【3】王宮へ
パーティは恙なく終わり、ゼブロン殿下はシャーリーを再び呼びつけた。
「さあ、君も一緒に王宮に行くのだろう? 王宮で働く多くの者たちに、君が僕の婚約者として相応しいのかどうか尋ねるのだったな。シャーリーも王家の馬車に乗って行くかい?」
「いいえ、どうぞお気遣いなく」
「そうか。では王宮の広間で待っている」
シャーリーはここへ来るときにフォークナー家の馬車では来なかった。普通なら婚約者であるゼブロンが王室の馬車で迎えにくる。シャーリーは乗合の馬車でやってきたのだった。
シャーリーが王宮へ着くと、執事によって出迎えられる。
「フォークナー公爵令嬢様、こちらでございます」
二日前にも、こうして同じ執事に出迎えられたばかりだった。
いつもにこやかで隙のない執事は、今夜はどこか不安げな顔をしているのが気にかかる。ゼブロン王子殿下が取り巻き達を連れているからだろうか。
「シャーリー、君が言い出したことだからもう後には引けないよ。
アーサーとブライアンは、ランドリーメイドや料理人たちの意見を集めてくる。
チャーリーは庭師や馬丁、ダレルは侍女と従者たちの話を集める。
エディはまだ城内に残っている貴族たちの話を聞く。
僕とフレデリカは僕の兄弟たちの話を聞いてこよう。
各自書いてもらった紙を読まずに布袋にいれてくるように。文字が書けない者で何か言いたいことがある者がいれば、連れてきてもよい。
皆、誰が何を言ったか名前まで記すことは求めないのでそのつもりで。
迂闊にシャーリーの耳にそうした名前が入り、後でもめ事になっては面倒だからな。
シャーリーはここで待っているがいい。すぐに茶を持ってこさせよう」
「お茶はけっこうです」
「飲まないのは君の自由だが、僕を茶も出さない人間だと陥れようとするのは困るな」
ゼブロンの言葉は自分がそういう人間だと言っているようだと思ったが、シャーリーはもちろん何も言わない。
取り巻き達は、シャーリーの悪口を真っ先に聞けるのを愉しみにしているような顔で、王宮内に散っていった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
シャーリーが要らないと言ったポットのお茶が完全に冷めて、お茶請けのお菓子が湿気始めるくらいの時間が過ぎていた。
浮かない顔をした取り巻き達が一人ずつ戻ってくる中、エディと、ゼブロンとフレデリカが戻らない。
働く者たちも集まってきている。
ソファに身体を沈めた取り巻き達に従者がお茶を出し、シャーリーの前にも新たなお茶が置かれた。喉が渇いて張り付いてきたので、要らないと断った茶をひと口飲んだ。
──もうここに来るのも最後ね。
そう思い直して、王宮のお茶をもうひと口飲んだところにゼブロンが戻ってきた。
ゼブロンの後ろから、弟のイエール殿下がやってくるのが見える。
「エディがまだのようだがじきに戻るだろうから始めることにする。まずはアーサーから報告してほしい。シャーリーも皆も、すべての報告が終わるまで口を開かないように」
ランドリーメイドや料理人たちから意見を集めてきたアーサーが、袋から紙を取り出す。
「では読み上げます。
お泊りの女性に朝食をお持ちしたところまだバスローブ姿でいらして、侍女が慌てて部屋を出たということがありました。そしてすべて作り直して持ってきたにも関わらず、冷めていると怒鳴られました。その方が殿下の婚約者ではないと後でこっそり教えてもらい、なんだかほっとしました。
シャーリー様の食べ終わった皿はとても綺麗だ。さすが公爵令嬢様だ。
マナー講習用と言われ、普段はフルスタイルの料理を作ることのない時間帯なので休憩時間を返上して働く者もいた。シャーリー様はお帰りの際にわざわざ厨房までお見えになって、お礼と鴨料理のソースをお褒めくださりお菓子まで差し入れてくださった。
誰とお名前は存じませんが、第一王子が客間にお泊めになった女性が過ごした部屋の掃除に伺った時は、入って驚きました。シーツは垂れ下がり、掛け物は床に落ち、タオルや下着までが散乱しておりました。こぼしたお茶をクッションで拭ったようで、紅茶の染みがなかなか落ちなくてメイド長から叱られました。
シャーリー様はお泊りになったことがないのでわかりかねます。
……以上です……」
「なんなの!? 部屋を片付けなかったのは、ゼブロンがそれを仕事にしている者がいるから、汚してやるのが上に立つ者のふるまいだってそう言ったからよ! それを私が悪いみたいに言うのは失礼じゃないの!
この女に頼まれてそんなこと言ったわけ? 私が王妃になったら全員処刑してやるわ!」
「フレデリカ、落ち着いてくれ。何も言うなと言っただろう?」
「でも!」
フレデリカの声を遮るように、チャーリーが次は自分が読み上げますと言った。
そのため大人しくなったフレデリカに、ゼブロンはほっとした顔を見せた。
「シャーリー様のお妃教育には、いわゆる『王妃の薔薇』の生育も含まれています。歴代王妃様がその手で育てられる貴重な品種の薔薇です。
シャーリー様は王妃様から教わり、花が咲く前の剪定などをなさいました。
薔薇の授業が無い日でもお妃教育でいらした時にシャーリー様は庭に立ち寄られ、水やりも草抜きもご自分でなさいます。
虫がついてしまった時は、我々に交じって作業しやすい恰好でいらして薔薇の茎を燻すのを手伝ってくださいました。
あんなことをできる方が王妃様になれば、この国はさらに良い国になることでしょう。
シャーリー様は馬車から降りられる時に、必ずありがとうと言ってくださる。簡単なことのようだがそう言ってくれる貴族様はなかなかいない。
ゼブロン王子殿下のご友人の令嬢は、殿下の部屋に飾られた花のうち少し萎れているのがあったとバルコニーに花を捨てました。殿下からも叱責され花を切り出したその庭師は減給となりました……。
僕が集めた意見の紙はこれで全部です……」
またフレデリカが何か言いかけたが、その前にゼブロンがフレデリカの目を見て首を横に振った。何も言うな、そう言ったように見える。
侍女を連れてきたのはダレルだ。
今までの読み上げを聞いていたせいか、促されると侍女は早口で話し始める。
「私はシャーリーお嬢様がお妃教育にいらした時にお傍におります。お嬢様は私ども使用人に対して、横柄な態度を取ることはありません。それどころかこちらの失敗を寛大なお心でお許しになります。
わ、私が母を亡くした直後に少しぼんやりしてしまった時は、何かありましたかと母が亡くなった話を聞いてくださり、私の涙を拭うために美しいハンカチをいただきました。新しい物を買って必ずお返ししますと申し上げると、気になさらないでと……。
こんなお優しい方がいらっしゃるでしょうか。
もし、何かシャーリーお嬢様に悪いことが起ころうとしているのなら、私はここをクビになる覚悟でお嬢様のお味方をしたいと思っております。王室で働いていることは私の誇りであり自慢でもありますが、お嬢様のお味方でいたいと、そう思います……」
侍女は途中から涙をこぼしながら話していた。
その場の空気が不穏なものになってきた。ゼブロンは眉間にしわを寄せて怒鳴りたいのをこらえているような顔をしている。
そこへエディが戻ってきた。
声を上げたのは、一緒にやってきたエディの父スコット伯爵だ。
「いったい何の騒ぎなのかと驚いているところです。愚息がフォークナー公爵令嬢について忌憚のない話を聞きたいなどと申しました。
私はフォークナー公爵令嬢の妃教育の講師を務めたことがあります。ご令嬢は大変優秀でその上観察力に優れている。知らないことを知るのが楽しいと言える素直なお心は、殿下の婚約者としてとても相応しいと感じます。
ゼブロン殿下の婚約者としてフォークナー公爵令嬢が相応しいかどうか尋ねたいとのことでしたが、相応しいかどうかと議題にすることすらおこがましいと感じます。
陛下と筆頭公爵家であるフォークナー家の間で交わされた婚約は、この国にとって有益となるでしょう」
「僕も同じ意見だよ、スコット伯爵」
口を開いたのは第二王子のイエール殿下だった。