1.似たもの同士
ある土曜日のこと。
客でにぎわう暁の店を手伝う空は、気になる男女を見付けた。
ふわりと柔らかそうな緩いくっせ毛頭で、眼鏡を掛けた真面目そうな青年と、背中までの黒髪でスタイルの良い大人っぽい美少女だ。
一見タイプの違う二人だが、窓際の二人掛けのテーブル席で向かいながら、とても仲良さそうにメニューを覗き込んでいる。
「雅ちゃん、決まった?」
眼鏡の青年が話しかけると、美少女は、返事の代わりに小さく唸る。その表情は悩まし気で、まだどれにするか迷っているようだった。
「……スペシャルベリーズパンケーキか、スペシャルチョコレートパフェか~……あ~……やばい、できることなら二つ食べたい!」
案外食べるのか、美少女がためらいもなくそう言うと、青年は目元を和ませながら口を開いた。
「そっか、じゃあ、雅ちゃんがベリーズパンケーキにして、僕がチョコレートパフェにしよう! そうしたら両方食べられるから」
「え? いいの? 雪斗」
「うん!」
青年が頷くと、先ほどまで大人っぽかった美少女が、まるで子供のように歯を見せて笑いながら、わーいと喜ぶ。それを見て、青年の笑顔は、幸せだと言わんばかりに深まっていく。
彼女のこと、好きなんだろうな~。
空は、ふと自分も好きな人の顔を思い浮かべながら、この光景を微笑ましく見守っていた。
***
空の通う青宝高校では、委員が年に二回程変わる。
今回、美化委員から保健委員になった空が、委員会が行われる保健室へ向かうと、そこで思わぬ再会を果たした。
「え……!」
今回保健委員になった生徒の中に、先日暁の店で見かけた眼鏡の青年の姿があったのだ。
あの日は私服姿だったので、まさか、同じ学校の生徒とは思いもしなかった。
見られていることに気付いた眼鏡の青年は、不思議そうに空を見返す。
「……あの?」
「あ……っ、ごめんなさい! あの……、こないだの土曜日、○○町のカフェで見かけたので、まさか同じ学校と思わず驚いちゃって……! 実は……あの店、私の家族がしているお店で!」
空が見ていた理由を慌てて話すと、青年は驚きつつも、笑顔で丁寧なお辞儀つきの挨拶をしてくれた。
「えっ、あ、そうだったんだ……!? 初めまして、僕、一年四組の白尾雪斗です」
「あっ、私は、一年二組の小鳥遊空です……! 初めまして……っ!」
空も彼に習って挨拶と共にお辞儀をする。
「「ふははっ」」
顔を上げると、同時に笑ってしまった。傍目からすると少しおかしな光景に違いない。
しかし、黒髪で模範的な制服の着こなしをする空と雪斗の二人は、お互いに通じ合うものを感じていた。
気が付けば委員会が終わるころにはすっかり打ち解け合い、いろんな話をした。
恋の話も。
「――小鳥遊さんって、あの高羽君と付き合っているって本当?」
「うん、本当だよ……!」
未だ不慣れで照れくささをみせながら答えると、雪斗は目を輝かせた。
そこに見えるのは憧れや尊敬の色。
強い眼差しに圧倒される空を前に、雪斗は両手にぐっと拳を握って訴える。
「どうしたら、自分と違う世界の相手と付き合えるのかな……っ!?」
「え……!?」
空が突然のことに驚くと、雪斗はハッとして慌てて頭を下げた後、話しはじめた。
「あ、気に障ったらごめんね……っ! 馬鹿にしているわけじゃ決してないんだ! 僕と小鳥遊さんって似ている気がするから……っ、告白するのとか、勇気いったんじゃないかなって……」
雪斗の意図がわかった空は、大丈夫だよと前置きし、頭に当時のことを思い浮かべながら笑顔で応える。
「……私の場合はね、嬉しいことに、望夢君の方から告白してもらったんだけど……でも、白尾君の言う通り、私も気持ちを伝える時はすごく緊張したし、声が震えたよ……。勇気が出たのは、望夢君の気持ちを信じることができたから。望夢君が、私を信じさせてくれたから、応えようって思えたんだ」
「そうなんだね……。その……実は僕も、好きな人がいるんだけど……僕では釣り合わないような相手なんだ……!」
「……白尾君の好きな人って、お店に一緒に来ていた人だよね……?」
「え……っ? そ、そうだけど……っ、どうして……!?」
雪斗は顔を真っ赤にし、動揺をみせながら空をみつめる。
空としては、二人を見れば一目瞭然だったのだが、雪斗は思いもしなかったらしい。
「あの日、あの女の人と一緒に居る白尾君、本当に嬉しそうで、幸せそうで、まるで自分を見ているようだったから……」
空が気遣わし気にそう言うと、雪斗は耳まで真っ赤にしながらも、空と目を合わすと柔らかく微笑んだ。
「うん……。そうなんだ。僕……雅ちゃんと一緒に居ると幸せなんだ」
「その人、雅さんっていうの?」
「うん。他校に通っているんだけど、家が近所で、小さい頃からの幼馴染みなんだ。……雅ちゃんは、こんな僕ともずっと変わらず一緒に居てくれる。本当に昔から優しくて、綺麗で、男の僕よりかっこいいんだ。……だから、なかなか告白できなくて……」
最後は少し背中を丸めながら小さく零す雪斗。
彼の想いが強く伝わってきて、空は、彼の為に力になれることはないかと考えた。
その時、保健室に複数の足音が近づいてきて、生徒達が入ってきた。
人数は四人。いずれも男子生徒で、空や雪斗とはまったく重なる要素が見つからない見た目だった。
一人目は、襟足の長い明るめの茶髪にピアスだが、とても爽やかかつ大人っぽい。二人目は、鮮やかな金髪に釣り目がちな鋭い瞳をしている。三人目は、くせのない艶やかな首までの黒髪で、色白の中性的な顔立ち。そして、最後の四人目は、グレーの短髪に端正な顔立ちで、片耳にシルバーのピアスをしてる。
一瞬空間が静かになるも、内のグレーの髪の男子生徒が空を見付け微笑むとそれも一変する。
「空、終わったかー?」
「あ、望夢君、みんな! 終わったよ」
そう、このグレーの髪の男子こそが、空の彼氏の高羽望夢だ。元々中学の頃からその容姿も相俟って何かと有名だったようなのだが、空と付き合うようになって更に周囲の関心は高まった。
ただ、当人はそこまで注目されている自覚はない。なので、こんなふう
に、他のメンバーとふらっと空を迎えに現れたりする。
「じゃあ、教室帰ろうぜ」
「うん……あ、ちょっと待って!」
空は望夢に返事をしかけて、慌てて側に居る雪斗を振り返る。
「白尾君、大丈夫……?」
空は何時も一緒なので、彼らのこの雰囲気にも慣れてしまい、すっかり油断していた。雪斗は、初めてちゃんと目にする望夢たちに気圧されている様子で、表情が硬い。
「こいつ誰だ?」
そう雪斗を見て不思議そうに言ったのは、金髪に鋭い目の立谷飛鳥。見た目は猛獣クラスだが、昔から毛嫌いしている女子が側にいなければ基本は大人しい。
「四組の白尾だよ。俺、塾が一緒だったから知ってる」
飛鳥に応えたのは、彼を知っている様子の、茶髪で爽やかな久遠紫。医者一家の三男坊で頭もよく、落ち着きがあり、よく気が付く質。望夢とは小学校からの親友だ。
「ど、どうも」
「何で敬語? ……なんかこいつ、空の男版みてえだな」
飛鳥が思い立ったように雪人を見て零すと、飛鳥の小学校からの親友で常に隣にいる、首元までの黒髪で女子も驚く色白美少年鳴瀬海が、同じく雪斗をじっと見て頷く。
「あ、確かに。雰囲気とかも、どことなく似ているような」
すると、空は雪斗をもう一度振り返り嬉しそうに微笑む。
「やっぱりみんなもそう思う? 私達も、そう話してて、この時間で仲良くなったの」
「へえー……。珍しいじゃん、空がそんなすんなりなんて」
「うん!」
「……良かったな」
嬉しくて笑顔で頷く空だったが、言葉に反して、望夢に笑みがないのが引っかかった。
「望夢君……?」
もしかして、怒っている?
漸くそのことに気付いた空は望夢に言葉を掛けようと思った。しかし、その前にハッとした望夢が慌てて否定の言葉を口にする。
「空、悪い……! 何でもねえから……っ」
「えっ、そう……?」
「おう、大丈夫だ」
望夢は少し疑う空に対して笑みを作ってみせる。
「……わかった!」
少しの心配を残しつつも、空は笑顔を取り戻す。そして空は雪斗の元へ行くが、彼女の背中を見つめる望夢の口元は片手で覆われ、その下では困ったような微苦笑が浮かんでいた。
「――白尾君!」
雪斗は空が歩み寄ると、気が抜けたように小さくははと乾いた笑みを浮かべた。
「……クラス違うから生で初めて見たけど……やっぱ、高羽君達はかっこいいね。小鳥遊さん、彼と付き合っているなんて、本当すごいよ。勇気……見習わなきゃな……!」
「白尾君……っ、私、白尾君のこと応援したい……! 私にできること、あるかな!?」
「え……っ」
雪斗は呆気に取られた顔をするが、空は本気だった。彼の恋が叶うために、何か力になりたいと強く思ったのだ。
「小鳥遊さん……でも……いいの?」
「うん! 私で良かったら力になるよ」
「小鳥遊さん、ありがとう! ……あっ……の」
雪斗は笑顔になったが、何故かたちまち固まる。何だろうと思って視線をなぞるように振り返ると、真後ろには望夢たちが立っていた。
「望夢君……?」
「空、何だか知らねえが……そいつに力貸すなら、俺らにも言え」
「えっ、望夢君、それにみんなも……協力してくれるの?」
「仕方ねえからな」
驚きの表情で聞き返せば、望夢が少しぶっきらぼうに短く応じる。
飛鳥は特段興味なさそうだが、きっと力になってくれるのだろうと思った。そして、紫や海も、空に優しく笑いかけながら言う。
「空ちゃんのためだしね」
「俺たちで出来ることなら言って」
「……みんな、ありがとう。――白尾君、良かったね!」
「う、うん……っ」
空は真っ先に雪斗を振り返るが、空が見ていない瞬間を狙い、主に望夢によって視線だけの釘を刺された雪斗は、内心逃げ出したいほど縮みあがっていた。
そして、こんな彼らと一緒に居る彼女を、心の底から凄いと思ったのである……。