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第一話

 ステラが死んだ。旧友が死んだ。学友だったステラが死んだ。

 純粋なる人の子でありながら、素晴らしき魔女であったステラ。そんな彼女が死んだ。雪解けの始まる季節に、魔女ステラは死んだ。

 魔女の血を濃く受け継ぐ私は幼い頃から魔女としての教育を受けていた。魔女としてさらなる高みに昇るため入学した魔女の学校、そこでステラと出会った。夜空彩る星の色、美しい白金色の髪に目を奪われた事を昨日の事のように覚えている。

 十二年学ぶ全寮制の学校で、ステラと一番最初に出会ったのは寮のルームメイトとして。人の顔色を伺ってびくびく震える彼女に、七つになったばかりの私はとても腹を立てていた覚えもある。彼女は先生からルームメイトの私に失礼のないようにときつく言われていた為に、そんな態度であったと彼女から直接聞いた。それもこれも皆ステラが純粋なる人の子であるから。

 ステラが人の子だと、人の子であることを隠していたことを知ったのは入学して一月が経った頃だっただろうか。魔女としての高みを目指す為の授業が始まって、しばらくした頃の話。一日の授業が終わったのにルームメイトの帰りが嫌に遅かった。彼女に対して割と鈍臭い印象を当時は抱いていた為に道に迷ったのではないかと思い、探しに行った先で。同級生達に酷く詰られている彼女を見つけた、大きな丸眼鏡の向こうの濃紺色の瞳に涙を浮かべていたのをはっきりと覚えている。あまり関わり合いになりたくない連中がステラを泣かせている。正義感からでは無いが、止めなくてはと思った。

「あんた達、何してんの?」

 そう声をかければ連中は。下卑た笑いを浮かべて学友を蔑む言葉を口にした。人間風情が、と。

 魔女は血統を重視する種族。人の形をしていながらも、人から分かれた生き物。そのためか選民意識が非常に強く、高慢ちきで、傲慢で、そんな言葉を思いつく限り並べてもまだ足りないくらい。魔女とはそういう浅ましい生き物。そんな魔女が、ステラを人間と言った。つまり私のルームメイトは。ちらりと横目に見た星色の髪の少女は絶望に染まりきった酷い顔色をしていた。

「はぁ? 何言ってんの、馬鹿じゃない?」

 人間だから、なんて馬鹿みたい。ステラが人間だとか魔女じゃないだとか。

「そんなのどうでもいい、私には関係の無い事。行こ、ステラ」

「え、えと……」

 罵詈雑言を並べ立てる連中の声を無視してルームメイトの手を取った。その手を引っ張って寮の部屋に戻る最中、彼女は悲鳴にも似た声を上げた。

「あの!」

「声大きい」

「あっ、ご……ごめんなさい……」

「何?」

「そ、その。……手……」

 最初の一声と打って変わって、か細く小さな声を喉から絞り出すルームメイト。白い顔を赤くして口にした「手」という言葉に我に返る。

「あ、ああ。こっちこそごめん」

 掴んだ手を解放すれば、泣きそうな顔であからさまにほっとした顔をした彼女。

「私の事、そんなに怖い? いつもびくびく震えてさ、こっちは取って食おうなんて魂胆さらさら無いんだけど」

「ひっ!」

「……あのねぇ」

「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 さっきの連中より私相手の方が酷く怯えてるんじゃなかろうか。確かに私は愛想を振りまくようなタイプではないし、目付きも悪い。だから同級生に怖がられる事も覚悟はしていたが、狼か熊でも見たかの様に心の底から怖がられるのは心外だ。

「……あのさ。さっきも言ったけど、私、あんたが魔女だとか人間だとかどうでもいいの。私は魔法が使えるからここにいる、あんたもでしょ?」

「で、でも私……」

「あんたは、魔法が使える。だからここにいる。そしてあんたは私のルームメイト、私にとって重要なのはそれだけ」

「え、えっと」

「さっきみたいなのに絡まれたらすぐ私に言いなさい、本物の魔女らしくやり返してあげるから」

「そっ、それはだめだよ……」

「言えるじゃない。だめって、嫌って言えるじゃない。何でさっきの連中に言い返してやらなかったの」

「だ、だって……。それは……」

「あんたが人間だから?」

「……うん……。先生が、人間を特別に入学させたんだから大人しくしろって……」

「はぁ?」

 先述したが魔女という生き物は酷く高慢で、選民意識がとても強い。 そんな連中の中に人間が一人混じればどうなるか、まだ幼い私でもわからない訳はない。けれど魔女だから人間だからと考える連中の浅過ぎる思慮には反吐が出る。魔女だから何だ、人間だから何だ、私達は同じ学校で魔法を勉強しているのだ。そこに魔女も人間もあるものか。同じ形をした人間を見下す連中に泡を吹かせてやれ、私の耳に悪魔がそう囁いた。同じ形をした魔女に怯え震える哀れな人の子を魔女として育て、彼女を見下す思慮の浅き魔女共に泡を吹かせてやれと。その囁きに乗った。

「呆れた。この学校の魔女も程度が低いのね。……ねぇ、あんたはあんたを馬鹿にした連中の鼻っ柱、折ってやりたいとは思わない?」

「乱暴は駄目だけど、どうやって……?」

「簡単な事よ。あんたを見下す連中よりも遥かに偉大な魔女になってやればいいの。人間が魔女の血を超えたら、面白いとは思わない? あんたを人間だと侮った連中を、見返してやりたいとは思わない?」

「わ、私は……」

「暴力も暴言も使わないたった一つの賢いやり方、わかる?」

「賢いやり方……?」

「トップを目指すの、この学校のトップ。生徒の私達に目指せるのは首席。思いっきり勉強して、あんたが優秀な魔女だって事を証明するの。ここは学校だもの、勉学が私達に課された義務でしょ? 私達はその義務を果たそうとしているだけ、横からごちゃごちゃ言って邪魔してくる奴らの方が悪い事になる」

「わ、私に出来るかな」

「あんたなら出来る。人間の身でどうやって入学したかは知らないけど、少なくともあんたの魔力を認めたのがこの学校に居るんだから。入学して、魔法を学ぶ事を認めた先生が居るんだから。あんた、ラッキーね。私がルームメイトで」

「噂は聞いてるの、私のルームメイトは首席候補だって先生達が」

「そ、自慢じゃないけど私は名のある魔女の一族でね。魔法の扱いに関してはさっきの連中より長けてる自信はある。あんた自身の魔力と私の教えがあれば首席も夢じゃない」

「……」

「どう? 分の悪い賭けでは無いと思うけど、乗る?」

 今思えば、幼い頃の私はなんて酷い事を言ったのだろう。人間である彼女に、人間としての生き方を捨てさせた。人としての彼女を捨てさせて、魔女として生きる道を選ばせた。これでは魔女の祖をそそのかして道を誤らせた悪魔と同じではないか。

 魔女は元々人間と同じ祖を抱きながら悪魔の囁きに魅入られ、道を踏み外した愚かな生き物。魔女の祖が悪魔の囁きなどに耳を貸さなければ、この星色の髪の少女は人として生きられたのに。

「……私、やる。一番になりたい。この学校で一番になって、お父さんとお母さんを驚かせたいの」

「契約成立。それじゃさっさと部屋に戻りましょ、今日の課題から片して行かないとね」

「あ、あの」

「なぁに?」

「ありがとう……オリアーヌちゃん」

「オリアーヌ、呼ぶなら呼び捨てで。堅苦しいのとよそよそしいのは嫌いでね。これからよろしく、ステラ」

「うん……!」

 この時に初めて見た彼女の笑顔、あれから百年近く経った今も思い出す度に胸が締め付けられる。なんと眩しい笑顔だろう、彼女の笑みのなんと清いことか。私はきっと、この時に。けれど、彼女は。もう。

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