると、この世界では、例えば水や土の精霊力が強いところは森になり、風と炎の精霊力が強いところは沙漠になると教えてくれた。
距離はあまり関係ないらしい。異世界らしい設定ではある。
前列を歩いていたマイダが割って入ってきた。
「レンレン、アナタやっぱり何も知らないのね。そんなだからいつも精霊たちに揶揄われるんじゃない?」
確かに教会本部の霊安室にいる氷の上位精霊、グレイシアには毎回嫌がらせをされている。
普通は魔力があれば、ディーナのような精霊術師でなくとも多少は精霊の存在を感じ取れるらしい。
カーリーもマイダも微かに見えたりするようだが、僕には全くわからない。
「悪かったな。マイダの方も、はぐれたりしないようにせいぜい気をつけろよ」
僕は方向音痴のマイダに言った。
前回森の中ではぐれた時はキューちゃん、つまりマイダのペットの手乗り九官鳥のおかげで何とか合流できた。
あれ? 今日はキューちゃんがマイダの肩に止まっていない。
「マイダ、そう言えばキューちゃんはどうしたんだ? 腹が減った時に唐揚げにして食べちゃったのか?」
「失礼ね! 今回はパパに預けてきたわ。真っ黒だから日差しで熱くなりそうだし、沙漠に弱そうじゃない」
「そうなのか……。ますますはぐれるなよ」
僕は本気で心配して言った。
その夜は小川の畔でキャンプして、翌日も北上した。小川の水源となっている泉が最後の水場で、そこで冷たい水を補給すると、いよいよ木々がまばらになってくる。
さらに進むと乾いた草原になり、遠くに全く植物が見当たらない、ゴツゴツとした荒地が見えてきた。岩沙漠だ。
岩沙漠の道は過酷だった。昼間は猛暑でとても歩けず、夜になると真っ暗で相当冷え込む。また、魔物にも襲われやすくなる。
結局まともに道を進めるのは朝夕の数時間ずつということだ。あとは岩陰などにテントを張ってやり過ごすしかないが、その際も見張りを怠ることはできない。
そんな厳しいルートを2日ほどで乗り越え、やっと次の水場、オアシスに辿りついた。
だが、あの怪しい砦に行く手を阻まれ、さらには2匹のピンクネトルに襲われたのだった。
「レンレン起きてー」
僕がピンクネトルの毒による、二度目の気絶から正気に戻ると、時刻は夕方だった。沙漠を歩くにはちょうどいい時間帯だ。
カーリーの合図で荷物をまとめ、王都ダニーディンに戻るため歩き出そうとした時、後方からギギギと重々しい音がして、砦の門が開き始めるのが見えた。
僕らは慌てて岩陰に隠れて様子を窺った。門からは三人の盗賊風の男たちが現れ、同じく王都の方に向かって歩き出した。
「来たわね盗賊たち! ワタシのピンクネトルの根っこ、狙ってきたに違いないわ‼︎」
マイダが気合い十分に言った。
「……違うだろ。でもどうする?」
僕がみんなに尋ねると、カーリーが答えた。
「見つからないように追跡してみよう。王都に潜入して何か事件でも起こされたらことだしな。ひょっとしたらあの砦に関する情報が得られるかもしれない」
「そうですね」
ディーナも同意した。
僕らは少し距離を置いて、男達を追尾してみることにした。
すぐに日が暮れた。
盗賊たちは暗くなっても松明を灯し、しばらく道を進んだ。
こちらはディーナが光量をギリギリまで絞った光の精霊を召喚し、みんなの足元に這わせた。これなら松明で目が眩んでいるヤツらには見つからないだろう。
しかし光量調節ができるなんて、LEDみたいで便利だな。僕がそんなどうでもいいことを考えながら、しばらく歩いていると、やがて前方の松明の列が停止した。
どうやら盗賊たちがそこで夜営することに決めたらしい。
僕らも盗賊たちから見えない大きな岩の陰に二つの小型テントを張ると、交代で休息することにした。
グーパーとジャンケンで(こちらの世界にもあった)で組み合わせと順番を決める。カーリーとディーナが先に休憩することになった。
僕とマイダはテントの横の大岩によじ登った。幸い月が昇り、ここからだと両側に、自分たちのテントの周辺と盗賊たちの焚き火の両方が見渡せる。
大岩の平らな頂きに座って見張りを始めると、さっそくマイダがこっくりこっくりと船を漕ぎだした。前にもこんなことがあったな。
「おいおい、またいきなり寝るつもりだろ」
「ごめんなさいレンレン。ワタシ、今日はもうダメ……」
目を瞑ったまま、マイダがめずらしく謝った。
「レンレンはキゼツでたっぷり寝てたけど、何しろワタシ……ひとりでピンクネトル2匹と戦ったし……。支援魔法で、みんなを解毒して……レンレンには2回も解毒させられたし……。やっぱり、今回のMVPは、ワタシだと……」
何とかそこまで言って、マイダは完全に眠りに落ちたようだった。まあ確かにその通りだな。
普段は小煩いマイダも、月光に照らされた、何だかいろいろと抜けてしまった寝顔は意外にかわいい。
その、なんと言うか、極端に無防備なところが。
そんな寝顔を見ていたら、自分もたまらなく眠くなり、僕は慌てて立ち上がった。
沙漠の夜は冷え込むけれど、あったまると眠くなりそうなので、僕は上衣を脱いだ。
ちょっと迷ったが、膝を抱えて眠るマイダの肩に掛けておく。
解毒2回分のお礼だ。
向こうの盗賊たちの焚き火の方からは、酒でも入ったのか、時折大きな笑い声も聞こえてきた。
僕はテントの周囲にも気を配りながら、月明かりに浮かび上がる岩沙漠の遠景を、長いこと見つめていた。
まるで異世界みたいな景色だな。あ、異世界か。
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