表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀狼の薬蜜  作者: 飴城甘*
第1章 空の島-スカイトラッド-
1/11

第1話『その髪は銀雪のように白く輝く』

 これは魔物はびこる剣と魔法の世界。

 この世界には「銀雪の少女」と呼ばれる獣の耳と尻尾を持った女の子が異世界から連れてこられています。彼女たちにはこの世界にやってくると、体内にどんな病気も治すことの出来る蜜が流れ始めます。

 その人数は一生のうちに1人会えるかどうかというほど少なく、そのことが彼女たちの存在の価値を上げていました。

 多くの権力者たちは彼女たちを欲してやみません。


***


 この世界のはるか上空に浮かぶ空の島『スカイトラッド』。

 これはその島に住む1人の少女テンのお話です。

 今日もまたテンの一日が始まります。

 

 ここは島唯一の小さな薬屋さん。住む場所も一体となった建物になっています。ここには1人の女性とともにテンが住んでいます。女性の名はアデリタ。彼女はこの薬屋を営みながらテンと共に暮らしています。

 今日、2人は薬室の一角で向き合っていました。長い黒髪を垂らし、腕を組んで仁王立ちするアデリタの前に座り込む少女。名はテン。彼女の髪は対照的に白い上、頭部には人間のものではない耳が生えていました。

 そして、お尻付近からは白くふっさふさな尻尾も生えています。

 これから大切な話があるようです。


「テン、今日で12歳になる。だから新しいことを覚えてもらおうと思う」


 目の前にちょこんと座るテンはきょとんとして見上げていました。アデリタがわざわざ面と向かって前置きするとき意地悪な課題を課す時なのです。

 アデリタは机の上に置いてある1冊の厚い表紙の本を手に取り、テンに手渡しました。その本の表紙には狼と蜜の絵が描かれていて、そのタイトルを『銀狼の薬蜜』著者を『フウカ・モチヅキ』と書かれていました。


「この本は何ですか? アデリタさん」


 両手で本を持ちながら質問するテンにアデリタは外のほうを一度見てから向き直りました。


「その本を開いて読んでみろ」


 テンは言われるがままに数ページめくって中身を確かめます。数分も経つとテンの表情は険しいものへと変化していました。


「ちょっとしか読めませんでした……」

「そうだな、まだテンには早かったよな」


 手元の本を返そうとしたところ、アデリタは手のひらを向けて、返却を拒否しました。


「じゃあ……教えてやろう」


 ふふふ、と悪役さながらに笑って言います。


「お前の体内に蜜が流れているのは知っているな?」

「はいっ。毎日甕に出していますよね」


 その言葉にアデリタは頷きます。


「その蜜は万病を治すと言われている。しかぁし! そのままでは毒なのだ!」

「毒……!!」

「強すぎる効能が人を蝕んでしまう。……そこでこの本が出てくる」


 テンの持っていた本を掴んで、表紙側がテンに見えるように目の前に掲げました。


「この本の題名は”銀狼の薬蜜”。テンの生み出す蜜を薬に調合する方法が書かれた本だ」

「ほぉ……!」


 芝居がかったアデリタの言葉に好奇心が掻き立てられるテン。


 テンは、自分が『銀雪の少女』と呼ばれる存在であることを知っていました。また、その体内に宿す蜜についても同様に教わっていました。

 その蜜は定期的に排出し、循環させないと身体に悪いのだそうで、テンは毎日家の片隅に置いてある甕に排出しています。

 この世界に来たばかりの頃は出し方もわからずにため込んでしまって、体調を崩すこともあったようです。


「……アデリタさん。毒なら私は大丈夫なんですか? 身体に流れているんですよね」

「…………自分の体液だから腐らない限り大丈夫なんだろ」

「体液て」


 閑話休題。


「その調合方法をこの本で学んでもらう」

「アデリタさんが調合するんじゃだめなんですか? いつも薬の調合はアデリタさんがやっていますよね」

「……ああ、そうだな。だがな、テン。私はな、私は超がつくほどの天才だ。作り方がわかっている薬なんてすぐに出来てしまうだろう」


 また芝居がかってこんどは動きもつき、テンは苦笑いを浮かべるばかりでした。


「それではつまらな……こほん、いや、蜜を出せるのはテンしかいない。なら、テンが学んだ方が融通も利くだろうと思ってな。さすがにまだ仕事は任せられん」

「……わかりましたアデリタさん。私、頑張りますっ!」


 つまらないと言いかけたアデリタに対し、テンは素直に受け入れました。この純粋さがアデリタの意地悪心を掻き立てているのかもしれません。そんな彼女も本当に嫌がることだけはしないようにと、彼女なりの線引きはあるようです。

 アデリタは期待の目を向けて見つめるテン本を再度差し出しました。「え?」と不思議そうに声を上げたテン。


「なんだ」

「アデリタさんが読んでくれるんじゃないんですか?……私ほとんど読めませんよ?」

「……自分でどうにかするのもまた勉強だ」

「ええっっ!!?」


 驚きを隠せず思わず大きな声を上げてしまうテン。若干放心状態のテンを尻目にこの場を去っていくアデリタ。

 もちろんアデリタもテンが嫌いだから突き放すわけではありません。テンにはこの世界にきて2年の間に出来た友達がいます。その内の1人は読み書きも教えてくれました。

 そのことを知っていたからこそ、自分に頼りきりにならずに町にいる人たちの力を借りて乗り越えてほしかったのです。

 そんな想いに気が付かないテンはただ両手に持った本を見下ろして悩み、固まっていました。


「がんばれテン、お前ならやれるテン……お前の足はどっちだテン!!」

「……何をしているんですかアデリタさん」


 その場を離れたと思わせて、扉の陰から顔をのぞかせて小声でエールを送っていたアデリタでした。



 テンは本を抱えるようにして持ち、町を歩いていました。

 向かう先はテンの友達ケーテのところです。


 ケーテは、テンがこの島にやってきて言葉も通じない頃に出会った子でした。彼女は人見知りで最初こそテンを避けるようにしていましたが、言葉が通じなくてもコミュニケーションをとろうとするテンに押される形で親交を深めました。

 それから言葉が通じないことで不便に感じることも多く、自然と読み書きを教えるようになりました。ケーテは特別賢いというわけではありませんが、この島で本をよく読む少女でした。


 だからケーテならばこの本に書いてあることも読めるだろうと踏んだのです。

 まずテンはケーテがいそうな場所をしらみつぶしに当たっていくことにしました。最初は町の広場。ケーテはよく木陰で本を読んでいます。

 テンの住んでいる家から広場へ向かうには商店街を通っていきます。

 この島の商店街は決して多くの人が行きかうほどの賑わいはありませんが、様々なお店が立ち並んでいます。


「おっ、テンちゃんおはよう!」

「おはようございますっ!」


 八百屋を営む女性に挨拶されました。彼女はテンのことを自分の娘のようにかわいがっています。


「今日はどうしたんだい? お使いでも頼まれたのかい?」

「いえっ、今日はお使いじゃありません! 今日の用事はこれですっ」


 テンは本を目の前に掲げ、女性に見せました。女性はその本を訝しむように見つめました。


「ほほぉ……珍しいね、本かい?……悪いねぇ、あたしには読めないわ。読めるとしたら……」


 この世界では本の数は多くなく、さらに言えばこの島に持ち込まれる本の数なんてもっと希少です。そのため、この島では本を読める人は少ないのです。


「ケーテに読んでもらおうと思って、今から行こうとしていました!」

「……ああ、そうだね。あの子なら読めるかもしれないね。なんてたって島で一番の本好きだからねっ!」

「あははっ」

「おっと、それなら呼び止めてすまなかったね。今はどうかわからないけど、少し前なら広場にいたよ」

「ありがとうございます!」


 テンは一礼して、その場をあとにしました。

 それからテンは道行く人たちに挨拶を交わしながら広場へと向かっていきました。


 広場につくと、子どもは走り回り大人は腰かけて涼んでいました。

 テンは周囲を確認します。ケーテのいつも座っている木の傍には誰もいません。既に移動してしまっているようでした。

 すると、テンを発見した子どもたちが寄ってきて声をかけてきました。


「狼のネーちゃん! 一緒に遊ぼうぜ~っ!」


 誰が呼び始めたか、子どもたちはテンのことを「狼のねえちゃん」と呼んでいました。その由来は他の人たちにはない狼の耳と尻尾がテンには生えているからです。

 いつもテンは自分よりも小さな子どもたちとよく遊んであげていました。


「ごめんね、今日はケーテを探しているんだ」

「ケーテならもう帰ったよ」


 子どもたちのうちの1人がケーテの帰った方向を指さします。その方向はケーテのおうちがある道が続いていました。


「入れ違いだったかぁ……」

「ケーテならいつも一緒でしょ、遊ぼうよぉ~」


 子どもたちは駄々をこねてテンに掴まりました。1人ならどうにかできたかもしれませんが、何人もの子どもたちに掴まると年上とはいえテンもなす術がありません。中には尻尾に抱き着くようにしがみつく子もいます。


「ん~……遊んであげたいけど、今日は大切な本を持っているしなぁ。あ、こら尻尾に掴まらないで!」


 アデリタから預かった大切な本をその辺において遊ぶわけにもいかず、困り果てました。


「こら、お前たちテンを困らせるんじゃない」


 通りがかった男性が声をかけて近づいてきました。そして、一人ひとり力ずくでテンから引きはがしていきました。

 彼はこの町を見守るお巡りさんです。お巡りさんといっても事件が起こらないこの島ではのほほんと散歩して、たまに子どもたちと遊ぶお兄さんでした。


「……ありがとうございます」

「大丈夫か?」


 子どもたちとじゃれあうような形で格闘していたテンは少し息を切らしていました。一息ついて、


「大丈夫ですっ! 問題ありません!」

「ならいい。……お前ら散った散ったっ。俺が相手してやるから」


 お兄さんは子どもたちのほうを向いて追い払うようにシッシッと手を振ります。子どもたちの方はあからさまに不満な態度を出していました。


「えー、とはなんだおまえら!」


 お兄さんがそう言うと子どもたちは散り散りに走り去っていきました。お兄さんはそれを追いかけていきます。

 広場の中央へと走っていくお兄さんと子どもたちを見送った後、テンはケーテの家へと足を向けました。

 ケーテの家に着くと、ケーテはいませんでした。


「ごめんね、テンちゃん。今日はまだ帰ってきてないの」

「そうですか、お邪魔しました」

「あ、でも、広場にいなかったら図書館かしら」


 ケーテのお母さんがそう教えてくれました。図書館はケーテの家から見て広場とは反対側にあります。

 図書館と言っても蔵書の数は少なく、そのほとんどが島の外からの輸入品をケーテが買って寄付したものになります。

 その上、ケーテはその図書館で本を読むこともしばしば。テンもこの後図書館に寄ろうと考えていたので、次の目的地は図書館にしました。


 図書館に辿り着き、中に入りました。図書館と呼ぶには狭く、ちょっとした休憩所という方がお似合いの小屋でした。日当たりは悪く、暗めの空間になっています。

 入口から向かって正面には1人の女性が座っていました。彼女はここに保管されている本を管理しています。


「こんにちは、テン」

「こんにちは」


 女性は本をパラパラとめくりながら挨拶をしました。


「今日はケーテ来てないわよ」

「そうなんですね、ここでもないか……」

「……ケーテ探しているの? この時間だったらカフェじゃないかしら」

「あっ!」


 そこでようやくカフェに立ち寄らなかったことに気づきました。テンはお礼を述べて、飛び出して行きました。言葉を返す間もなく去っていったので、女性は何も言わずに手を振って見送っていきました。

 図書館を出て左に向かえばテンの住んでいるおうちにつながる道が続いていて、カフェに行くにはまた商店街へと通る必要があります。


 町を一周してようやくテンはケーテを見つけました。



 ここは町の商店街の一角に位置するカフェ。老若男女問わず訪れ、憩いのひと時を過ごしています。中には店員目当てで来るお客さんもいるようです。

 ドタバタと走ってきて窓に張り付く影がありました。彼女は手をつき頬を押し付けて店内を覗きました。探していた人物を見つけるとすぐ離れて、扉を勢いよく開けました。

 周囲をしっかりと確認せずに進んだテンはそのまま懐に飛び込むように人にぶつかりました。


「わぷ」

「テン、なんだ慌てて」

「あ、ティロ君……ごめんね」

「いいが、ケーテならいつもの席だぞ」


 彼の名はティロット。このカフェで働くテンの3つ年上の青年です。彼はこのカフェで女性客のファンが多く存在しています。


「うん、ケーテに用があって」


 テンは頷き、店の右奥に位置するケーテのいつもの席に向かいました。ケーテの席にはほんとホットミルクが置かれています。テンが入ってくるまでまったりと本を読んでいたようです。

 向かってそのままケーテに抱き着いたテン。ケーテは何が何なのかわからず驚くばかりでした。


「テンちゃん? どうしたの?」


 そこにいた紺色の髪が腰のあたりまで伸びていて、白と水色の服を着ていました。彼女の名前はケーテ。テンのお友達です。


「……ご注文は?」


 後ろから着いてきたティロットが聞きました。テンはケーテの向かいに座り、自分の懐を探ってようやくあることに気付きました。

 今日、テンはお金を持ってきていませんでした。それもそのはず、今日は食べに来たのではなくケーテに本を読んでもらいに来たのですから。

 その様子を見て、ティロットはため息をつきました。


「……お金はもってきていないと。しゃーない、今日は奢ってやるよ。いつものメニューでいいか?」

「そんな悪いよ……!」

「半人前の料理の毒見役になってもらうだけだから」

「あはは……」


 そう言い残して去っていくティロットに苦笑いしてしまうテンでした。ティロットが厨房へと入っていくのを見送ってケーテは話しかけてきました。


「あんなこと言っていっつも奢っているよねティロット」

「だよねぇ。悪いし今度からはちょっとだけでもお金持ち歩こうかな……」

「それで、どうしたの? テンちゃん」

「そう、そうなのっ。これ見て!」


 テンは手に持っていた1冊の本をケーテの眼前に差し出しました。ケーテは引き気味にその本を受け取って表紙を見ました。


「銀狼の薬蜜……」


 数ページめくって中身を確認します。


「アデリタさんにこの本を読んで勉強しろって言われたんだけど、私あまり文字読めないからさ……」

「アデリタさんは?」

「自分で読めって~……」


 ぐでーとテーブルに突っ伏しました。


「はは……アデリタさんらしいね。この本を読んでほしいってことだよね」

「うん、おねがい~」

「いいよ、テンちゃんのお願いだし」

「ありがと~ケーテ~……っ」


 泣くように声を上げるテン。その様子にケーテも微笑みで返します。その後ケーテの視線は本へと向けられ、ページが進むほどにめくる速度は速くなり、軽く確認する程度に進めていきました。

 最後のページに差し掛かり、ケーテは声を上げました。


「このページは別の言葉みたい。ん~どこの言葉だろう……」

「どれどれ」


 テンはケーテの広げているページをテーブルの向かいから乗り出すようにして覗き込みました。その時こつんとケーテのおでこに当たります。

 その文字を見て、テンは目を見開きました。


「これって」


 そこに綴られた言葉はテンの知っている文字でした。この世界のことではなく、テンがもともといた世界の文字だったのです。

 テンはケーテにそのことを伝えました。


「テンちゃんの世界の……ってことは同じように来た人が書いたのかな……?」


 ケーテは本をテンの方に開いて向けてテーブルに置きました。テンは座りなおしてページに目を向けました。


「なんて書いてあるの?」

「……えーとね。おばあちゃんみたいな字だ」


 達筆で整った字をしていました。

 そのページにはこう書かれていました。



 いつか手に取る、私と同じ境遇のだれかへ


 この本が、あなたが生きていくうえで役立ちますように。

 私は幸運にもこの世界において自分が何者なのかを早い段階で知ることが出来ました。

 私達の産み出すこの蜜はどんな病気も治してしまう不思議な蜜です。

 そのままで使ってしまえば、人には毒になるでしょう。私も失敗しました。

 だからこの蜜はあらゆる物を混ぜ合わせることで薬にすることが出来るのです。

 この本に書かれているものは全部私が失敗を繰り返しながら調べた薬の作り方です。

 書かれている薬を作れば人を救うこともそれを売ってお金にすることも出来るはずです。

 私達にとってこの世界はつらい世界です。

 少しでもあなたの生きるすべになることを願います。

 フウカ・モチヅキより


 『私達にとってこの世界はつらい世界です。』という文言には心当たりがありました。テンはこの世界にやってきた時に酷い目にあったのです。


「私達っていうのはテンちゃんのように【銀雪の少女】のことだよね」

「そうだと思う」


 テンは頷いて返答します。

 その時、厨房からティロットが戻ってきました。手に持ったトレイにはサンドウィッチとミルクが乗せられています。

 

「おまちどおさま」

「わぁっ! 美味しそうっ!!」


 テンは本を横にどかして脇に置きました。出されたサンドウィッチに目を輝かせます。


「お前、本を読むのか?」

「まぁね、薬の作り方の本だよ」


 したり顔を向けるテン。その表情にティロットはニヤリと笑みを浮かべて言葉を返します。


「どうせ読めないからケーテのところに来たんだろ?」

「ギクリ」

「やっぱりな」


 図星をつかれて表情が固まるテンに対し、ティロットは楽しそうに笑いました。


「テンちゃん食べている間に読ませてもらうね」

「うん」


 ケーテはテンから本を受け取って、本を開きます。それを見たティロットはケーテの後ろから本の中身を見ました。


「ケーテ読めるのか? これ」

「全部ってわけにはいかないけど、大体読めるね」

「伊達に本読んでねえな」

「へへーん、ティロットも読んだ方がいいんじゃない」

「いーや、俺はいいわ」


 ティロットは「じゃ、ゆっくりしていきな」と他のお客さんのところに歩いていきました。

 

 サンドウィッチを食べてい間にケーテは本を読み終えました。するとケーテはティロットを呼びつけて1杯の水をお願いしました。


「これならテンちゃんも出来ると思うよ」


 ケーテは最初のページを開いてみせます。そこに書かれていたのは蜜を水で溶くというものでした。

 ティロットが持ってきた水をテーブルの真ん中に置きました。テンはそのコップに対して手をかざしました。せっかくだからとティロットも見守ります。

 その場に静寂が訪れます。

 テンの指からじわりとにじみだし、一滴の蜜がとろりと零れおりました。


 ポトン


 蜜は水の中に落ちて、水の中を漂います。

 三人はその様子を不思議そうに見つめていました。


「これでいいんだよね……?」

「これをかき混ぜれば出来上がりのはず」


 ケーテはマドラーを手に取って、混ぜ合わせます。蜜は水に溶けて透明な水に戻りました。少しだけとろみがついたでしょうか。


「見た目だけじゃわからないな」

「これはどんな薬なの? ケーテ」

「えーっとね、滋養強壮剤のような効果があります。だって」


 本を再度確認して答えました。それでもピンと来ていない様子のテンとケーテ。それに答えたのはティロットでした。


「まあ、なんていうか。足りない栄養を補充する栄養剤だ」

「ほぉー」


 感嘆の声を上げる2人。


「じゃあ、飲むのはティロくんだね」

「俺?」

「そうだね、ティロット仕事頑張っているしね」

「……お前ら毒見させたいだけだろ」


 ギクリ、と顔をこわばらせる2人。ぎこちなく笑顔をつくって「そんなことないよー」なんて言っていますが、嘘だというのが一発で分かります。

 しょうがねえなぁと言わんばかりにティロットはため息をついてからコップを手に取り、一気に水を飲みました。

 その様子をテンとケーテは見守ります。


「どう……?」


 恐る恐るといった様子でテンが聞くと、ティロットは首をかしげながら「ん-」と唸りだしました。そして、テンたちに向き直り、


「どうも変わらないな」

「ええー」


 残念そうに声をは盛らせました。ティロットはその声に意を返さず、コップをテーブルに戻しました。


「飲んですぐなんて効果出るもんじゃねえよ。すぐ出るならそれは強すぎるってことだからこれぐらいでいいんだよ」

「……確かに」

「何はともあれ、第一歩だな! テン」

「え?……あ、そうか。そうだね、2人ともありがとうっ!!」


 お礼を述べるテンに2人は笑顔で返しました。これは本に載せられている何十個もある薬の作り方の1つ目。これから続く長い長い道のりの第一歩です。

 その一歩をテンは踏み出しました。


 その日はテンとケーテ、たまにティロットも混ざりながら仲良く過ごしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ