新入部員を歓迎したい
僕が所属する写真部は部員が少ない。
やはり高校生の趣味としてはマイナーといえる。
そもそも普段は活動といえる活動をしていない。部室に集まるような部活ではない。
各々自由に撮りに行ってください、というのが顧問の考えで、年に四回しか集まりはなく、ほとんど帰宅部と変わりがない。
しかし部活として成り立っているのは、体育祭や合唱祭などでの記録としての撮影や、文化祭での展示で、その体裁を保っているから。
とはいうものの、僕としてはこの自由な方針の部活動が気に入っている。
だから所属し続けているということでもある。
ただ困ったことが起きている。
春休みを目前にした3月のある日のこと。
休み時間に部長がらラインが入り、今こうして放課後、部室に来ている。
「砂川、来年俺ら二年生は卒業する」
到着早々部長が言った。
僕の目の前には部長を含む三人の先輩が座っている。
普段部室は使わないので部屋全体が埃っぽい。
「はい。先輩たちは留年しないでしょうし」
先輩たちはテストで上位というわけではないようだが、勉強で困っている様子もない。それなりの大学に行くのだろう。
「そうだな。だが言いたいことはそこじゃない」
「なんでしょうか」
「俺たちが引退すると部員が砂川一人になる。もうわかるな?」
なるほど。部長の言わんとすることが伝わった。
「はい、わかりました。廃部ですね。ですが卒業まで籍は残しておけるのではないですか?」
「そうだ。写真部は体育会系と違って引退試合などはない。だから籍は残しておける。しかし、それでは結局、先延ばしにするだけで、廃部は免れない」
「ええ、そうですね」
「だから、俺たちは、次の文化祭で引退することにした」
他の二人の先輩からは言葉はないが、部長の発言は三人の発言と解釈していい。
「ということは九月ですね」
「ああ、そうだ。だから砂川、九月までに部員を入れろ」
「入れろと言われましても……」
僕はそういったことは出来なくもないが、得意とは思っていない。
人には得手不得手がある。僕には不得手ということだ。
「もちろん俺らも四月の新入生への勧誘をする。だが砂川も次期部長として全力で取り組め」
「次期部長?」
「そうだ。存続したら砂川以外に任せられる人はいない。物理的にもな」
先輩たちは笑っている。
しかし僕としては笑えなかった。
やはり廃部にするには惜しい部活だ。どうにかして部員を集めなければと心に誓った。
□◇■◆
春。桜の花びらは先日続いた雨のせいで、道路の脇でピンクの山となっている。
入学式を終え、ここ小平中央高校の体育館で一年生のオリエンテーションが行われている。
体育館から一年生が出てくるときがアピールのときだ。
どの部活もそれをわかっていて、チラシ片手に待ちわびている。
僕たち写真部は、二手に分かれてチラシ配りをすることにした。
先輩たちは校舎側で、僕だけは体育館側というアンバランスな配置となっている。
曰く、次期部長としての独り立ちの訓練らしい。理に適っていないので断ってもよかったが、面倒なので受け入れた。
写真部は学校への貢献度が高いため、部活動として認められる最低人数は二人。だからあと一人入れれば何とか一年間は持ちこたえられる。
体育館のドアが開いた。
一斉にチラシが舞い上がる。
そして「軽音楽学部でバンドやろうぜ」とか「卓球部に入りませんか」とか、とにかく大きな声が飛び交っている。
僕はそうやって熱を上げることはあまりできない。そういう性格だ。
だからただいつも通りの声で「写真部です」と言ってチラシを差し出すだけ。
一人だけでもいい。チラシを見て入部してくれればそれでいい。
カメラに詳しくなくてもいい。撮られるのが好きな人でもこの際構わない。とにかく一人。一人だけでも入部してほしい。
しかしなかなか受け取ってもらえない。
先輩たちとせっかく作ったのに残念だ。
そう思った時だった。
さっと誰かがチラシを取った。
僕はお辞儀をしていたところだったので、誰がもらっていってくれたのかはわからなかった。
少しうれしくなったので、二枚目もどうかなと思ったけれど、結局その一枚だけしか受け取ってもらえなかった。
□◇■◆
あれから二週間が経ったころ、またもや部長に呼び出された。
「砂川、まずいぞ。新入部員もおろか仮入部の生徒もいない」
薄暗い部室には今回は部長だけがいた。
「そのようですね」
「どうするんだ?」
「九月までにできる限りのことをしてみます」
「できるのか?」
部長は眉間にしわを寄せて言った。
「できる限りですので、できないことはしません」
当たり前のことを僕が言う。できる限りというのはできる限りという意味だ。できないことはその範疇には含まれない
「まあいい。砂川なりに頑張ってくれ」
「わかりました」
それで部長の話は終わりだった。
それだったらラインでもいいのにと思ったが、直接言うから意味があるのかもしれないと思い直した。
□◇■◆
「先輩、昨日部屋の片づけしてたらこんなものが出てきました」
右隣を歩く後輩の小花さんが一枚のA4サイズの紙を掲げて言った。
ひょんなことから話すようになった後輩だ。
よくこうして下校を共にしている。僕の数少ない友達と呼べる人だ。
「ん? ああ、勧誘のチラシか」
写真部のチラシだった。三か月前のことなのに懐かしさを感じる。
「オリエンテーションのあと、体育館を出たらすごい声で勧誘するから驚いちゃいました」
「そうだったな。僕もああいうのは苦手だ」
「私もです。だから体育館を出て一番手前だったこのチラシだけもらってあとは避けるようにして教室に戻りました。その時は写真部とは知らずにもらいましたけど」
僕が唯一取ってもらえたチラシは小花さんの手に渡っていたのか。
「そうだったのか。不思議な縁だな」
「縁? わからないですけど、そうなんですね」
「ああ」
「それじゃあ私も写真部に入ろうかな」
小花さんがなんとなしに言い出した。
「ほ、本当か!?」
「え、そんなに驚きます?」
「ああ、助かるからな」
「何が助かるんですか?」
首をかしげる小花さん。
「先輩が引退したら僕しか部員がいない。あと一人いないと部活動として認められないからだ」
「え? そんな状況だったんですか!?」
「ああそうだ」
「言ってくださいよ」
「いや、聞かれなかった」
聞かれなかったことを言うのはなかなか難しい。そもそもそんな話を求めているなんて思いもしなかった。
「聞きませんよ、そんなこと。どんなタイミングで聞くんですか。部活何人ですかおはようございます、とか、今日はバイトなんで一緒に帰れないですけど部活の人数どれくらいですか、とか聞かないですよ普通」
「たしかに」
しかしそれじゃあどんなタイミングでこちらは言えばいいのだろうか。たとえば「部活の人数が一人になるけどさようなら」とか、「今日は本屋に寄って帰りたいけどあと一人部員を集めないと廃部なんだ」とか、そういうタイミングで言えばいいのだろうか。やはりなかなか難しい。
僕がいろいろ考えていると、隣を歩く小花さんがなぜかもじもじしていた。
小花さんはたまにこうしてもじもじすることがある。たぶん癖なのだろう。
「で、でもまあ、そ、そうですね。しょ、しょうがないから、特別に、もし先輩の先輩が引退するとき、誰も部員が集まらなかったら私が数合わせに入ってあげてもいいですよ」
もじもじしながら小花さんがうれしいことを言ってくれた。
「本当か、ありがたい」
「私も、なんていうか、バイトで忙しいんですけど、先輩がそれじゃあかわいそうだし、二人いればいいのであれば、私と砂川先輩だけでいいのであれば、まあ、その、協力してあげても、全然かまいませんよ」
そう言うと小花さんは視線逸らした。右斜め四十五度くらいの角度で空を見上げ始めた。
「わかった。おそらくそのまま小花さんにお願いすることになるだろう。だが小花さんの手を煩わせるわけにはいかない。何とかできることは何とかしてみる」
いまだもじもじする小花さんのおかげで廃部は免れそうだ。これには素直に感謝しなくてはいけない。
「べ、別に何とかしなくてもいいですけど」
空を見上げたまま、小花さんはさらにありがたいことを言ってくれた。
天体観測が趣味だったのだろうか。でも今は夕方だ。
いけない、そんなことよりお礼を伝えなくては。
「ありがとう」
そう言って僕は右手中指でサイズの合っていない眼鏡をくいっと上げた。
「い、いえ、別に……」
小平駅に着いた。僕たちの小平中央高校の最寄り駅だ。
改札を抜けて電車に乗る。
小花さんと僕は最寄り駅が隣同士。先に小花さんが下りるまでが一緒の時間だ。
今日は部活の存続が決まって心が軽やかだ。
「先輩、聞いてます?」
「あ、ん? 悪い。聞いていなかった」
「明日アウトレットですからね」
「ああ、そのことか。大丈夫、覚えている」
「よかったです」
そんな話をして帰宅した。
最初から小花さんに部活の勧誘をしておけばよかったと思った。
これからは小花さんにいろいろ話をしてみようとも思った。