第21話 ★心と顔の傷跡
快晴の空のもと、僕のすぐ上にだけ小さな黒雲が湧き、冷たい土砂降りの雨を降らしている。
試しに雨から逃れようとしてみたが、雲は僕にピッタリと追随してきた。
しばらく前の人気アニメ映画に出てきた雪だるまも、溶けないようにこんな雲をつけてもらってたな。あれは雨雲じゃなくて雪雲か。
「あど、ヂーナさん、こで新手のイジメかなんかでずか?」
僕はずぶ濡れでディーナに尋ねた。雨が口に入ってしゃべりにくい。
「わ、わたス、わかりません!」
わたス? 安定のディーナさんも、妙な憑依魔法の発現に動揺しているようだ。
「でもミローク神のなさることです。きっと素晴らしい効果があるはずです!」
正直その辺はあまり信用していないが、苦戦するカーリーを放ってはおけない。
僕はビビりながらも、半ばヤケでミケネッコの方へ突っ込んで行った。
ミケネッコが雨雲とともに駆け寄る僕を一瞥する。ザコと判断したのか、カーリーに注意を戻しかけ、慌てて僕の方を見直した。
きれーいな二度見だ。猫も二度見するんだな。
そのまま僕が近寄り剣を振ろうとすると、ミケネッコは反撃することなく大きく跳びのいた。
カーリーの剣がその間にミケネッコの右肩あたりを捉えるが、傷は浅い。
その後も、僕が接近するたびにミケネッコは避けて、間を取ろうとする。視線を観察すると、僕というより雨雲を嫌がっている様子だ。
そうか! ネコ科だけに水が嫌いなのか? 僕はディーナに声を掛けた。
「ディーナ! 炎の精霊魔法じゃなくて水弾を試してみてくれ」
ディーナは頷くと、水弾の魔法を放った。ミケネッコが素早くかわす。
だが、避けようともしなかったファイアーボールの時と違い、確実にミケネッコは水弾を嫌がっている。
ディーナも手応えを感じたようで、続けざまに水弾を放った。ミケネッコの注意がそちらに向かう。
その隙に、僕は思い切りジャンプしてミケネッコの背中に飛び付いた。ずぶ濡れの体に、ミケネッコの毛皮の乾いた温かさが気持ちいい。
僕は全力で猫を吸った。
「フギャアアァ!」
驚いたせいか一時的に固まっていたミケネッコが「爆発」した。
ものすごい高さまで飛び上がると、そのあとも僕を振り落とそうと、無茶苦茶に跳ね回り、走り回る。もう完全に「猫ロデオ」という感じだ。
それでも雨雲は、僕にピッタリと追随し、土砂降りの雨をミケネッコと僕に注ぎ続けた。
ミケネッコはますます逆上する。不規則な動きに、カーリーも危なくて近寄れない。
僕はマイダの筋力強化魔法のおかげもあって、どうにかしがみついていたが、ディーナの水弾がミケネッコの顔に命中した衝撃で弾き飛ばされた。
幸いなことに、同時にミケネッコもビショ濡れになって退却していった。
「痛っ!」
かなりの高さから振り落とされた僕は、背中から地面に叩きつけられた。
運良く柔らかな草地に落ちたので、大きな怪我は無さそうだが、背中を強打した衝撃で息が止まる。
例によって気絶しそうになったが、仰向けの顔に降り注ぐ豪雨がそれを許さなかった。
「解放!」
それを見たマイダが杖を振るい、解放をかけてくれた。
雨が徐々に弱まり、完全に降り止む。それとともに黒雲も消え、眩しい陽光が僕に注いだ。はー、あったかい。
ミケネッコの最初の奇襲で受けた傷のせいで、頬から血を流したままのカーリーが駆け寄ってきた。
「大丈夫かレンレン? おかげで命びろいしたが……。あんまり無茶するなよ。」
そう言って右手を掲げ、治癒の魔法をかけてくれる。背中の痛みが消え、呼吸が楽になった。
「サンキュー」
僕は立ち上がった。
マイダも近寄ってきた。
「まあレンレンにしては頑張ったわね。褒めてあげるわ。それにカーリー、助けてくれてありがとう。アナタが突き飛ばしてくれなかったら、ワタシ死んでたわ」
「ああ、間に合って良かった。ギリギリだったな」
「カーリー、お前まだ頬から血が出てるぞ。早く治しちゃえよ」
流血が気になっていた僕が言った。
「いや、いい。こんなかすり傷、放っておけば治る」
そうだった。カーリーは『戒めの砦派』の教えで、自分には魔法を使わないんだった。
マイダが憤然と言う。
「何言ってるのカーリー、かすり傷って言うけど結構深そうよ。猫ちゃんの引っ掻き傷も跡が残りやすいっていうし、痛いでしょ? 早く治した方がいいわ」
「いや、いい。大丈夫だ。傷跡は気にしない」
「ダメよカーリー! こんなこと言うとフェミニストが怒るけど、やっぱり女の子は、朝、鏡を見た時に『ワタシかわいいな』って思えることはとても大事だと思うの。だからお願い、治癒魔法をかけて!」
「いや、そういうわけにはいかないんだ」
「堅いこと言わないで。いいから治癒をかけて!」
「いや、ダメだ」
押し問答をしていると、マイダが突然右手をかざした。カーリーの頬のあたりが白い光に包まれる。
「何をする!」
慌ててカーリーがマイダを突き飛ばした。白い光は消えるが、すでに傷はきれいに治っていた。
自分の頬に手を触れ、傷が治っているのを確認したカーリーが、うつ伏せで倒れているマイダに喰ってかかる。
「マイダ! こんなことをして……。お前は私に、来世は地獄に行けと言うのか! 魔力は自分のために使ってはいけないんだ‼︎」
マイダが両手を地面について、のろのろと上半身を起こした。僕らとは反対側を向いて、俯いたままなので表情は窺えない。
「カーリー、あなたのそのケガは、ワタシの油断のせいなのよ」
そのままの姿勢で、マイダが言った。
「これからも私たちは一緒にいて、ワタシはあなたの顔を見る。ワタシはその度に、この綺麗な顔についた傷跡は、ワタシのせいなんだ。ワタシがドジをしたせいなんだって、思わないといけないの? そんなの我慢できないわ!」
カーリーは黙っている。俯いたままのマイダの肩が、小刻みに震えているのが見えた。これはかなーり怒ってますな。
マイダが不意に顔を上げ、こちらを振り返った。違った。ボロ泣きだった。
笑ってるマイダ、怒ってるマイダ、あと得意げなマイダやすごく得意げなマイダはよく見るが、悲しげな顔は初めてかもしれない。
「来世だの地獄だの、ホントかどうかも分からない心配をする前に、もっと今の自分を大切にしてよ! カーリーのバカ! もう知らない‼︎」
マイダはそう叫ぶと、立ち上がって走り出した。
魔物が巣食う森で、ひとりにしてはおけない。
僕は困ってディーナと視線を交わすと、ディーナが頷き、マイダを追って走り出してくれた。
泣いている女の子に、何と声を掛けたらいいのか僕には分からない。ここは素直にディーナに任せよう。
カーリーはその間も、歯を食いしばって黙っていた。
「なあカーリー、マイダの気持ちもわかってやれよ。それにご両親だって、娘の顔に傷がついたら悲しむだろ?」
「……私の両親は、私が治癒の魔法を使ったと知ったなら、元と同じ傷を、自らの手で私につけるだろう。……私のために」
カーリーは言った。
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