第2話『異世界お菓子試食会』
今日はカフェからお話は始まります。
お店の出入り口からみて右奥。彼らの定位置であるこの席で数日に1度、『異世界お菓子試食会』が開かれます。
参加者は試食係のテンとケーテ、そしてスイーツ制作担当のティロットの3人です。
この試食会のきっかけは、テンの暮らしていた元の世界のお話からでした。彼女のいた世界では繊細で多彩なお菓子が多く存在しています。
この世界にきて2年経ちましたが、どうしても元の世界のお菓子が恋しくなる時があるようです。その話を聞いたケーテとティロットは興味を持ち、再現しようと考えたというわけです。
――と言っても、テンは作り方までは知らず、その上2年前の記憶を頼りにしているため伝えられる情報はものすごく曖昧です。味に関しても正確に伝えられるだけの語彙力はありません。お菓子の再現は困難を極めます。
テンがしっかり会話できるようになったのは実はごく最近で、この試食会も10回目になります。
現在のテーマは『ドーナツ』
「今回は俺自身、うまくいったように思う」
ティロットはテンとケーテの分とさらに分けた皿をそれぞれ置きました。皿には2つずつリングの形をしたお菓子が乗せられています。
「おぉ……っ!」
テンの感嘆の声を聴きつつ、ティロットは自分用にドーナツが乗っている小さな皿をテーブルに置いて、自分も席に着きました。
「マスターに助言もらったんだ。どうだ? テン」
「これはもうドーナツだね!」
キリっとしてティロットの方を見ました。それにティロットは頷きます。
「見た目は合格ってわけか。あとは味だな」
3人は各々ドーナツを手に取ります。
「前より柔らかいね。前は固めだったのに」
「マスターに言われて揚げ方をちょっと変えてみたんだ」
3人顔を見合わせ、頷いて口に運びました。
パクリ。
「んんっ…!」
テンの耳と尻尾が天高く突きあがりました。ティロットは冷静に一口かじった後さらに置きましたが、テンとケーテは夢中になって1つ全部食べ終えました。
「美味しいよっ! ティロ君!」
「ふわふわというかもっちりというか……」
テンは目を輝かせ、ケーテは初めての食感というような反応を示していました。
「再現出来ていたか?」
「んー……どうだろ。ちょっと違うような気もするけど……でもすごく近いと思うっ!」
「そっか」
テンはそのままもう1つのドーナツを食べ始めました。嬉しそうに食べるテンの姿を見るとティロットも笑みをこぼします。
「もごもごもご!」
「……慌てなくていいから、ゆっくり食べな」
テンは口に含んだまま喋ったため、何を言っているのか聞き取れません。味わったあと飲み込んで再び言葉を発しました。
「ありがとう、ティロ君!」
「……ああ。気に入ったならまた作ってやるよ」
「うん!」
テンは最後の一口を放り込みました。ケーテの方は話している間に食べ終えていました。
「こんなお菓子がテンちゃんの世界にはあるんだね……」
「うん、ドーナツだけじゃないよ他にもね――」
テンはあれやこれやと元にいた世界にあったお菓子について2人に話します。説明のほとんどは抽象的で、正確に伝わったとは言い切れませんが、曖昧な情報だったからこそ2人の頭の中ではあらゆるイメージが膨らみました。
「へぇ、そんなに種類のお菓子があるんだな」
ティロットは料理人を目指すものとして、興味津々になってテンの話を聞いていました。ケーテもまた本で見たことのあるお菓子に近いものなどを挙げていました。
この試食会は2人が計画しました。それは彼らがテンのいた世界のお菓子に興味があったのもありましたが、テンを喜ばせたいという気持ちが一番強かったのです。
「どうでしたか、テンさん。故郷の味……というものとはまた違うとは思いますが、美味しかったですか?」
「はいっ、すっっっごく美味しかったですっ!」
近づいてきて話しかけたのはこのカフェの店主ドリーノ。彼は身長も高く、ガタイのいい男性です。その外見の威圧感とは反して、その物腰の柔らかさや言動の丁寧さから町の人々からも慕われている人物です。
テンの本当に満足したという笑顔にドリーノも顔をほころばせます。
「それは良かった。聞いた限りこちらで調達が難しい材料もあったようですからね」
「呼び方が違うだけだった、っていうのもありましたからね。マスター」
「ええ、私もまだまだ学ぶことは多いようですね。もちろんあなたもね」
ドリーノはティロットに視線を向けました。ティロットはその視線にちょっと緊張したようなマジメな表情で頷きました。
その様子を見てから「では、失礼します」とマスターはこの場から去りました。
「そうそう、この前の話。テンが言っていた食材についてあれじゃないかとかこれじゃないかとか言い当てていてさ。今度合っているか確かめてくれよ」
「わかった。同じ食材なら再現も捗りそうだもんね」
「俺には全然見当もつかなかった。一人前には遠いわ……」
ティロットは自信なさげに項垂れました。
「ティロ君の目標は一人前の料理人だもんね。……うん、大丈夫だよ。ティロ君はきっとなれるよっ」
「……テン。その自信はどこから来るんだ?」
聞かれてキョトンとするテン。
「だって、私の上手く言えない説明でドーナツ作っちゃうんだもん。なれるよ」
「そっか、ありがとな。テン」
純粋でまっすぐな瞳はティロットを見つめました。信じて一切疑っていません。ティロットはその様子に思わず微笑んで、テンの頭を撫でました。テンは最初こそ驚いた様子でしたが、特に抵抗することなく受け入れました。
その表情は嬉しそうにも見えます。
「ティロット……女の子の頭に気安く触るのはどうかと思う……」
じとぉ、とケーテは視線を送りました。その視線で気づき、ティロットはテンの頭から手を離しました。
その後は次の試食会で作る内容を話しました。
名前やテンのうろ覚えのお菓子の形などを紙に書き起こして、それを3人で話し合いました。次はテンもケーテも一緒に制作手伝うようです。
これからもきっと試食会は続いていきます。ここでの出来事は彼らの人生をより豊かにすることでしょう。
さて、ここで再現されたお菓子の一部はこの世界で新しいお菓子として広まっていくことになるのですが、それはまた別のお話です。




