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銀狼の薬蜜  作者: 飴城甘*
第3章 来訪者は何を望む
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第5話『下の大地からの来訪者』

 今日は数日間に1度だけ貿易商人が空船に乗ってやってくる日。スカイトラッドのはるか下に広がる大地から商人を数名引き連れてきます。商品は食べ物や衣類、本等空の島にはないものがほとんどです。

 島の人たちにとって唯一の下の大地との接点であり、この島にはないものを仕入れられる機会になっています。

 特に刺激を求める若者には、数少ない楽しみの1つとなっており、下の大地の話を聞きにやってくるというだけの者もいます。


 テンとケーテは朝早くから市場が開かれる広場へとやってきていました。

 今日は珍しく帽子をかぶって耳を、着込んで尻尾が露出しないように隠して出歩いています。というのも、テンが銀雪の少女であることは下の大地の人間には知られてはいけない、とアデリタに口酸っぱく忠告されていたからです。


 2人は特に目当ての品があるというわけではありませんが、本好きのケーテのために毎度本屋には立ち寄っています。


「おはようございます! おじさん」

「やぁ、テンちゃん」


 テンは船から降りてきた1人の男性に声を掛けました。この男性は貿易船を取り仕切る商人でした。船の上では、筋肉粒々の男たちが大きな荷物を運んでいるのが見えます。


「今日もお友達と見て回るのかい?」

「はいっ! 今日は面白いものはありますか?」

「ははっ、面白いものか。そうだねぇ……」


 男性は考えるようなそぶりをしたあと、すぐ何かを思い出したかのように表情を変えました。


「……面白いかどうかはさておき、今日はねちょっとお客様を乗せてきているんだ」


 声を潜めて、テンとケーテだけに聞こえるように言いました。


「なんでもアデリタ様にご用事があるのだとか」

「アデリタさんに?」


 テンが首をかしげると、男性は頷きました。


「詳しいことは私からは言えないのだが、相当切羽詰まっているようだったよ」

「ほぇ~……そうなんですか」

「でも、普通の人はこの島には来られないですよね?」


 ケーテの質問に男性は顎をかきながら答えました。


「そうだね、この島は下の大地では秘匿されていてね。知っても来ることは叶わない。複雑な手続きの後に厳しい審査を受けて、ようやく許可が下りるんだ。今回来た人は、王国の騎士団の副団長さんでね。まあ、危険人物とかではないから安心して」

「そうなんですね」


 そんな話をしていると、船の奥の方から3人の男たちがやってきました。細い男性とガタイのいい男性を両脇にして真ん中の男が先頭を歩いていました。

 彼らは兜をしていなかったものの鎧で全身を包んでおりました。鎧の内側からは灰色を基調とした服が見え隠れしています。


「ヤコフ殿、道案内はだれに頼めばよい」

「ああ、これは失礼しました。露店の準備が整い次第、私がご案内差し上げます。お待たせして申し訳ない」

「副団長を待たせるのですか?」


 左後ろの眼鏡をかけた男が責めるように言葉を挟みました。すぐさま、真ん中にいた男が手で制しました。


「ギーゼルヘール。我々は無理を言って乗せてもらったにすぎん。わがままは言えない」

「はっ」


 眼鏡の男、ギーゼルヘールは頭を下げて一歩引きました。


「すまないヤコフ殿。慣れない船旅で疲れているようだ。私達はそうだな……広場の長椅子で休みつつ待たせてもらうとしよう。そちらの事情を優先していただいてもかまわない」

「かしこまりました。なるべくお待たせしないよう急ぎますので……ご容赦を」

「……急がなくてもよい」

「心遣いありがとうございます、ウィルベルト様」

 ヤコフは一礼して、テンたちに「仕事に戻るね、楽しんでいってね」と言い残してその場を後にしました。

 騎士の3人はテンたちの横を通り過ぎようとして、歩みを止めました。


「この島の子たちか。何日か滞在させていただく。ウィルベルトだ。よろしく頼む」

「テンといいますっ! よろしくお願いしますっっ」

「……ケーテです」


 テンは元気よく挨拶し、ケーテはテンの後ろに隠れるように挨拶しました。ウィルベルトと名乗ったこの男性は後ろに並び立つ2人にも挨拶するように促しました。

 眼鏡をかけ細身の男性はギーゼルヘール・ブラクデン。もう1人の船の上で荷物運びしている男たちにも負けないほどガタイが良い男性はダラと名乗りました。


「おじさん忙しそうだし、なんだったら私が案内しますよ?」


 横にいたケーテは言うと思ったと言わんばかりにテンを見つめました。


「感謝する。しかし、君たちはお店を見に来たのであろう。我々は少し待つだけで済むが、君たちはこの機を逃せば数日後。問題ない、楽しんでくるといい」

「わかりました。でも、何かあったらお手伝いしますから!」

「……ありがとう」


 ウィルベルトはテンのやさしさに微笑み、広場へと去っていきました。


「テンちゃん……」

「え? あ、ごめん。ケーテ巻き込むところだったね……あはは」

「いや、いいよ。テンちゃんならそう言うと思っていたし」

「ごめんなさい……」


 しょんぼりするテンの頬を持ち上げて、ケーテは微笑みを向けました。


「いいから。お店回ろ?」

「うん」

 

 テンも笑顔になり、準備が終わりつつある露店へと足を向けました。



 今日出ているお店は服屋に本屋、食べ物関連のお店は少ないようでした。他には芸術品などが出品されていました。

 2人は芸術品の物珍しさに目を奪われ、他の島民たちも同様に集まっています。

 その後は、いつものように服を見て、本を見て回りました。


 服は下の大地からでしか手に入らないものばかりで、若者には欠かせません。ケーテの身体にあう服はなかなか見つからないため、たまに服やの店主にオーダーメイドで作ってもらっています。普段はテンに合わせて服を見て回ります。


 本屋では、数は少ないものの様々なものが揃っています。本はこの日からでしか手に入らず、さらにはこの世界の本は高価なもので簡単に買えるものではありません。

 この島で本を読むのはケーテと図書館の管理者ぐらいで、ここ買った本は図書館に寄贈しています。また定期的に図書館の管理者からお金を渡され、図書館のために買う本をケーテにゆだねられています。

 ケーテが本を購入するようになってから図書館の蔵書量は増え、この島の識字率の上昇の一役を担っています。


 ケーテが今日選んだのは絵本でした。内容は下の大地に伝わる勇者の伝説のお話。

 治癒の蜜を持った女性から生まれた男児が特別な力を授かり、人々を救うために魔物と戦ったとされる物語です。

 『治癒の蜜を持った女性』には獣の耳と尻尾が描かれており、銀雪の少女であることは一目瞭然でした。それが購入の決め手となりました。


 本を購入後、2人はカフェに立ち寄ることにしました。

 ふと、広場の長椅子に視線を向けると、ウィルベルト達はすでに移動した後でその姿はありませんでした。



 それから時間が経って、日も落ちはじめています。テンとケーテはその日ずっとカフェで過ごしました。

 帰路についたテンは、その途中で何やら話し合っている3人を見つけました。

 それはウィルベルト達だったので、近寄りました。


「ウィルベルトさん、どうしたんですか?」

「……ああ君か。いや交渉決裂して追い出されてしまってな。引き下がるわけにもいかないからまた明日出直そうと話し合っていたところなんだ」

「そうなんですね。……アデリタさんに用事だったんですよね?」

「アデリタを知っているのか?」

「はい、一緒に住んでいます」


 テンが頷くと、ギーゼルヘールがウィルベルトに耳打ちをしました。しかし、ウィルベルトは首を横に振りました。


「彼女がそれだけで気が変わるとも思えない」

「しかし、我々は藁にも縋る必要があるのではないでしょうか」

「…………」


 黙り込んだウィルベルトにテンは言葉を掛けました。


「あの~……私、アデリタさんにお願いしてみますっ」

「頼めるか、嬢ちゃん」


 答えたのはダラでした。


「はいっ!」

「そうかぁ! 嬢ちゃんいいやつだなぁ! あっはっは!」


 豪快に笑うダラ。そのやり方にウィルベルトはため息をつきました。


「……断られたら、今日は引くからなお前ら」

「わかっていますよ、副団長」




 ダラは笑いつつ、ウィルベルトの背中をたたきました。

 扉を開けると、アデリタが不機嫌なのを隠そうともせずに座っていました。


「ただいま帰りました……」


 悪いことをしたわけでもないのにテンは声を小さくしてしまいます。

 後ろから着いてくる3人。ウィルベルト達が家に足を踏み入れると、アデリタは睨みつけました。


「昼間断ったはずだが?」

「……」

「何人もの医者が匙を投げたのであれば、私にできることはない。諦めろ」

「…………」


 アデリタの言葉にウィルベルトは黙ったまま視線を向けて動きを見せませんでした。その状況にしびれを切らしたのは後ろに構えていた2人でした。


「あんたなら何かヒントになるようなことは知っているんじゃないのか?」

「ここに銀雪の少女がいるという情報を聞いている。治せないわけはないだろう!」

「……うるせえ!」


 アデリタはドンッと強く机を叩きました。顔は歪められ、息遣いも荒くして立ち上がりました。


「いたからと言って何だというんだ。それがお前らの礼儀ってやつなのか?」


 怒気のこもったその声に様子にテンはおびえていました。アデリタはその様子を見て、テンに普段のように優しく笑みを向けました。


「すまん、テン」

「……いえ」


 ウィルベルトの閉ざされていた口がようやく開かれました。


「お前たち……冷静でいられないのなら先に宿屋に行け」

「……」

「行け」


 不服そうにしているギーゼルヘールの肩にダラは手を置いて、首を振りました。ダラと視線を交わし、諦めたように頷きました。

 2人は一礼して出ていきました。


「……部下の非礼は詫びよう。もっと言いつけておくべきだった」

「……」


 ウィルベルトが頭を下げるも、アデリタは目を合わせようとせず、そっぽ向いています。


「…………無理を言っているのは承知の上だ、アデリタ。頼む。私にはあなたの望むものは用意することはできない。だが、諦めるわけにはいかないのだ」


 ウィルベルトの頭が深く深く下がっていきます。


「……ウィル」


 その声色は先程までの荒いものではなく、穏やかに優しいものでした。

 アデリタはウィルベルトに近寄り、肩に手を乗せました。


「私も言い過ぎた。ウィル顔を上げてくれ」

「すまない」


 ウィルベルトが顔を上げると、困ったように笑うアデリタと、不安そうに見守るしかないテンが視界に入りました。


「私がああいう頼まれ方をするのが嫌いなのを知っているだろう」

「……言ってはいたのだがな。焦っているのだ、あいつらは」

「……ふん」


 アデリタの指示のもと、ウィルベルトはテーブルを挟んで向かい合って座ります。


「……頼りなかったお前が副団長か」

「実態はお飾り副団長だがな」


 自嘲気味にウィルベルトは笑いました。2人が座って話始めると、テンはお茶を用意して差し出しました。


「テン。お前も座って聞け。ほら」

「あっ、はい」


 そんなこと言われると思っておらず、ちょっと驚いてしまうテン。アデリタは横にいる椅子を率いて、そこにテンが座りました。


「紹介しよう、この子はテンだ」

「ああ、朝会って知っている。今回の2度目の訪問も彼女の提案だ」

「そうなのか?」


 テンの方を見ると、頷きました。


「なんだ、お節介だったか。……ウィル、今日の目的をテンにも話してやってくれ」


 ウィルベルトは順に話し始めました。

 自分の仕えている姫が病気にかかってしまい、様々な医者に容体を診てもらったものの原因は判明したものの治療法が解明されていないもので、医者には養生しても人より長く生きられないと宣告されてしまったそうです。

 彼らは諦められず、世界中の書物を読み漁ったものの一切の治療方法が見つかりませんでした。そこで発見された銀雪の少女がオークションに出され、高額で落札されたという情報を得、そこから落札者の情報を追っていくと空島に住んでいることが判明しました。

 その人物がアデリタだと知ると、空島へと行く手続きを行ったということでした。


「そういうわけだ、テン」

「お姫様助けるためにここに来たんですね」

「そうだ」


 事情を語るウィルベルトはとても辛そうな表情をしていました。その表情から彼にとって姫がどれだけ大切な存在語るには十分なほどでした。


「アデリタさん、なんでダメなんですか、助けてあげましょうよ!」


 アデリタは俯いて目を閉じました。


「……客観的に見て治せる確証がないのと」


 口をとがらせて、呟くように「個人的な感情」と続けました。

 テンはその回答に開いた口がふさがりません。


「テン殿、悪く思わないでくれ。我々が悪いのだ。それだけの仕打ちを彼女は受けだ」

「……」

「昼間はちゃんとした理由の方は聞けずじまいだったな。詳しく頼む」

「眼鏡の坊やが突っかかってこなけりゃ冷静に答えていたさ」


 ため息を一つ。


「お前らが求めていたのは、銀狼の薬蜜だろう」


 その言葉にテンが反応しましたが、テンが言う前に手で制して止めました。


「ああ、ここに銀雪の少女がいるのだろう?」

「いる。しかし、その蜜は外に出していいものではない」

「1つに医者の役割を奪い、治癒魔術の価値を下げてしまうから、だな」


 アデリタは頷きで返します。


「それだけ万能な力をもっている。それにそんなものを手にしてしまえば騎士団連中が黙っちゃいないだろう」

「…………」


 下の大地では魔物との戦いが続いており、万病もどんな傷も治せる薬があるのなら喉から手が出るほど欲しい代物です。


「あの連中が動き出したら最悪侵略すらあり得る。そういう連中だろう?」


 ウィルベルトには否定できませんでした。過去、騎士団は薬師の事情を顧みずにひたすらにいい薬を要求してきたことがあったからです。


「それ以外にも理由はある。蜜だけを持って行ったとしても着いた頃には劣化しているだろう。それに蜜の取り扱いを知っている人間など私ぐらいのものだろう」


それほどまでに蜜は希少なものなのです


「じゃあ、私たちがいけばいいじゃないですか」


 しびれを切らしてテンが声を上げました。


「……百歩、いや、千歩譲って私が行くとしよう。だが、お前はダメだテン。理由は分かるな」


 テンには心当たりがありました。だから口を閉じて俯きます。


「テン殿が銀雪の少女だったのだな」

「……ん? そっちはまだ言ってなかったか」


 キョトンとするアデリタ。テンに指示してテンに帽子を取らせました。露になる白い髪、そして、頭部にある獣の耳。ウィルベルトはその耳を見て驚きの表情を浮かべていました。


「……そうか。そうだったのだな」

「尻尾もありますよっ」


 テンはその場で性質、くるっと回って尻尾を見せつけました。ウィルベルトはその様子に微笑みました。


「ウィル、お前も聞いたことはあるだろう。彼女らがどういう扱いを受けるのかを」

「ああ、主にあなたにな」


 ウィルベルトは騎士団に入団したばかりの頃、アデリタから何度も聞かされていました。


「…………分かっていた。分かっていたはずなんだ。私は都合の良いところばかり見ていたのかもしれない」


 弱々しく言葉を吐き出しました。その表情は俯いていて若干隠れているが、泣きそうにも見えました。


「……私も意地悪だけで言っているんじゃないんだ」

「ああ」


 今にも消えてしまいそうな声で返事をするウィルベルト。彼が立ち上がろうとしたとき、テンの一声が聞こえました。


「諦めるんですか。これで帰っちゃうんですか」

「……きっと姫様は救えないだろう。救えたとしても誰かの……君のような少女を犠牲にして得たものなど姫様も喜ばないだろう。ありがとう、テン殿。諦めたわけじゃない、他の方法を――」

「何年も探して見つからなかったんですよね。私の蜜が最後の砦だったんじゃないですか」


 テンの感情が高ぶっていて、その眼には涙が溜まっていました。


「テン殿」

「世界中を駆け回るなんて何か月何年もかかって……。それでお医者さん探して、本だって数少ないって聞いたことあります。それに……この島に来るのだって難しいことだっておじさん言っていました。それなのに……そこまでしたのに……」


 嗚咽をあげながらしゃべり続けました。涙が溢れ出して、顔もクシャクシャにしてそれでもテンは伝えようとしていました。


「諦めちゃ……あき、あああぁあ」


 とうとう泣き出してしまいました。話しながらウィルベルトがどんなに苦労して、移動中どんな心持ちでいたのかそんな想像をするとテンは辛くなってしまいました。

 泣きじゃくるテンをアデリタは撫でで慰めました。


「よしよし泣くな泣くな」

「…………」


 ウィルベルトは立ち上がりました。その表情は今までの悩みが解決したかのような晴れやかさと覚悟を決めた真剣さが入り混じっていました。


「……そうだ、諦められるわけがないんだ。君の言うとおりだ」


 テンは涙でベトベトになった顔でウィルベルトを見上げました。


「ありあとう、テン殿。私はまだ諦めない。また来よう」

「そうですよ……諦めちゃダメなんです」


 ウィルベルトは頷きました。


「へっ、何度来ても断ってやる」

「アデリタさんっ!」


 意地悪な言い方をするアデリタを見てウィルベルトは笑いました。


「元団長のあの人も諦めずに頼み込んでいたな」

「……そのせいでひどい目に遭った」


 2人とも懐かしむように笑いあいました。


「また明日来るよ、アデリタ」


 言い残してウィルベルトは外に出ていきました。

 


 翌朝、ウィルベルトたちは3人そろってやってきました。

 それはちょうどテンが本を読み進めるべく、ケーテの元に出かける瞬間のことでした。扉を開けると3人が扉の前に立っていたのです。

 挨拶をして中へ案内するとアデリタと鉢合わせ「剣と鎧は置いていけ」と言って身ぐるみを剝ぎ取りました。ウィルベルトが抵抗しなかったことで他2人もすぐ抵抗をやめました。

 そして追い出されるようにして扉の外へと押し出されました。


「なっ……! あの女……」


 地面に膝と手をついて、扉を睨むギーゼルヘール。今にも怒りに叫びそうになっていたところ、ダラに猫のように持ち上げられて、姿勢を正しました。


「ギーゼルよ、今は剣も鎧も必要あるまい。なあ副団長」

「ああ、アデリタなら粗雑に扱うということもないだろう」


 ウィルベルトが言うと、家の中からカランカランと鉄がぶつかり合うような音が聞こえました。思わず扉の向こうへと視線を向ける3人。


「……本当に大丈夫なのですか、副団長」

「う、うむ。いつものいたずらだ。あの人はこういうことをよくする」

「ならいいのですが……。」


 ギーゼルヘールは眼鏡をクイッと上げました。


「さて、どうする副団長。このまま諦めるわけでもあるまい?」


 ウィルベルトは頷きます。


「と言っても今日は口も聞いてもらえんだろう」

「なら俺は町の様子でも見て回りますかな! 駆け引きというのは苦手だからな! ダハハハ!」


 ダラは豪快に笑いながら商店街の方へドシドシと歩いていきました。遠くなってもその笑い声は響き渡りました。


「許可を出す前からあの人は……」

「仕方あるまい。ギーゼルヘールお前はどうする?」

「そうですね……。私は図書館が気になります。あちらの方へ行ってきてもよろしいでしょうか」

「わかった。全員別行動としよう」


 ウィルベルトの言葉にギーゼルヘールは頷き、一礼して図書館の方へと向かっていきました。それを見送っていると、近くから声がかかりました。


「……あの」


 視線を声のする下の方に向けると、そこにいたのはテンでした。外に出てきてから話しかけるタイミングが掴めずにずっと様子を窺っていたようです。


「テン殿か。……何か私に用があったか?」


 首をブンブンと振ります。


「いえっ、そういうわけではないんですが、どこにも行く予定がなかったらご一緒にどうですか?」

「一緒に?」

「はい、これを勉強するためですっ」


 テンはウィルベルトに本を見せました。その本に書かれている題名を見てウィルベルトは考えました。アデリタは今から粘っても出てこないだろう。それならばテン殿と共に行動するのも悪くはないか、と。

 ウィルベルトはテンが銀雪の少女ということもそうですが、彼女の性格に興味を惹かれていました。


「そうだな、迷惑でなければ頼む」

「はいっ! よろしくお願いします!」


 今日はテンと共に過ごすことにしたようです。



 ケーテのもとに行く道中2人で歩いていました。


「銀狼の薬蜜か。テン殿は文字が読めるのか?」

「……少しだけ。なので、ケーテに読んでもらいに行くんです」


 恥ずかしそうに笑って答えました。


「ウィルベルトさんは読めるんですか?」


 ウィルベルトは微笑んで頷きます。


「教養がなければ副団長は務まらない。……もっとも私は無理やり叩き込まれたようなものだったがな」

「無理やり……ですか?」

「ああ、私が騎士になったばかりの頃にいた団長にな。アデリタもその時から知っている」


 テンは驚きました。


「昔のアデリタさんを知っているんですかっ!?」


 その驚き様にウィルベルトは思わず笑いました。


「そうだな、知っている。知りたいか?」

「はい!」


 テンは尻尾を勢いよく振っています。


「彼女は真面目な……振りをしていた」

「振り、ですか」

「そう、振りだ。あの人は薬師の中で天才と呼ばれていた。だから、人との摩擦を避けるべく目立たないように生きていたんだ」


 アデリタのことを話すウィルベルトはいつもよりも楽しそうに見えました。

 テンは首をかしげて問いました。


「どうして振りってわかったんですか?」

「彼女がその時の団長に振り回されていてな、一緒にいた私も彼女の素の表情を見ることになった。普段大人っぽい人だったが、団長の前では幼く見えたよ」


 テンは興味津々に聞いていました。尻尾の動きが止まらないことになんだか可笑しくて笑みがこぼれてしまいました。


「……テン殿が知っている彼女がと同じだろう。今も人に悪戯するのが好きだろう?」

「そうですね……そうなんですよっ! いつもいつも何かある度に意地悪なことをして! この本だって!」


 テンは手に持っていた本を差し出しました。


「その本が?」

「そーなんですよ。私が簡単な文字しか読めないのわかっていて自分で何とかしろって放り投げて……。あ、だからケーテに頼っているんですけど。ケーテってのは私の友達で」

「……そうか、変わらないなあの人は」

 

 柔らかい笑みをテンに向けました。


「あの時も団長から雑な指示を受けていた。あの時ほど彼女の困っていた姿はなかった……。その後は私も巻き込まれたわけだが、それもまた今ではいい思い出だ」


 ウィルベルトの瞳には過去の情景が浮かんでいるようで、懐かしむような表情をしていました。ウィルベルトからはアデリタへの尊敬の念を感じられ、テンは嬉しくなりました。


「テン殿、アデリタは好きか」

「はいっ! 大好きですっ!」


 屈託のない笑顔でテンは頷きます。


「そうか。ならこれからも彼女を支えてやってくれ」

「はいっ……あ、了解ですっ」


 唐突に思い立ち、ギーゼルヘールがしていたようにしてポーズをビシッと決めました。


「うむ、騎士の敬礼を教えよう」


 ウィルベルトは立ち止まり、姿勢を正して右手を胸に当てて一礼しました。テンも同様に立ち止まって真似をします。


「ふふっ」


 2人は思わず笑いあいました。


 それから広場で行くと、今日は運よくケーテが木陰で本を読んでいました。

 また、広場で遊ぶ子どもに混ざっている大きな影――ダラの姿もありました。


「ダラさんいますね」

「ああ、あいつは子どもに好かれる」


 ダラは子どもたちに囲まれていても物ともしません。子どもたちは振り回されつつも楽しそうに笑っています。


「ケーテ~!」


 声をかけられてケーテも気づきました。


「あ、テンちゃん。おはよう」

「おはよー!」


 ケーテはテンの後ろにいたウィルベルトに気づきました。テンも振り向くとウィルベルトは軽く会釈しました。


「テン殿に同行させていただいている。迷惑でなければ共にさせてもらえるとありがたい」

「大丈夫です……テンちゃんも一緒だし」


 まっすぐ見つめるウィルベルトに対し、ケーテの焦点は定まらずあちこち目を動かしていました。


「ケーテはちょ~~~……と人見知りなんです。慣れれば大丈夫ですよっ」

「…………嫌であれば断ってくれていい」

「嫌じゃないです……本当に大丈夫なので……」


 わたわたとしながら動きながら答えました。

 ケーテは人と話すのが苦手で、島の人たちでもあまりお話をしない人とは上手く会話できません。

 テンと仲良くなる前では両親とティロットぐらいしかまともに話さなかったと言われるほど人づきあいが苦手でした。


「今日も本を読み進めるの? テンちゃん」

「うん。今日は何を読んでいたの?」


 テンが本を手渡した後、ケーテが手元に置いた絵本に目を向けます。

 絵本の表紙には1人の少年が描かれていました。


「その本は勇者の伝説だな」

「知っているんですか? ウィルベルトさん」

「ああ、私たちの国では子供に読み聞かせる話の1つだ」


 ウィルベルトはその内容を語りだしました。それは勇者が魔物を倒していき、人々を助け、国を発展させていったというお話で、子どもたちに他人を助ける心を育ませるために読み聞かせているものだと言います。

 その話を聞いていて、ケーテはひとつ思い出しました。


「お父さんがこの話は良いところしか描かれていないって」

「?」


 テンはウィルベルトに視線を向けました。


「ウィルベルトさんは知っていますか?」


 その質問にウィルベルトは静かに頷きます。


「知っている。……聞いて気分のいいものではなかったが」

「それはどういうことですか?」


 純粋なその表情にウィルベルトは沈黙して口に手を当てて考えるそぶりをみせました。


「……あのね、テンちゃん。私もう聞いているんだ」

「ケーテは知っているんだ」


 ケーテは頷きました。その表情には少し戸惑いが見えました。


「これはテンちゃんが聞いたら気分悪くしちゃうかも……」


 その言葉にテンは表情が消え、真顔になりました。それは驚いているとか怒っているとか、そういうわけではありません。それは自分が、銀雪の少女が関係しているのだと察せられ、どんな表情をしていいか迷ったからなのです。


「……そっか」


 眉を八の字にして困ったように笑いました。


「でも、なおさら私は知りたい」


 テンは真剣な瞳でケーテを見ました。

 その真剣さに言葉を悩ませていると、ウィルベルトから答えが返ってきました。


「……わかった。なら私が教えよう」


 答えた後、ウィルベルトはケーテを見て頷きました。それはウィルベルトなりの気遣いでもありました。


「本を借りてもいいだろうか」

「……はい」


 ケーテは本を差し出しました。そこでウィルベルトはその場に座りました。テンも一緒に座ります。

 そして、本を開いて語り始めました。


「この本は、勇者が死んでしまうのを笑顔で見送ることで締めくくられている」


 絵本の最後のページを開きました。そのページには倒れる勇者の周りを笑って囲む人々の絵が描かれていました。

 テンも覗き込んでそのページを確認します。


「しかし、それは違った。彼らは勇者が死んだことを喜んでいたのだ」


 テンは顔を上げて、ウィルベルトの顔を見ました。


「勇者が亡くなると、勇者が生涯守り抜いた人物たちが解放されることとなった」

「……」

「その人物たちには狼の耳と尻尾が生えていて、万病を治す蜜を体内に秘めていたそうだ」


 テンは嚙み締めるかのように、口に力が入れられていました。


「……っ」


 その時の人々の顔は想像できてしまいました。テンがこの世界に来た後の人々から向けられる視線。そして欲望。

 思い出し、表情が強張っていきます。

 人々は何をした?


「……テンちゃん大丈夫? もうやめようよ」


 テンの顔が青ざめていたためにケーテは声を掛けました。


「……いやまだ話すべきではなかっただろうか。すまない」


 ウィルベルトが思っていた以上にテンが怯えていました。テンは掛けられた言葉に首を横に振ります。


「聞きたいといったのは私なんです。ウィルベルトさんは悪くありません」

「……この話にはまだ続きがある。聞きたいか? テン殿」


 真面目くさった表情でテンを見つめました。彼の中では辛い思いをさせてまで聞かせなくてもよいという考えと覚悟には答えねばならないという思いがありました。

 だからこそ、テンの意思に託すことにしました。


「続けてください」

「テンちゃん。……無理してない?」

「無理……はしてるよ多分。でも、聞かないといけないと思うんだ」


 テンは弱々しくも笑みを浮かべてケーテを見ました。その表情は無理して笑顔を作っているのが明白なほど。

 深呼吸を挟んで、頷きます。


「お話ぐらいでダメになっていたら、お姫様助けに行くことできませんからね」


 ウィルベルトはその様子を見て、彼女は強いなと思いました。

 その覚悟には答えねばなりません。


「わかった。本当に辛くてやめてほしいときは言ってくれ」

「……はい」


 ケーテは心配そうな表情でテンの肩を支えていました。


「無理なら無理って言ってね」

「大丈夫だよ。ケーテがいるもん。」

「何が大丈夫なの……?」

「ふふ」


 2人のやり取りを見つつ、「よいか?」とウィルベルトは聞き、続きを語りだしました。


「勇者の庇護が失くなった彼女らは人に追われて散り散りとなったそうだ。中には捕らわれて奴隷として扱われたものもいる。

 しかし、当然逃げ切れたものもいる。その者たちは人里離れた土地に身を寄せ合って暮らし始めた。それが」

「スカイトラッド」


 テンが言いました。


「どうやってこの土地に辿り着いたのか、その後の暮らしはどうだったのか、それを知る者はいたとしてもこの島にいる者たちだけだろう」

「奴隷となった人たちはどうなったんですか」


 テンの言葉にウィルベルトは首を横に振ります。少し言葉を選ぶために沈黙して考え答えました。


「実際に見たわけではないから真偽のほどは不明だが、待遇が良かったという話は聞かない」

「……」


 返す言葉が見つからず、テンは沈黙してしまいました。


「続きと言っても私が知っているのはここまでだ。私もテン殿がこの話のようになってしいとは思わない」


 テンは目を閉じて少し考えました。ウィルベルトがそんなことを望んでいないというのはこれまでの様子からもわかりますし、自分がそうなりたいとも思っていません。彼女の中で言葉にできない感情が渦巻いていました。


「ありがとうございます。ウィルベルトさん」

「礼を言われることはしていない。むしろ気分を悪くさせたようですまなく思う」

「でも聞いてよかったと思います。アデリタさんのところに来れてよかったです」

「そうか。……私は君に委ねた。選んだのは君の強さだ」


 テンは首をかしげました。


「私は全然強くないですよ? 副団長やっているウィルベルトの方が……」

「そういう強さではない。心の強さだ。君はつらいことに向き合える強さを持っている。……尊敬に値するよ」

「えっ、そんな尊敬だなんて」


 実直なウィルベルトの発言にテンは恥ずかしくなって狼狽えました。ケーテを見ると微笑んでその様子を見ていました。縋るような眼でテンはケーテを見つめました。


「ケーテ、私……」

「テンちゃんはすごいと思うよ」

「ううっ……! ケーテまで!」


 恥ずかしさのあまりテンは顔から火が噴き出しそうになっていました。


 ウィルベルトはテンに伝えなかった部分がありました。

 それは勇者を産んだのが銀雪の少女であるということ。

 人々は蜜を欲したのもありますが、勇者も渇望したのです。勇者を産み増やし、あるものは勇者の親という立場を欲し、ある者は領土を欲しました。

 その影響でその後多くの勇者が誕生した時代がありましたが、同時に銀雪の少女を見つけ出すのが難しくなったのもその時代でした。

 

 それからテンが落ち着くまで少し休みを挟んで、【銀狼の薬蜜】の本を読み進めました。

 ウィルベルトは知識量が豊富で、調合に必要な材料のことも説明してくれました。どの地域にある植物だとか、この原産の食べ物だとか。

 その知識は多岐にわたり、テンたちを楽しませました。

 しかし、楽しい時間はすぐ過ぎてしまうもの。その日はそれだけで日が暮れていました。

 ケーテは家路につき、広場にはテンとウィルベルトだけになりました。


「今日はありがとうございました。ウィルベルトさん」

「こちらこそ、有意義だった」


 ウィルベルトは心配そうにテンを見つめました。


「本当に良かったのだろうか」

「……話したことですか?」

「私は単に君の傷口をえぐっただけに過ぎないのではないか、と思ってな」


 テンはその言葉に首を振って優しく微笑んで答えました。


「そんなことありません。私が知りたかったんです。この世界のこと……ううん、私自身こと」

「アデリタには教えてもらえなかったのか?」

「はい。……アデリタさんは優しいんです。私を気遣って話さないようにしてくれているんです」


 テンは鉄の首輪に手を当てて、俯きました。


「この首輪もアデリタさんなら外し方を知っているのに、万が一私の首が傷づかないためにそのままにしているんです」

「鉄の首輪を安全に外す術はまだないからな」

「だから、私が今日みたいになるとアデリタさんはそれ以上言わないようにしてくれるんです」

「……よほど大切に想っているのだろう」


 テンはその言葉に頷きます。


「でも、この世界がアデリタさんのように優しい世界じゃないことは、なんとなくわかっているんです」

「……」

「私はお姫様を助けたいっていう気持ちはもちろんあります。でも、それだけじゃなくて、島の外に行ってみたいっていう気持ちもあるんです。2年前は何もわからなかったし、何を見る気も起きなかった。だから、もう一度この目で確かめたいんです」


 ウィルベルトは困ったような表情を浮かべました。


「無邪気な子どものままではいられないのだな」

「?」

「もう大人に近づいているということだ」

「んー? どうでしょうね。全然大人じゃないと思いますよ?」


 首をかしげて唸り声をあげました。その様子にウィルベルトは笑みを浮かべます。


「……そうだな。まだ途上というわけだ。私も大人になったとは思ってはいない。

「ウィルベルトさんはとってもしっかりしていると思いますよ! 私より全然大人って感じですっ!」

「いずれ、君にもわかるよ。……だが、君なら素敵な大人になれるだろう」

「本当ですかっ? 頑張って素敵な大人になります!」


 テンは純粋な眼で言いました。

 

「明日も来るんですか?」

「ああ、何度だって行ってやるさ。アデリタが諦めるまで、な」

「ふふっ、楽しみです。アデリタさんが諦めるの」


 アデリタが押し負けて聞き入れるところを想像して、思わず笑ってしまうテンでした。



 それから数日。ウィルベルトは毎朝アデリタに頼み込むも断られ、また3人離れ離れに行動する日々でした。日が経つにつれ、ギーゼルヘールとダラはアデリタのところに来ることは減っていき、町で過ごすようになっていました。

 ギーゼルヘールは毎日図書館に入り浸り、この島にしかない本もあるらしく、島の本を読みつくすのではないかというほどに没頭して読書していました。

 ダラは子どもと遊ぶだけにとどまらず、商店街の手伝いや町の修繕の手伝いをして過ごして、町の人々に顔を覚えられてしまうほど交流をしていました。

 ウィルベルトはテンと行動を共にし、広場やカフェ。教会、図書館、池と町のありとあらゆる場所で毎日過ごしていました。アクティブなテンに引っ張られ、町の人々と顔を合わせ世間話するようになりました。

 そして、今日は空船が着港する日。ウィルベルトたちが下の大地へと帰還する日です。

 今日も今日とてアデリタの家の前に立っていました。今日は3人とも揃っています。


「アデリタ」


 ウィルベルトは扉の向こうにいるはずのアデリタに声を掛けました。すると短く声が帰ってきます。


「問う」


 たった2文字の言葉にウィルベルトの身体に緊張が走りました。


「テンのこと知ってもなお、テンを連れて行こうというのか」

「彼女を危険な目に遭わせはしない」

「神に誓うか?」


 アデリタの言葉にウィルベルトは小さく笑います。


「神など信じていないのに?」

「…………じゃあ神じゃなくていいから何かに誓え」

「では、もっとも敬愛する姫に誓おう。彼女を裏切ることはしない」

「そうか」


 アデリタは扉を開けて出てきました。その恰好は今出かけるところだったと言われれば信じてしまうほどです。


「よし、いくぞ」


 何事もなかったかのように3人の横を横切ってあるって行くアデリタ。3人は状況が飲み込めずにただアデリタの背中を目で追うしかありませんでした。

 ウィルベルトだけは少し考えてから理解しました。

 後からテンも出てきます。その恰好はいつもよりも着込んでいて、耳を隠せるようにフードの着いたローブを羽織っていました。重そうに鎧と剣を包んだ風呂敷を引っ張ろうとして力が足りないようでした。

 その様子を見たダラが代わりに風呂敷を持ち上げました。


「テン殿、私は認めてもらえたのだろうか」

「そうだと思います」

「そうなんだな」


 ウィルベルトは安堵の息をつきました。風呂敷の中を覗くとその中には自分の剣だけがありませんでした。アデリタの背中を見るとおかしい点に気づきました。ウィルベルトの剣だけはアデリタが持っていたのです。

 慌ててアデリタに駆け寄りました。テンと他2人も荷物を抱えて後を着いていきます。


「アデリタ、剣を返せ」


 アデリタの肩を掴むと「キャッ」なんてかわいらしい悲鳴を上げます。思わず手を離すと、ニタニタとウィルベルトを笑っていました。


「なーんてな」

「……」


 ウィルベルトはため息をつきました。


「なんだ、怒らんのか」

「怒れば行かないと駄々こねるのだろう?」

「よくわかったな。褒めてやろう」

「……どうして気が変わった」


 アデリタはキョトンと真顔をしました。


「本当は最初から行くつもりだった、なんてことではあるまい?」

「当たり前だ。テンをあんな場所に連れていきたくない」


 口をとがらせて言いました。そして、とがった口を戻して険しい表情に変わります。


「でも、いつかは知らなきゃいけないことだったんだ。あいつ自身のために」


 アデリタが振り向くと、ギーゼルヘールとダラに挟まれ、楽しそうに会話しているテンの姿がありました。


「子どもというのは親が見てない間に成長する、とはよくいったものだ」

「親のつもりだったのか?」

「……この世界じゃな。私は子どもなんて作る気はないし、最初で最後だ」


 キメ顔を作るように笑みを向けました。


「毎日帰ってくると、お前と話したことをしつこいぐらいに報告してくるんだ」

「テン殿が?」


 アデリタは頷きました。


「こんな話をしたとか下の大地にはこんな食べ物あるだとか、私だって下の大地で暮らしていたのにな。……楽しそうだったよ」

「彼女は強い子だよ」

「…………」

「子離れが怖いのか?」


 ウィルベルトの言葉にアデリタは睨みました。


「私を親扱いするな。そんな歳じゃない」

「ははは。……絶対に危険な目には合わせないよ、アデリタ」

「当たり前だ」


 アデリタはウィルベルトの横腹を肘でつつきました。



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