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【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる  作者: 青波鳩子@「一年だけ延期」電子書籍シーモア様先行発売中!


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【1】婚約破棄は皆の総意





シャーリー・フォークナーはこの国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。王立学園の卒業パーティの会場から廊下を挟んだ控室の一つに。

シャーリーは、ゼブロンからこの日はエスコートできないと予め言われていた。

エスコートができないのに呼び出される理由が穏やかなものであるはずがないと、シャーリーは覚悟をしていた。


シャーリーとゼブロンは、互いが七歳の時に王室とフォークナー公爵家の間で決められた婚約者である。

王族と高位貴族の婚約だけに、そこに愛というものはない。それでもシャーリーにはゼブロンに対して情はあった。

ゼブロンはそのままいけば王位を継ぐことになり、シャーリーは王太子妃になるための教育を十年受けている。それは想像を遥かに超える厳しいものだった。

王となるゼブロンを支えるため、語学から外交に関わること、近隣諸国の世情に至るまで多くのことを学んできた。

シャーリーは公爵家に生まれた者として、それを当たり前のことと受け止めてここまでやってきた。

それがここのところ、シャーリーを取り巻く環境は穏やかではなくなっていた。

ゼブロンの隣に、いつも貼り付けたように女性がいるようになったのだ。


シャーリーから見たゼブロンは『のっぺりした人物』だ。

王立学園でのゼブロンの成績に突出したところはない。

成績が悪いわけではないがトップを争うほどでもない。

高い身分を振りかざし居丈高なふるまいをするわけでもない。

婚約者であるシャーリーに特別な愛情を持っていないことは明確だが、あからさまに冷たくあしらうわけでもない。

シャーリーの誕生日には贈り物を届けるが、誰かに買いにやらせていることがすぐに判る。

その時々で使いに出している者が違うのだろう、シャーリーの好きな物であったこともなければその贈り物に一貫性もなかった。

また、一国の第一王子にしては贈り物の値段が安すぎた。

使いに出たものが預かった金額よりも相当安い物を買っているのだろうが、ゼブロンは中身の確認もしていないことが判る。

もしも中身を見ていたら、さすがにそれを婚約者に贈ることはなかったくらいの安物ばかりだった。

シャーリーはいつも箱を開けて中身を確認すると、ため息をつきながら蓋をしてしまい込み、形だけの手紙をしたためた。

ありがとうとも嬉しいとも書かず、確かに受け取りましたとだけ書いた。

どれも一度も使ったことはない。

子供でもなければ身に着けることができないような代物だからだ。

ただ今回は思うところがあり、卒業パーティにこれまでゼブロンから贈られたアクセサリーを着けていくことにした。

いかにもイミテーションという色合いと素材の赤い石の付いたネックレス。

緑色のガラスの玉が付いたイヤリング。

銀色のチェーンは銀でもプラチナでもないおもちゃのような軽さと色をしている。

髪飾りはダイヤに似せるつもりもない大きな透明のガラス玉が中央にある。

女児がお姫様ごっこをするのなら可愛らしいと言えそうだ。

ドレスもゼブロンから二日前に届けられたものを着た。

丈が少し短く、痩せているシャーリーにはぶかぶかでサイズの合っていない紺色のドレスだ。

夜会用とはいえ胸元も背中も大きく開きすぎている。

これを着こなすにはメロンのような胸と肩周りに乗った脂が無いと無理だろう。

ドレスの色は地味なのに形に品がなくアンバランスで、残り物のドレスという雰囲気が漂っていた。

着付けをしてくれた侍女が泣きそうな顔で、本当にこれでいいのですかと何度も聞いてきた。

靴以外はすべて婚約者のゼブロン王子殿下から贈られたものなので、これを身に着けていくわと、シャーリーはそう答えた。




ゼブロンのエスコートが無いので本来は父であるフォークナー公爵か兄に頼むべきところ、シャーリーはそうしなかった。

父の本意を聞いたことはないが、立場的に第一王子と娘の婚約は喜ばしいものだろう。

王室からの迎えの馬車が来なかったことはすぐには父に伝わらないだろうと思い、シャーリーはエスコート無しで一人会場に入っていった。


すると、大広間の手前で一人の同級生に君はこちらでゼブロン王子殿下に呼ばれていると声を掛けられた。

生徒会に入っていたアーサー・ベイカー伯爵令息だ。

シャーリーがためらうと、乱暴に手首を掴まれ引っ張るようにされた。

公爵令嬢であるシャーリーよりも家の爵位が低いのに周囲の目を憚ることがないこの行為は、この先に何が待っているのかをうっすら物語っている。

広い控室に入るとそこにはゼブロンと生徒会のメンバーが顔を揃えていた。


「やあシャーリー。今日はエスコートできなくて申し訳なかったね。でも一人でやってくるとは驚いたよ。家族にも見放されてしまったのかな」


家族『にも』という言葉から、真っ先に自分が見放したと言ったようなものだが、ゼブロンはそれを気に掛ける様子はない。


「ご用件はなんでしょうか」


「まるで先生に呼ばれた生徒みたいなことを言うんだね。

まあいいや、シャーリー・フォートナー公爵令嬢、君との婚約は今夜をもって破棄する」


「恐れ入りますが、フォートナーではなくフォークナーですわ、ゼブロン王子殿下」


どうせ間違えたふりをするなら名前のほうにすればよかったのにとシャーリーは思う。

筆頭公爵家の家名を間違うというのは、王族にあるまじき失言なのだがそれにゼブロンが気づくことはなさそうだった。

シャーリーを軽んじていることを見せるだけなら名前のほうを間違えればよかった。


「そういうところなんだよ! 可愛げのかけらもない女だな」


「そういうところとはどういうところでしょうか、ブライアン・ヒューズ子爵令息様?」


名前を呼ばれたブライアンは首をすくめる仕草をしただけで何も言わなかった。


「それで婚約破棄については理解できただろうか、シャーリー」


「婚約破棄の理由をお聞かせください」


「理由はここにいる全員が、君は第一王子である僕の婚約者に相応しくないと、そう意見をくれてね。僕はいろいろな人の意見を蔑ろにはしないんだ。

この国の王妃が愛想笑いの一つもできないようでは困る。

君は成績の良さや家の爵位を鼻にかけ、いつも人を馬鹿にした態度でいる。そんなシャーリーが僕の婚約者では、僕はよくても国民が納得しない。

そういう意見をここにいる皆がくれた。

君との婚約を破棄して、新たに今日をもってここにいるフレデリカ・デイビス男爵令嬢と婚約を結びいずれ正妃とする。これもみんなの総意だ」


「フレデリカ・デイビス男爵令嬢を正妃に、ですか?

アーサー・ベイカー伯爵令息様、ブライアン・ヒューズ子爵令息様、チャーリー・パーカー男爵令息様、ダレル・モーガン子爵令息様、エディ・スコット伯爵令息様、そしてフレデリカ・デイビス男爵令嬢様、皆さまの総意ということでよろしいのですね?」


シャーリーが心の中で『生徒会のABCDEプラスF』と心の中で呼んでいたゼブロンの取り巻き達は、名前を呼ばれて少し驚いた顔をする。


「……シャーリー、何が言いたいんだ。みんなの総意だと言っただろう」


「それを受け入れることはできません。すべて殿下のご友人だからです。ご友人の総意と言われましても偏りがあるとしか言えません。

パーティの後、王宮に皆さんで参りましょう。わたくしが殿下の婚約者として相応しくないか、王宮にいらっしゃるあらゆる身分の方々にお尋ねしていただきたく思います。

王宮で働く皆さまは平民から王族の方までいらっしゃいます。いわば小さな国家でございましょう。そこでもわたくしが婚約者として相応しくないとの総意が得られたならば、婚約破棄を受け入れますわ」


「はっ、君は面白いことを言うね。王宮は小さな国家か。まあそれで納得できるなら構わない」


取り巻き達は薄笑いを浮かべたり、やれやれと言ったポーズをしたりしている。

王宮には俺たちの父親もいるのに馬鹿だなぁなどと言う声も聞こえた。

フレデリカ嬢は『なんだか怖いわぁ』と隣に座っている殿下の太ももに手を置いた。

その手にゼブロンは自分の手を重ね、


「王宮で働く者たちはフレデリカを愛らしい可愛らしいと皆口々に言っていたよ、誰もがシャーリーよりフレデリカが僕の隣に相応しいと思っているから安心していい」


そう優しく言った。

フレデリカがゼブロンの太ももに手を置くとは二人の関係性がよく判る下品な行為だが、いつものことだからか二人も取り巻き達もそれに気づくことはないようだ。


「しかしシャーリー、君は馬鹿だな。王宮の皆は殿下の家族みたいなものだろう? 俺たち友人の総意では受け入れられないと言った同じ口で王宮での総意を求めるとはね。

そういう自尊心の塊みたいなところが第一王子の婚約者に相応しくないんだ」


「ダレル・モーガン子爵令息様、あなたと殿下はご友人でしょうが、わたくしはあなたの友人ではありません。シャーリーと呼ぶのは止めていただけませんか。家の名前でお呼びください」


ダレル・モーガンは一瞬ハッとした顔を見せた。

公爵家のシャーリーの名を子爵令息があまつさえ呼び捨てにしたのだ。本来ならばダレルから話しかけることもできない相手だ。


「はいはい、シャーリー・フォークナー公爵令嬢様! これで満足ですかね」


ダレルが面倒臭そうに言い直す。

自分が子爵令息に過ぎず、シャーリーが公爵令嬢だということを思い出しても、ゼブロン王子殿下の身分に寄りかかり悪態をつくことを止めないというのはどういうことなのか、そこまで思うに至らないようだった。


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