ストッパー
突然だが、伝説の剣と言われてどのようなものを思い浮かべるだろうか?俺は、目の前にあるような、石畳に突き刺さった剣を思い浮かべる。
ここは、一言でいうなら異世界。中世ファンタジーの世界と言えば、察しのいい奴はわかるだろう。そして、それを話している俺の正体も。
そう、俺は前世持ちの人間、トーマスだ。異世界転生というやつを経験して早17年。いまだに俺の隠されしチートは目覚めない。
今日は、勇者選定の日で、俺はあの剣を引っこ抜けるかどうか確かめに来たのだ。あ、これ強制だから。別に、俺が勇者になってやるとか、思ってきたわけじゃないから。
なんとなくわかると思うけど、あの突き刺さった剣を抜けたやつが勇者らしい。
俺は、自分の番が来るまでおとなしく列に並んでいた。何人もの人が伝説の剣に挑んだが、誰一人として剣を抜けた者はいない。いたら、俺はここに来ていない。
ちょうど次の挑戦者が挑むところだ。俺の前にいる人数もだいぶ減り、あと8人だ。だいぶ前にきたおかげで、その様子がはっきりと見られるようになった。
剣は石畳に垂直に突き刺さっていて、よく見れば、ストッパーのようなものが剣を掴んでいた。あれでは抜けないだろう。
俺の予想通り、挑戦者は剣を抜けずに、その場からとぼとぼと去っていった。
あのストッパーを外さないと、誰も抜けないじゃないか?
冷たい汗が流れた。もしかしたら、勇者はもう挑戦していたのではないかと。
一番の勇者候補と言われていた王子を思い出す。
もちろんこの国の王子で、文武両道、国民の信頼は厚く、この前は辺境の村を襲った竜を倒したとか。自由だな王子。
その王子が、一番に伝説の剣に挑んだが、見事失敗。それから騎士団長、騎士、兵士と挑戦していき、遂に平民まで順番が回って来てしまった。
どう考えてもあのストッパーのせいだとしか思えない。どうしよう。
気づいてしまったのなら、言わなければならないと思う。でも、それで抜けなかったら大恥だし・・・俺が抜くか?いやいや、勇者とか重い。俺の肩には重すぎる肩書だ。
そうこう考えているうちに、俺の前も残り一人になった。
「なぁ、トーマス。俺って、このために転生したのかな。」
そう声を掛けてきたのは、俺の前にいる前世持ち仲間、ガーストだ。彼は俺と違ってチートを持っている。その名も「無限スタミナ」。本当にこれは怖い。全然疲れないんだよ、こいつ。持久走とかいつまでも走っていられるし。
「そうかもな。」
確かにそうかもしれないとは思う。もしかしたら、彼ならストッパーが勝手に外れて剣を抜くことができるかもしれない。そう思ったら、イラついてきた。
なんでこいつばかり。チート持っているだけで、ずるいだろ!
「あ、俺の番だ。またな、トーマス。」
「あぁ、頑張れ。」
失敗しろ。
俺はかなり性格が悪い。心からの応援は出来ないんだ、悪いな。
ガーストは剣を手に取って、引っ張った。ストッパーがカタカタと震えているのを見て、まさか、と思う。
しかし、それ以上のことは起こらず、俺の番が来た。来てしまった。
俺は剣の前に立つ。
ストッパーの外し方がわからないのなら、俺も剣を抜くことは出来ないだろうと思っていたが、俺はすぐにそれに気づいた。いや、気づかない方がおかしい。
剣の柄の部分に、小さなスライド式のスイッチがあった。それには「LOCK」と書いてあった。おい、前世持ちぃぃぃぃっ!
どくどくどく、心臓が嫌な音をたてる。
俺は、この剣を抜ける。
伝説の剣を抜きますか?YES/NO
まずい、選択肢が現れた。それも、時間制限ありだ。
なかなか剣を抜こうとしない俺に、見張りの兵士からの視線が突き刺さる。
勇者、俺になれるのか?
何の取柄もない俺が、勇者になっていいのか?
よくない。でも、俺はそんな常識を凌駕する欲望に身を任せた。
俺だって、主人公になりたいんだ!
ストッパーが外れて、俺は重い剣を抜き始めた。だが、何の取柄もない俺では、剣を抜くのに時間がかかった。それでも、周りの人々は少しずつその姿をあらわにする伝説の剣と俺に期待を寄せた。
おそらく、10分はかかっただろう。やっとのことで剣を抜いた俺は、その日勇者となった。