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舞踏会の真珠姫

作者: 月灯銀雪

お久しぶりの方も 初めましての方も、ご覧いただき ありがとうございます。


拙い文字列ですが、暇つぶし程度になれれば幸いです。

 





 淡い紫の空に 気の早い星座が瞬き始め、雅かな音曲が風に煌めく 麗しき宵の王宮。




 そこに集う人々は 競うように絢爛たる衣飾を纏い、豪奢な馬車を仕立てては大通りを埋め尽くす。

 順番を待ち長く列をなす 並み居る華美な馬車を横目に、するする と先頭へと進み、先に昇降場に停まっていた馬車さえ 慌てて場所を譲る1台が到着した。


 一見 白っぽく質素に見えそうな馬車。しかし、その馬車には どこもかしこも芸術品のような細かな彫刻や 品を損なわない絶妙なバランスで金銀の装飾を施されている、見る者が見れば 目玉が飛び出るような“超”の付く一級品である。


 その馬車から、見目整った従者が恭しく差し出す手を借りて 優雅に降り立つのは 1人の御令嬢。彼女を溺愛する父親によって仕立てられた、デビュタント祝いの馬車……それさえも霞ませる 美貌の公爵令嬢であった。


 粛々と続いた名家の高貴さがにじみ出る秀麗な目鼻立ちは 気高く淑やかな笑みを刷く。ふんわりと結い上げて、あえて幾条かを垂らした白金の髪は 緩やかに巻きを入れて。


 スラリとしつつも貧相ではない肢体を包むのは、マーメイドラインの優美なドレスと共布の長手袋。今夜のパートナーの瞳に合わせた 爽やかなアクアブルーが目に涼やかである。


 魔物糸は庶民には高嶺の花だ。けれど、近年 養殖が始まった魔物糸は強くて艶めく布ができると持て囃されて……皆こぞって養殖の魔物糸ドレスを求め、豊かな者ほど まだ流通量が少なく高価な魔物糸を多く織り込んだ布地を使ってステイタスとした。

 そんな流行の中で。件の令嬢が纏うドレスは、絹と魔物の糸を 絹を多めで織り合わせたものであった。されど 絹は隣国から取り寄せた最上級品質、魔物糸は天然魔物蜘蛛(アラクネー)糸という 馬鹿にできない逸品だ。


 魔物糸は艶めくとは言え、それだけで布を織れば ビカビカと下品になりがちで、養殖魔物芋虫(ワーム)糸では強度も劣る。

 絹の中へ より上位な魔物の天然糸を織り込むことによって 柔らかな光沢の中に独特の艶が混じる目にも肌にも優しい風合いになり、名家の御令嬢を護る衣として申し分のない強度を誇る。


 髪・耳・首にドレスにと、要所要所へあしらわれた大粒の真珠はほのかに光を照り返し、真珠を邪魔しない程度に散りばめられた輝石は小粒ながら透明度が高く 日光を浴びた波飛沫のように、各所に配置された照明を照り返し 鮮やかな色彩を魅せる。



 さながら、物語に登場する深海の姫君を思わせる装いだ。



「まぁ……マレーナ様は今宵も美しいわね」


「あら、でも 少し地味ではなくて?」


「ふふふっ ダメよそんなことを言っては」


 国の内外から名家の華が集い、それぞれの家の財力や権力、そして自らの美を競い合う社交の場では 羨望や嫉妬、嘲笑が入り交じる。声を潜めても、笑いさざめく彼女達の高い声はよく響く。もしかしたら、わざと聞かせているのかもしれない。昨今の流行は絢爛にして華美、品は良くとも 見た目にはやや大人しいマレーナの装いは、人により評価の分かれるものであった。


「おお、マレーナ嬢 お久しゅうございますな。今宵も夢のような美しさで目が眩みそうだ。ご尊父殿は壮健であられますかな?」


 真っ先に声を掛けてきたのは、父とも仲の良い辺境伯のおじ様だった。幼い頃からマレーナを可愛がってくれる御方ではあるが、歯の浮くような褒め殺しっぷりは 相変わらずである。


「辺境伯さま、ご無沙汰しております。相変わらずお上手ですね。父は隣国からのお客様をおもてなしに先に会場へおりますわ、どうぞ顔を見せて差し上げてくださいませ。きっと喜びます」


 高位貴族の者として。他にも掛けられる挨拶に 如才なく微笑みながら、丁寧な返礼や軽い会話を。聞く価値もない陰口は無いものとして、静々と会場へと進んでゆく。次第に楽の音は鮮明に、笑声と歓談のざわめきも寄り集まって密度を増してゆく。


「宰相 マリウス・ラスティ公爵の御令嬢 マレーナ・ラスティ嬢の御入場でございます」


 声の良い王家の従僕の紹介とともに会場へと踏み込めば、溢れんばかりの光と音に迎えられ、あらゆる香りに包まれる。昼もかくやと言わんばかりに輝く照明、贅を凝らした酒食の香りに 壁を彩る生花の芳香、貴婦人や御令嬢の香水だけではなく 紳士達の纏うムスクに煙草、言っては悪いが ごく一部の体臭やら加齢臭。入場したばかりだが、マレーナは既に人酔いしそうな心地になった。


 しかし、着いて早々 帰る訳にもいかない。

 何しろ今夜は特別な舞踏会。彼女と彼女のパートナー……婚約者となる王太子との婚約発表がある舞踏会なのだ。


 身分故に少し傲慢で気むずかしい部分はあるが、真面目で公平な態度と努力家な所は好ましく マレーナも憎からず想っている。政略の要素が強めではあるが、今宵のファーストダンスを楽しみにして、派手なものを好まない彼女が いつもより“おめかし”をしてしまうくらいには心を浮き立たせていた。なお、珍しく愛娘にドレスをおねだりされた宰相も、ウキウキで仕立て屋を呼んでいた。


 滑るように人混みを縫い、中央のダンススペースと奥に設えられた王族や賓客居並ぶ貴顕の席がある方へと向かう。


 その途中で、マレーナの瞳に映った光景に 思わず足を止めた。


「んまぁ……っ!!」


 後ろに控える付添い婦人(シャペロン)の、押し殺した声が聞こえた。きっと、マレーナと同じか それ以上に引き攣った顔をしている事だろう。貴賓席の傍に侍る父の 苦りきった顔が視界の端に映る。隣にいた賓客の誰かが 足早に出口へと向かうのにも気づかない様子だ。



 王室お抱えの楽団が奏でる極上の音色に合わせ、ダンスフロアの中心で華麗に踊るのは今宵の主役である王太子だ。隙のない盛装は さすが王太子と惚れ惚れしてしまうほど似合っていて、ステップも完璧である。




 しかし、彼のパートナーは見知らぬ令嬢であった。




 ふわふわと翻るドレスは、王太子の髪色のようなシャンパンゴールド。魔物糸をふんだんに使って輝くような艶を放ち、薄布を幾重にも重ねたドレスはレースやリボン、生花に輝石……あらゆる飾りが施され、マレーナからすれば ド派手である。


 けれども。不思議と似合ってしまうのは、王室御用達な一流デザイナーの腕のなせる技か はたまた彼女自身の飛び抜けた可憐な見目のせいなのか。


 小柄で細身で、なのに さりげなく殿方が視線を向けてしまう豊かな胸元には王太子の瞳のような大粒のアクアマリン。


 ぱちりと大きな瞳に小さな鼻と唇。小動物のように あどけなさを残した小さな顔には、恋慕う者へ向けるほんの少しの色香を秘めた華やかな微笑み。



 アンバランスなようで 絶妙な魅力を放つ令嬢は、王太子がマレーナには向けたことの無い甘い微笑みを独占しながら ダンスフロアに咲き誇っていた。


「ご覧になりまして? あの御令嬢、昨年に伯爵家へいらした庶子なのですって」


「あらっ!! そんな出自の方が殿下のお相手を?!」


 近くの御夫人達が 眉を顰めて扇越しの会話(内緒ばなし)をしている。


「身分差があるのに、あんなに見つめあって……きっと燃えるような恋をされているのね」


「わたくし、殿下のご婚約者はラスティ公爵令嬢かと思っておりましたのに」



 若い令嬢達は 麗しきカップルに見惚れながら、ちらちらとマレーナを憐れに見やって勝手な囁きを交わしていた。



(()()()())



 マレーナは 大きな衝撃と落胆の後、じわじわと湧き出でる悲しみと ほんの少しの納得に暫し立ち尽くしていた。


「お飲み物はいかがですか?」


 振り返れば、給仕係の従僕が飲み物が乗ったトレイを片手に ワイングラスをマレーナに差し出していた。


 グラスの中で揺蕩うワインは 婦女子向けに果汁等で割ったものではなく、ルビーのような赤ワイン。


(やってしまえ、という事なのね)


「ありがとう。いただくわ」


 マレーナはこの後。幸せそうに踊るカップルへと近づき、フリフリ ヒラヒラした伯爵令嬢のドレスの裾を踏みつけて 頭から真っ赤なワインを飲ませてやる。


 ……という()()()()()()()なのだろう。




 ここは前世の友人が激推ししていた“乙女ゲームの世界”というものらしいから。




 何の因果か。深くゲームを愛していた友人ではなく、彼女に勧められて辛うじてエンディングを見た程度にしかプレイした事の無い自分がこの世界に転生してしまったのは 神様に一言もの申したいところではあるが。



 ゆらりとグラスを軽く揺らして。

 マレーナはグラスの赤ワインを くいと飲み干した。



 若いワイン特有のフルーティな香りと渋みが鼻に抜け、歳若いマレーナには少し強い酒精が喉を軽く焼く。近くの紳士淑女が僅かにざわめいた気もするが、見苦しくない程度の所作は保っているはずだ。


 僅かに動揺した気配を漂わせる給仕にグラスを返し、淑女のマナーとして持っていた扇を開き 軽く口元に当てる。



「少し酔ってしまったみたい。わたくし、もう 帰るわ」



 瞳から ポロリと1粒零れてしまった水滴は、きっと 慣れない濃いお酒を飲んだせい。微かに残っていた淡い希望と共に床へ転がし置き去りにする。


(断罪追放なんて真っ平ごめんだわ)


 踵を返して、元来た道を引き返す。逃げ帰るなんて情けない? とんでもない。役割を果たした後のマレーナの辿る人生は悲惨である。


 ヒロインたる伯爵令嬢を頭から真っ赤なワインで汚して罵倒するのは、さぞ胸がすく思いがするだろう。けれど、王族を前にした暴挙は 衛兵に引き倒されて捕縛される合図。


 学園では 彼女と顔すら合わせないように過ごしたけれど、()()()()()()()と称して繰り広げられていた 悪質な虐めの首謀者として貴族籍から外されて国外追放されるという断罪のおまけ付き。


 なお。ワインまみれになったヒロインは同情を集め、舞踏会に居合わせた気鋭のデザイナーによる新作ドレスに着替えることとなり、社交界の話題を集めて 流行の発信源となる。皆に祝われながら、相思相愛カップルとして 晴れて王太子と御婚約と相成る。マレーナは清々しいほどの踏み台だ。


 胸に燻る想いはあれど、我が身を惜しめば“逃げる”が最上。


「お嬢様、そちらは……」


 足早に会場を抜け、家路に着くべく馬車置き場へと向かう。同情や嘲笑を浴びて 見世物になりながら昇降場で待つよりも、気遣わしげながらも公爵令嬢らしからぬ行動への制止を振り切り 直接 馬車に乗り込む方がマシである。



「きゃ……」



 不意に差した影と、軽い衝撃。肩に浴びる冷たい液体。

 崩したバランスに 咄嗟に上がった腕を取られて、何とか転倒は免れる。しかし、今日のために仕立てたドレスは重傷なようだった。あと、相手が持っていたらしいグラスは 床で即死している。


「すまない。よそ見をしていた」


 声の方を見あげれば。なんとも目に優しくない豪華な御尊顔を持ち、立派なローブの裾を赤く染めた美丈夫。マレーナは今日は厄日に違いない と、確信した。


 明らかに仕立ての良い盛装は異国のもの。おそらく 先程まで宰相であるマレーナの父が直々にもてなしていた賓客だと思われる。要するに 間違ってもぶつかったり、真っ白な裾にワインの染みなどを付けさせてはいけない御方だ。


「も、申し訳ございません」


 ドレスは真っ赤だが、マレーナ自身は真っ青になって深々と謝罪する。慌てて付添い婦人と護衛も頭を下げる。


(正規の断罪から逃げても、別口の断罪が……)


 内心で震え上がりつつ、この状況では逃げることも難しい。マレーナは 自らの破滅をもたらす言葉が下される時を、粛々と待つことしかできなかった。


「いや、私の不注意だった。顔を上げてくれ」


「……え?」


 少々 間抜けな声が出てしまったのは致し方ない。マレーナは今日こそ、ゲームの運命そのままに破滅してしまうのではないかと 1人も相談する者も無く恐れていたのだから。


「すまないな。せっかくの美しいドレスを台無しにしてしまったようだ。それに、そのままでは風邪の病を得ることもあろう。こちらで新しいドレスを用意させてくれ」


「……。……え??」



 狐につままれたようなマレーナは呆けたまま、異国の賓客が身振りひとつで手配した召使いの女性達に囲まれて あれよ あれよ という間に迎賓館の浴室へと誘われ、手厚いお世話のもと たっぷりの湯で洗われ 温められ……何故かヒロインの前に登場するはずの気鋭のデザイナーにより新作のドレスを着付けられ。召使い、デザイナー、付添い婦人らに やたらと褒めそやされては、送り出され。



(どうして……?)



 満足気に微笑む異国の賓客に手を取られて、再び会場へと踏み入れる事となった。困惑する父を目の前に 我に返るものの、もう手遅れだった。普段ならば絶対に着ないドレスで、会場中の好奇の視線に晒されたマレーナは 大変に居心地の悪い思いで成り行きを見守る。



「これはハルディア陛下、我が家の娘がご迷惑をおかけ致しましたようで。申し訳ございません」


 父が呼びかける()()という方は、もしやマレーナの隣で手を引く この御方のことであろうか? たった1杯のワインが効きすぎてしまったのかもしれない。既に自室のベットで夢の中なのかも とマレーナは現実逃避にも似たことを つらつら考える。


「いや、迷惑をかけたのは私の方だ。……責任は取ろう」


 敢えて説明を省いた最後の言葉。小さく潜められたそれは、宰相と近くにいた者達の顔色を激変させる威力を持っていた。長く席を外した隣国の国王と 彼に伴われて装いを改めた公爵令嬢、様々な憶測を呼ぶには十分だった。




「悪いな。麗しき真珠姫に一目惚れした、と言ったら信じてくれるか?」




 だから婚約話が白紙になったのなら丁度いいと思った と、ひそりと小さく耳に届けられた言葉。理解すると共に茹だった頭ながら、マレーナは 既に退路が絶たれていることを知る。






 隣国の国王に見初められて王妃となった美貌の公爵令嬢マレーナ・ラスティ。彼女の話題は[真珠姫]という2つ名と共に その年の社交界を席巻した。








 *・*・*・*・*







 真珠姫様のお話ですか? 陛下との馴れ初めを?




 そうですねえ……。

 その公爵令嬢は、品よく控えめ。悪し様に言うならば、地味な御令嬢という評判でございました。


 実際に御見かけした印象は、当時の風潮で 華やかに着飾る御婦人達の中に埋もれてしまいそうな装いながら、他の追随を許さない端麗な美貌と どこまでも品位を保つ姿勢が『高位貴族とは かく在るべき』という無視のできない存在感となって 私達の視線を惹き付ける御方でございました。


 彼女の噂は種々様々にございますが、その日の噂は格別で、我が国の王太子殿下との御婚約を発表されるのでは? と、多くの者が囁いておりました。


 美貌だけではなく 血筋に品格、公爵家の名に恥じぬ教養。年嵩の保守的な貴族達からは絶大な支持をもって、若い貴族達も多くの方々が彼女を最有力候補として見ておりました。


 しかし。


 その夜の舞踏会、ファーストダンスにて。あろう事か王太子殿下は身分差がある伯爵令嬢をパートナーとして御選びになったのです。


 その御令嬢は可憐にして艶やかな風情で、確かに男ならば その手を取って守りたくなるような魅力を持っています。ですが 出自だけでなく、流れ聞く数々の噂が 彼女の人となりに僅かな不安を抱かせる御令嬢でした。


『宰相 マリウス・ラスティ公爵の御令嬢 マレーナ・ラスティ嬢のご入場でございます』


 一部の者が苦々しく、また一部の者が羨望を持って。フロアで踊る男女を見守る中、最悪のタイミングで かの公爵令嬢が御到着されてしまいました。


 好奇の視線が集まる中、楚々と中央に向かわれる御姿は 幻想的とも言える美しさでございました。


 天空に燦然と輝く太陽のような伯爵令嬢とは対照的に、海のさざめきにそっと寄り添う月のように秘めやかな光を放つ公爵令嬢。どちらか優れているとか、劣っているなどという囁きは、私には無粋なものに感じられました。


 そんな公爵令嬢も ついには王太子殿下と伯爵令嬢の姿を瞳に映し、驚きと悲しみに立ち尽くしておられました。



 彼女を傷つける光景から どうにか気を逸らして頂きたく、幸いにも 私は給仕を承っておりましたもので、飲み物を手に お傍へと参りました。


 そんな私の耳へ。


『あらまぁ、お可哀相に。気を晴らす“何か”があっても宜しいのではないの?』


『ふふ……ワインまみれのドレスなんて、とっても悲惨ではなくて』


 笑い混じりの御婦人の会話が届いてしまいました。王宮に侍る従僕たる我が身、高貴なる方々を害する行いに加担するなど あってはならない事でございます。あの時の私は、きっと 公爵令嬢の諦めを滲ませた悲しげな風情に冷静さを欠いていたのでしょう。


 手に取った薄いワインをトレイに戻し、鮮やかな赤色で満たしたグラスを差し出してしまったのです。


 近くで拝見致しますと 穏やかな雰囲気を纏う公爵令嬢ですが、噂に違わぬご気性であったならば。その後は 目も当てられない悲劇が起こったことでしょう。



『ありがとう。いただくわ』



 穏やかな声音でグラスを手になさった公爵令嬢は ゆらりとグラスを揺らして瞑目し、その場で 濃いワインを飲み干してしまわれました。自らの想いも、悪意も、全てワインと共に飲み込むように。


 面白半分に。物見高く。彼女の挙動を注視していた御婦人達やそのパートナーは、まさかの行動に驚きを隠せない御様子でございました。かくいう私も、その時になって とんでもない事をしてしまった事実へと思い至り、後悔と罪悪感に見舞われておりました。



『少し酔ってしまったみたい。わたくし、もう 帰るわ』



 間違った飲み物を差し出した事を咎めるでもなく、手にした赤ワイン(悪意)を振りかざすでもなく、全てを身の内に飲み込んで。そんな公爵令嬢の瞳から たった1粒の涙が零れ落ちた瞬間、私は胸が潰れるような思いを味わいました。




 あんなにも清らかで悲しい涙は見たことがありません。




 寝物語で 想い人の幸せを願い身を引く深海の姫君が、静かに流す真珠の涙のように。そんな涙さえ振り切るように 会場を去る公爵令嬢の後ろ姿は、私も思わず涙を流したくなるような 儚い風情でございました。




 そんな感傷に浸っていた私でしたが、暫くの後に見舞われる驚きは天地が返るかと思うほどでございました。



 席を外しておられた隣国の国王陛下がお戻りの際に、お帰りになられたはずの公爵令嬢を 傍らに伴っておられたのです。


 御令嬢は先程までの大人しく控えめな装いから、大胆にも脚の一部を晒す(あで)やかな装いとなっておられました。聞くところによると、絹地のドレスに一面 同色の魔物糸で刺繍がなされており、近くで拝見すれば 得も言われぬ艶と光沢を放っておられたとか。

 普段から慎み深く、優れた気品を保つ御令嬢なればこそ。その変貌ぶりは会場に多大なる衝撃をもたらしました。


 恥ずかしげに頬を染める公爵令嬢と 彼女を片時も御側から離さない陛下の御様子に、あちこちで憶測が飛び交うさまが 目に見えるようでございました。



 後に流れて来た『一目惚れ』や『御婚約』という言葉に、私は胸の内で安堵すると共に ほんの少し残念に感じてしまったのは、どうか御内密に お願い致しますね。






 今は仲睦まじい事で有名ですが、隣国のハルディア国王陛下とマレーナ妃殿下の馴れ初めは このような顛末にございます。








皆違って 皆良い……というコンセプトの元、乙女ゲーム系や悪役令嬢ものでは 滅多打ちにされがちな王子様(王太子)とヒロイン(伯爵令嬢)もそれなりに持ち上げてみました。


隣国の国王様は、待ち伏せしていた確信犯です(๑•̀∀•́)q✧


拙作にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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[一言] 王子様とヒロインも『それなりに持ち上げてみました』 ……えっΣ(-∀-;)いや、ヒロインの容姿位しか持ち上げてないwww 『流れ聞く数々の噂が 彼女の人となりに僅かな不安を抱かせる御令嬢…
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