第4話 アルト王子視点
私には乳母がいた。
忙しかった母上に代わって、幼い頃から私の世話をしてくれていた乳母がある日いなくなった。私を暗殺者から庇って亡くなったのだ。
私には弟が2人おり私以外はそれぞれの側妃の子で、そちらを王太子に据えたいどちらかの側妃の実家であるバロン侯爵家
とカーボン侯爵家のどちらかが暗殺者を送ってきたのだろう。幼い頃から何度となく危険に晒されてきたが証拠がない。
「アルト様……暗殺未遂で乳母である私が命を落としたことは公にしないで下さい。病で宿下がりしたと…お願いします。どうか……立派な王に…」
最後にそう言い残して逝った。
理由もわからぬまま乳母の遺言を守り「病で宿下がりした」と発表するよう陛下にも懇願した。
私のせいで乳母が……いずれ私が王になる姿を見たいと、私の子を見るまで死ねないと言っていたのに。
皆の前では何でもないように振る舞っていたが、1人になると考えずにはいられない。
しばらくして私の宮にアンという新しい侍女が入った。私の宮にはベテランの者が入ることが多い。
新しく入った侍女の珍しい薄い赤色のような髪の色が乳母に似ていた。後ろ姿だけを見るとまるで乳母が生き返ったようだ。
――――――――
卒業パーティー会場からサリーシャが逃げ出した!私のアリスを連れて逃げたのだ!
サリーシャは陛下たちが帰ってくる前には処刑しなければ。
サリーシャは魔女なのだ!魔女さえ消せばアリスの聖女の力が覚醒して時を戻せるらしい。そうすれば乳母を助けられる。すべてアンが教えてくれた。
部屋に戻ってからアンが紅茶を入れてくれた。
アンの紅茶は美味しい。リラックス出来るのか身体がフワフワしてボーッとできる。
「アルト様、もう少しです。サリーシャ様を消せばきっと聖女様は覚醒することでしょう。会いたい人に会えるようになりますよ」
ボーッとした頭にアンの声が響く……
――――――――
「サリーシャたちはまだ見つからないのか!!陛下が戻られるまで時間がないぞ!」
「公爵家に一度戻ったことを確認しています。その後、公爵家所有の別荘に居たようです。その後の足取りは確認出来ていません」
衛兵長はビクビクと答えた。
「まったく!騎士団は私の権限では動かぬと言うし」
うまくいかずイライラする。あと、2日で陛下が戻ってくる。サリーシャは公爵令嬢だ。陛下たちが戻ってくればおいそれと処刑は出来ないだろう。
処刑しなければ。早く、早く。
―――――――――――――――
一方
『サリーシャが処刑された未来では』
「お前は何ということをしてくれたのだ!!」
帰国した陛下は激高している。
右を向けば公爵夫妻がおり、こちらを睨みながら泣いている。
私はなぜこんな事になったのだろう。
「アンが!アンが言っていたのです。サリーシャこそが魔女であると。サリーシャさえいなくなればアリスが聖女の力が覚醒し時間を戻せると」
言っていて自分でもとんでもないことを言っているのがわかる。
「何を言っている!乳母が亡くなり狂ったかアルト!!アンという侍女はもうおらぬ。さっさと逃げ出しておるわ!聖女もこの国から消えた。この国に見切りをつけたのだ!」
私は北の塔に生涯幽閉されることになった。
公爵令嬢を冤罪で裁判もせず勝手に処刑したのだ。
アンの紅茶が飲みたいな。アンがいなくなってから、手の震えが止まらないんだ。