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未来へ

 全然眠れないまま、朝を迎えた。

 入院生活の末、どんなに眠れていなくても朝ちゃんと起きる体質になってしまっていたので、眠い目をこすりながら、朝食を食べる。もちろん、全然食欲がない。病院食なので量がそこまで多くないのが救いだった。


 今日ばっかりは七海ちゃんは来ないだろう。

 退院は明日に控えている。

 長期入院で増えてしまった身の回りの荷物の整理を朝からしているが、なかなか終わらない。

 1人でする作業は、こんなにも長く感じるのか。




 お昼が過ぎた。

 まだ誰も来ない。

 よくよく考えたら、毎日午前中から付きっきりでいたわけではなかった。

 七海ちゃんが来てくれることが、いつの間にか当たり前になっていた。


 片付けもある程度終わせてしまい、リハビリもないので、やることがほとんどない。

 テレビカードを使うのも勿体ないから、テレビを見るのも面倒だ。



 静かな病室に、突然ガラガラガラっとドアの音がした。

 振り向くと、七海ちゃんが立っていた。


「明日、退院だもんね!」

 そう言いながら椅子に腰かけたが、無理して明るい声を出しているように聞こえた。


 昨日のことがあったから、気まずくて、そこから先の話が続けられない。

 目を合わせられずに、ずっと下を向く。



「……あのさ」

 長い沈黙を突き破るように、七海ちゃんが口を開いた。

「昨日、じっくり考えたんだけど、やっぱりさ……、」

 そこで区切り、七海ちゃんは一呼吸入れ、

「私がさ、上手に忘れるお手伝いをしても、いいかな?」

 僕の目を真っすぐ見つめ、そう言った。


 瞬時に理解できなかった。

「それって、どういうこと……?」

 口からそんな質問がこぼれると、七海ちゃんは「鈍感だなぁ」と苦笑いし、

「なんか、記憶を上書きするみたいな言い方になっちゃったけれど、そういうことじゃなくて。やっぱり、遥人くんのことが好きなの。千尋ちゃんのことは忘れられなくてもいいの。むしろ、きれいさっぱり忘れるっていうのは良くないと思うし、千尋ちゃんも忘れてほしくはないだろうし。」

「まあ、それでもちょっとは嫉妬しちゃうけれどね」

 七海ちゃんははにかみながら、そう言った。

「でも、遥人くんが前向きになってくれるなら、私も嬉しいから。

 その…………、どう、かな?昨日もちゃんと返事聞けずに帰っちゃたし……。」


 そういえば、昨日は僕のせいで中途半端になってしまったっけ。

 自分の心に正直に、言葉を紡ぐ。


「僕も……、七海ちゃんがいないのは、もう考えられないよ。なんなら……」

 手に力が入っていることがよくわかる。落ち着かせるために一瞬深呼吸して、

「僕も、今はもう七海ちゃんが好きだから。七海ちゃんと一緒なら、これからも生きていける気がする。」

 七海ちゃんの目を見ながら、そう伝えた。


 病室に沈黙が走る。

 いつもの病室の静けさとは違う、緊張感のある空間。

 自分の鼓動の音が鮮明に聞こえ、なかなか落ち着かない。


「告白するの、下手だねぇ~。私じゃなきゃ絶対振られているよ、本当に。」

 そう軽く笑いながらダメだしを喰らった。ちょっと凹む。


「でも、そういうところも含めて、大好きだよ♪」

 そう言いながら、僕のほうに抱きついてきた。

 急な展開で頭が追い付かない。OKということだろう。いや、OKと言ったのは僕のほうだったか。

「これから、ずうっと、ずうーーっと。よろしくね~♪」

 七海ちゃんは抱き着いたまま、耳元でそう囁いた。













「本当に同じところでよかったの?」

 彼女には彼女なりの夢があったはずだ。それなのに、僕の夢に寄り添うように、むしろ僕の夢と同じことを目標としたかのように、企業は違うとはいえ、同じ福島県浜通りの、イノベーション・コースト構想に関連する業種に就職することになった。


「うん、というか、今日はそれを千尋ちゃんに報告しに来たんでしょう?」

 そう言いながら肘でつっついてきた。

 お花を抱えて隣を歩いている七海ちゃんは、いたずらっぽい笑みを浮かべている。


 大津波で亡くなったことから3月11日が命日とされるが、僕らはその3日後にお墓参りをすることにした。

 そう、ホワイトデーである。

 もとからあった浜通りのお墓に千尋ちゃんは眠っている。お墓がある地域はこの前までは避難区域になっていたが、今年やっと解除され、立ち入ることが可能になっていた。


 そして、お墓参りに行こう、と提案してくれたのは七海ちゃんである。

 3月11日が近づいていたある日、七海ちゃんが発した「千尋ちゃんのお墓参りにはいかないの?」という一言がきっかけだ。

 彼女がいなかったら、現実を受け止めるのが怖くて来れなかったと思う。実際に今、墓誌に「千尋 十三歳」と彫られているのを見ると、本当にこの世からいなくなってしまったという事実に、足が震えて動けなくなる。泣きそうになる。

 七海ちゃんはそんな自分の様子に気づいたのか、背中をポンポンと叩いてくれた。

 彼女が隣にいて支えてくれているおかげで、千尋ちゃんの思いを背負って少しずつ前を向いて未来へ歩みを進めることができるようになってきた。どれだけ感謝してもしきれない。


 線香に火をつけて、2人で半分ずつに分ける。

 七海ちゃんが先に、続いて僕が、線香を手向ける。

 お墓の前でしゃがんで、手を合わせる。


「いやぁ~、お墓の前でもくっついているなんて、ラブラブなカップルだねぇ~」

 ふと、背後のほうから女の子の声がした。

 手はお墓に向けて合掌したまま、思わず振り返る。

 もちろん、誰もいなかった。


「幸せになれよ~!!」

 まだ立ち入ることのできない草むらの影から、あの昔馴染みの声で、そう聞こえた気がした。

 もう一度お墓のほうに向きなおろうとすると、途中で七海ちゃんと目が合った。

 同じ声が聞こえたのかもしれない。

 ただ、あまりにも同じタイミングだったので、思わず含み笑いをしそうになったが、それを見た七海ちゃんは、面白い何かを見たような笑顔を浮かべた。

 この笑顔に、自分は今までどれだけ助けられたのだろうか、これからもどれだけ助けられるのだろうか。


 改めてお墓に向き合う。

 千尋ちゃんの想いを背負いながら、七海ちゃんとともに、これからの未来を生きていきます。


 千尋ちゃんの前で、そう決意を新たにした。

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