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覚悟

 いつになく真剣な顔をして僕に尋ねてきた。

 あのとき「マズイことをした」と一瞬思い、それを忘れていたツケが、今回ってきた。

 まだ春先だというのに、背中に汗が1滴、ツーっと垂れているのを感じる。


 何というべきか。全部言わなければならない時がやってきた。

 七海ちゃんに謝るとき。

 千尋ちゃんとの約束を果たすとき。


 でも心が決まらず、言い出せない。そうして答えあぐねていると、

「ひょっとして、千尋ちゃんはカノジョ?」

 と痛いところを突かれた。

 厳密に言えば、カノジョでも元カノでもない。


 思い出はあふれるけれど、思い出したくない。できれば、口にしたくない事実。

 でも、言わないと先に進めない。

 あのとき、そう彼女と約束した。

「本当は、僕の地元で話したほうが話しやすいんだけど、まだ帰れないからなぁ。」

 僕は小さな声でボソッと言った。

「えっ、」

「話、長くなっちゃうと思うけれど、良いかな?」

 七海ちゃんは無言でうなずく。

 僕は覚悟を決める。

 これで嫌われてしまったとしても、しょうがない。

「実はさ、僕の出身は会津って言ってたけれど、あれ嘘なんだよ。」

 七海ちゃんはふたたび驚いた表情をみせた。



「僕の本当の地元は、同じ福島県でも双葉のほう。」

「うん」

「原発事故で避難して、会津に引っ越したってこと。家があったとこは今はまだ帰れないんだ。」

「うん」

「一回だけ一時帰宅したけれど、そのときから帰ってないし、いつになったら帰れるんだろう…」

「うん…」

 七海ちゃんはただ頷いていた。想像すれば追い付くような、ニュースとかでもやっている避難した人たちの話のはずだが、急に想定外の話をされてしまうと、理解ができなくなるようなものだろう。


「で、その。千尋ちゃんは……?」

 ああ、そうだったと改めて千尋ちゃんの話をする。故郷の話に脱線してしまっていた。

 申し訳ないと思いながら、話を戻す。

「千尋ちゃんはね、幼馴染って言えばいいのかな。同級生で家も近いし、幼稚園に入る前からずっと一緒にいたんだ。小学校もずっと同じクラスで、毎日のように一緒にすごしていたの。」

「楽しかったよ、何の気兼ねもなくはしゃいで、学校とか公園で遊んで、学校に行くときも帰るときも、ずっと喋ってたもんなぁ。」

 七海ちゃんは黙ったまま僕の話を聞いている。

 だが、その眼差しは真剣そのものだ。


「で、小学5年のバレンタインのときに、初めてチョコ貰ったんだよね。それまでバレンタインといって特別に何かあったんじゃなかったけれど、それが初めてでさ。」

「そのときにね、一緒に手紙が入っててさ。『付き合ってください』って、書いてあって。すぐにでも返事したかったけれど、『ホワイトデーのときに返事教えて』って言われて。」


「でもね、ホワイトデーは迎えられなくて……。」

 七海ちゃんはハッとしたような表情を見せた。

「そう、その前に3月11日……、震災があって、津波がきてさ……。」

 だんだんと言葉が出てこなくなる。

「僕は、先に、逃げたんだけど…………」

 言葉が何かにせき止められているかのように、流れが全くスムーズではない。

「千尋ちゃんは……津波で……流されて…………もう………………」

 だめだ。

 自分で言葉を紡ぎ出しているつもりだが、全然だ。

 涙が止まらない。


 もう会えない。その事実を何年も見なかったことにしてきた。

 これ以上言葉が出てこない。ちゃんと言わなければならないのに。

 目からしたたり落ちるものを見せないように、ただ目線を下げることしかできない。


 すると突然、僕の頭に人の温もりを感じた。

「ごめんね…私……何も知らなくて…………」

 彼女の顔は見えなかった。でもその声は涙ぐんでいたのは分かった。

 なにも我慢できなくなった。声があふれ出す。

 僕はただ、その温かさを感じながら声を上げて泣き続けることしかできなかった。




 どれくらい泣いていたかわからない。

 太陽がかなり傾いている。

「ごめんね、急に泣いちゃって。千尋ちゃんのこと、ちゃんと誰かに話したのは初めてだからさ。」


「でもね、やっとスッキリできた気がする。」

 自分だけ落ち着いて、気を遣わせて。

「こんなに他の女の子のことを忘れられないの、最低でしょ?」

 僕は素直にそう言ったが、七海ちゃんはううんと首を振ると

「そんなことないよ。ちゃんと覚えていてあげているの、素敵だと思う。」

 と優しく諭す。僕は「ありがとう」とボソッと言うことしかできなかった。


「やっぱり、まだ千尋ちゃんのこと、好きなの?」

 まだ渇ききっていない目で目を合わせ、まっすぐ聞いてきた。

「それは……、そうかもしれない……。」

 そのまっすぐさに、応えられるだけの答えはもっていなかった。

「でもさ、もう二度と出会えないからさ…………。少しずつ、忘れていかないといけない、んだと思う…………。昔の思い出だし……、千尋ちゃんはもう帰ってこないもん……。

 それでも、そんなに簡単に忘れたくはないよ……。大切な思い出、そんなもの、簡単に手放したくないし……。もしできるのなら、上手に忘れたいけどね。まだ忘れられないあたり、もう無理なのかもしれない……。」


 自分の想いを素直に口に出したつもりだったが、七海ちゃんの表情が険しく、曇っていくのが目に入り、ハッとした。今口にしたのはとんでもない内容だったと自覚した。

「あっ、もう遅くなっちゃったから帰るね。じゃあね。」

 七海ちゃんは、今まで見せてくれた笑顔からは考えられない素っ気ない態度のまま、目も合わさずにバタバタと部屋から出ていった。





 彼女になっていたわけでもないが、元カノのことが忘れられない的な発言をしてしまった。とんでもない過失だ。

 千尋ちゃんと交わした約束、1ヶ月も経たないうちに、もう破っちゃったかもしれない。

 もう七海ちゃんとはお話できないのかもしれない。

 不安で夕食も喉を通らなかった。

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