第8話『銀雪の少女の息子、勇者の娘』
その後、ルナを連れてお城に戻り、アデリタとルナは説明しました。
ルナ・モチヅキは、フウカ・モチヅキの孫にして伝説の勇者の娘だったのです。
なぜ子どもの姿をしているのか。原因こそわかっていませんが、一定の年齢を超えたあと、若返り続けているのだとルナは言いました。
さらにアデリタは、ルナの孫だったのです。
話を聞いた一同は言葉をなくし、その場は静寂に包まれました。
「にわかには信じがたい話だな」
静寂を破って、口を開いたのはウィルベルトです。
「信じてもらおうだなんて思っておらん」
つーんとすねたようにルナは言い放ちました。
「……で、どうするのだ。アデリタ」
「スカイトラッドに連れていく。……しかあるまいよ。それでいいですねおばあちゃん」
「……ああ。連れて行ってもらえるのなら願ってもない」
空島に連れていくと軽々しく口にしたアデリタにウィルベルトは大きくため息をつきました。
「テン殿を問題なく連れてくるのだって苦労したのだぞ。1人増やすのだってどれだけ大変なことかわかっているのか」
「……むしろ、テンを連れてきているときだからこそ紛れ込ませられるだろうが」
「…………確かに。それはそうだが」
「ウィル、私が一筆とればどうでしょう」
ウィルベルトの横からプリムラが声を掛けました。
「アデリタ様は特にお金も報酬も必要ないとのことでしたら、このことで助力いたしましょう。この程度で済むのなら安いものです」
プリムラはアデリタを向き、その言葉を聞いたアデリタは無言で一礼しました。
「……わかりました。どれだけかかるかわかりませんがやりましょう」
「よろしくお願いします、ウィル。あなたには苦労ばかりかけますね」
「姫様の頼みとあれば、それを叶えるのが我々の仕事です」
ウィルベルトは一礼してその場を後にしました。
「あのルナ……さん。今まで大変だったんですね」
テンはルナに話しかけました。
「まぁな、この身体のせいでまともに生きられやしない。……お前は髪隠していないんだな」
ルナは視線を返すとテンのその白い髪をまじまじと見ました。
「そうですね。ここには知っている方しかいないですから」
「……そうか。運がいいんだな。最悪捕まっただろうに」
「1度捕まったことあるんですけどね……来たばかりの頃」
「……。それは悪いこと言った」
ばつが悪そうな表情をし、謝りました。
「私は苦労したよ。……私の知り合いも」
自らの髪をつまんでその毛先を見つめました。その髪はテンのように手入れされたように透きとおった白ではなく、土埃で汚れてくすんだ色に見えます。
「父さんが死んだあと、みんなで隠れて住んでいた場所を追われて。みんなで逃げ回ったけど、見つかる度に何人か捕まった。みんな離れ離れになったんだ。あの時は不安な日々だったよ」
その眼は涙で潤んでいました。
「でもな、ある時噂を聞いたんだ。銀雪の少女が空の島に逃げたって。そのうわさも時間が経つにつれて与太話ということになったけどな」
「だから、スカイトラッドに行きたいんですね」
「私は信じている。みんなが無事逃げおおせたと」
ルナは頷きました。
「私の方はというと、夫の庇護下で暮らすことで難を逃れた。みんなも一緒に匿ってほしかったけど、その時には誰もいなくなっていた。それから、私にも娘が出来た。……娘は優しく育ってな。幼くなっていく私を養おうとしてくれた。」
「おばあちゃん……」
「あれはそう、アデリタが自分の足であちこちに歩き回れるようになった頃だったよ。私は娘と同じぐらいまで若返っていた。幸せそうな娘夫婦を見て、重荷にはなりたくなかったんだ」
声が震えて、1粒の涙が零れ落ちます。それを見てアデリタはルナに駆け寄りました。自分の母親は重荷になど感じていなかった、と言おうとしましたが、それがわかっているからこそルナは家を出ていったのだと思いいたり、伝えるのをやめました。
「セシリーは元気か?」
「ええ、最近は会えていませんが。この前会ったときは元気にしていましたよ」
「そうか」
ルナはそれを聞いて安心したように笑いました。
アデリタはたまにスカイトラッドから降りては家族に会いにいったりしていたのです。
「ルナさんっ」
「……?」
「絶対会いに行きましょう! スカイトラッドにいる人たちに」
「ああ、ありがとう」
力強くテンが言うと、ルナは頷きました。
「まずは……お風呂に入りましょう」
「は?」
テンは突如として立ち上がり、ルナの手を取りました。
「人に会うのに汚れた身なりじゃダメですよ!」
「……確かにそうだが」
ルナは自分の服を見ました。汚れ、ほつれ、人に会いに行くとは思えないほど小汚い恰好です。
「……テン。しっかり洗って差し上げろ」
「はいっ」
「アデリタ!?」
アデリタの言葉に驚くルナ。
「……じゃあ行きましょう!」
「ちょっ、まっ! あああぁぁぁ……」
テンはルナの手を引っ張って部屋を出ていきました。ルナの声はすぐさま小さくなって、聞こえなくなります。プリムラはあらあらと笑った後、召使たちに風呂の準備と手伝いを命じました。
「ルナ様は、テンにまかせて大人は大人の仕事をしましょうか。
「そうですね」
プリムラと会でリラは笑みを浮かべて頷き、テンとルナを空の島へ連れていくべく話し合いから始めました。
それから十数日経ち、最初はずっとテンたちと付き添っていたプリムラも自分の仕事につくようになりました。プリムラが共に行動しなくなった後も、テンとルナは一緒に行動し場内で暮らしました。
アデリタはウィルベルトが不在の穴を埋めるべく、プリムラの仕事の手伝いをしていました。暇な時間があれば薬師の仕事も行い、ウィルベルトが戻ると書類や手続きの確認。いつ休んでいるのかと囁かれるほど動き回っていました。
そうして昨日、ウィルベルトから申請が通った旨の報告があり、本日首都に向けて出発することになったのです。
「プリムラ、短い間だったけどありがとう」
テンの言葉にプリムラは首を左右に振ります。
「それはこちらのセリフです。あなたがいなければ私はこうしてここにいられなかった。……ありがとう、テン」
「うん、また会おうね」
「はい、また会いましょう。お元気で」
プリムラはアデリタの方へと向き直りました。
「アデリタ様も滞在中ありがとうございました」
「……大したことはしていません。ただウィルに私並みの仕事は期待してはいけませんよ?」
「どういう意味だアデリタ」
「そのまんまの意味だよ、ウィル」
アデリタとウィルのやりとりにプリムラはふふと微笑みました。
「ええ、承知しました。ウィル、これからもよろしくお願いします」
「……。まあいいでしょう。姫、こちらこそよろしくお願いします」
そうして、プリムラはじめ、お世話になったお城の人たちに別れを告げ、テンたちはエルドラノールを発ちました。
空船の発着場まで着きました。道中テンと同様にルナもフードにより髪を隠し、注意して行動しました。
不安をよそに何事もなく、ここまで到着しました。
「ウィルベルトさんありがとうございました。ギーゼルヘールさんとダラさんも」
「姫も言っておられたが、礼を言うのはこちらだ。君で良かったと心から思う」
ウィルベルトの言葉にギーゼルヘールとダラも頷いていました。
「ありがとう」
ウィルベルトと他2人は敬礼をしました。
「ウィル、私には礼をしてくれないのか?」
「……アデリタ。それは何度目だ? 道中さんざん言わせたくせに」
あきれたようにウィルベルトは言いました。そして、テンへ向き直ります。
「……今度は遊びに来るといい。簡単な話ではないが」
「はい」
「ウィル、お前は病気になってくれるなよ」
「むろんだ。アデリタこそ元気でな」
出港後、船の端でテンは大きく手を振りました。ウィルベルトたちも手を振り返してくれます。それを見ながらルナは言いました。
「……島に着くまでどのくらいだ」
「えー……と、来るときは2日ぐらいでしたね」
「……」
ルナは内側を向いて座りました。
「ちょっと暇つぶしに昔話をしてやるよ」
「昔話ですか」
「ああ、勇者と勇者の娘の話だ。……尊敬するお父さんと私の話」
***
勇者セシリオは、銀雪の少女と名もなき村の青年との間に産まれた子どもでした。
その子どもは一見普通のこと変わりありません。ですが、病気に罹ることはなかったと言います。
セシリオが普通の子ではないと気づいたのは、とある日のことでした。
村の子どもが外に飛び出してしまい、戻らないと騒ぎになった日。彼は1人で探しに出ました。村の外には大人が数人がかりでも倒すのが難しいと言われる魔物が潜んでおり、迷子の子どもが生きて戻ってくることは期待されていませんでした。
しかし、セシリオは平気な顔をして、子どもを連れて戻ってきたのです。
彼は、魔物も倒してきたとも話していました。村の人々はその言葉を信じられませんでした。
それから何度もセシリオが外に出かけるようになり、魔物を倒す様を目撃するものが増えていきました。村の人々からは英雄のように祭り上げられ、村は見る見るうちに広がっていきました。
魔物との対峙が彼にとっての分岐点だったのかもしれません。
その村は大きく発展を遂げて、のちにフランタミアという国が出来上がります。
セシリオが『勇者』と呼ばれるようになったのと時を同じくして、セシリオは魔物の手から人々を守ることこそが自分の使命、生きる道と考えるようになっていました。
そして、セシリオはまだ見ぬ人々を救うための旅にでました。
各地を回り、セシリオが救っていった土地が今のフランタミアの国土となっています。
いつしかセシリオにも愛する人が出来、子どもを授かりました。
それがルナ。ルナ・モチヅキでした。
セシリオの育った村では姓は存在せず、みな名前のみでしたが、彼は母の姓を子どもにも捧げました。
勇者セシリオはルナが産まれた後も魔物討伐は止めませんでした。それが自分の生きる理由だったから。その使命感からだったのか、あるいは母親と同じ存在だったからか。彼は各地で発見した『銀雪の少女』を助けては保護していました。
セシリオは少女たちを守りながら、魔物を討伐し、人々に明るい未来を届けようと日々過ごしていました。
しかし、フランタミアの民には彼を疎んでいる者もいました。1番の理由は銀雪の少女のことでした。勇者セシリオは彼女らを独占し、貪りつくしていると。
それから歴史に歪められて名を遺すことになった出来事が起こります。
勇者亡き後、権力者たちはこぞって銀雪の少女の捕獲に動き出しました。
彼女らには万病を治す蜜が体内に秘められている、というのは村の頃からの言い伝えで残っていました。彼らはそれを欲しました。
時に彼らは戦を起こして、奪い合いすらしました。
フランタミアの権力者にとって、彼女らは人ではなく物として扱った方が都合よく、奴隷に身をやつすこととなりました。
しかし、銀雪の少女のすべてが捕らえられたわけではありません。少女たちは世界の各地に散って逃げ回りました。
ルナはというと、その時既に結婚をしており夫の庇護下におかれていました。
銀雪の少女たちにとってルナは妹または娘のような存在で、いわば守りたい存在でもあったのです。ルナは彼女らに置いていかれ、夫とともに暮らすことになりました。
子どもが産まれ、そこからルナの年齢退行が始まりました。ゆったりとした速度で若返りを続ける身体。最初は特に気にしていなかったものの、子どもが大きくなるにつれて幼くなっているのがはっきりとしていきました。
娘が成人し、レーンクヴィト家に嫁いだ後も、夫が亡くなった後も若返りが止まることはありませんでした。
娘の提案でレーンクヴィト家のもとで暮らしていましたが、いつのときだったか娘の夫に娘と自分を間違われ、間違いが噂されても敵わない。ルナは家を出ることにしたのです。
それからがルナにとって1番つらい時期となります。
髪の色から銀雪の少女と間違われて誘拐に遭ったり、その先で殺されないようにこびへつらったり、さらに幼くなって日銭すら稼ぐことが難しくなったり。
ルナをよりつらくしたのは、彼女の身体には銀雪の少女の蜜を出す力はなかったことでしょうか。蜜を出せる価値を持たず、銀雪の少女ほど大切には扱われませんでした。
彼女は知りえぬことでしたが、勇者の子どもみな同じだったようです。
そんな日々を過ごして、ボロボロになりながらも生きながらえて、たまたま耳に入った空島の話。そこには銀狼様と呼ばれる狼が住んでいて、神として崇められているのだとか。
ルナは空島へと行く手段を探しました。何年もかけて。
しかし、それを見つけても船に乗ることは叶いませんでした。
そこに現れたテンという存在。それは小さくなり行くこの身体で最後の希望でもありました。
***
語り終えるころには空の島の底が見えていました。
「……」
ふと長話してしまったなと、テンと見ると寝息を立てています。
「テン」
「はっ。あ、すみません。眠っちゃって」
「……つい長話をしてしまったな。身体は若返っても年ってことかな」
「?」
呟くように言ったルナに、テンは首をかしげます。
すると船の中から飛び出してきた男性がいました。貿易商人の男性です。慌ててテンたちのもとに走ってきました。
「ああっ! テンちゃん! ちょっと、ちょっと来てっ」
「おじさん?……うわっ」
男性はテンの手を掴んで、船の中へと連れていきました。ルナもその後を追います。
船の一室に入ると、そこでアデリタが息苦しそうに寝ていました。
「もうすぐ着くからと思ってきてみたらこの様子でさ。気づくのが遅れてすまない」
「いえ、おじさんも忙しいでしょうし……」
「そう言ってくれるとありがたいよ。君たちだけじゃアデリタさん家まで運べないよね。おじさんがおぶっていこう。その後は任せられるかな」
「大丈夫です!……たぶん」
元気よく返事するもこれまでアデリタが不在になることはなかったため不安になるテン。
「……疲れが出たんだろう」
「頑張っていましたからね……」
「じゃあ、おじさん1度船着ける準備してくるから、ここお願いね。何かあれば私でもいいし、だれか呼んでね」
「はい」
貿易商人の男性は部屋からいそいそと部屋から出ていきました。
こうして、空島へ到着しました。




