「知らない」のおじさん
あるところに、なんでも「しってる」と答える、独りのおじさんがいました。おじさんは、どんなことを聞かれても、「しってる」と答えていました。
しかし、くわしくは答えようとしてくれません。
じつは、あまりしらないことにも、しってると答えていたのです。
なぜ、そんなことをするのか。
おじさんは、むかしむかし、まだ8さいのころ、「しらない」せいで、とてもキズつくことがあったのです。
あるとき、がっこうのおともだちに、
「おまえ、コレしってる?」ときかれました。
おじさんは、ほんとうにしらなかったので、
“しらない”とこたえました。
そのとき、「えー、おまえしらないの?はずかしー。」といわれ、おじさんは、とてもキズつきました。
ムネがじくじく、そしてヒュッとちぢまったような、フシギなかんじがしました。
それからというもの、おじさんは「しらない」ということが、とても、とってもこわくなりました。
そんなとき、おじさんはほんとうは“しらない”のに、おもわず「しってる」ということで、たすかったことがありました。おじさんは、とてもよろこびました。
しらないのに、「しってる」というだけで、はずかしいオモイもなんにもしなくてすむのです。
それからは、しっていても、しらなくても、きまって「しってる」とこたえるようになりました。
ですが、いいことばかりではありません。
しらないくせに、「しってる」というおじさんに、だんだんと、おともだちはいやになり、いつしかおともだちではなくなりました。
ほかのこも、そのことを“しってる”ので、おじさんとおともだちになろうとしてはくれません。
おとうさんも、おかあさんも、いもうとも、せんせいも、みんなおじさんの“しってる”というコトバをしんじてはくれません。
それでも、おじさんは「しってる」といいつづけました。
そして、きがつけば、おじさんはおじさんになっていました。
おじさんは、しらないことにも“しってる”といっていたので、おとなになって、おしごとをしはじめてからも、とてもくろうしました。
ほんとうは、おじさんもしらないことは、“しらない”といいたかったのです。
けれど、また「知らないの?恥ずかしい。」といわれるのが、こわくてこわくて、いいだすことができず、けっきょくは、「しってる」と答えるしかなかったのです。
そんなつらいおもいをしながら、まいにちをすごしていたあるとき、いもうとのコドモ“めいっこ”である、真理ちゃんにであいました。
真理ちゃんは、とてもしょうじきで、あかるく、それはそれは“しりたがり”な、5さいのおんなのこでした。
そんな真理ちゃん、やっぱりおじさんにもたくさんおはなしをし、しりたがろうとしました。
そしてしばらくすると、とうとうおじさんがしらないことをきかれてしまいます。
そこでも、やっぱりおじさんは、「しってる」と答えました。
ですが、真理ちゃんのしりたがりはおわりません。
おじさんが「しってる」と答えたことを、もっともっとしりたいと、おじさんにねだったのです。
おじさんはこまりました。
おしえてあげたくても、ほんとうは“しらない”ので、おしえてあげることができません。
きいてもきいても、まったくおしえてくれないおじさんに、真理ちゃんはふしぎにおもい、なんとなく
「おじさん、ほんとうは“しらない”の?」ときいてしまいました。
どきりと、ばれてしまったおじさんは、おもわずだまってしまい、そのあとに、ちいさいころとおなじようにいわれてしまうのではないか、とこわくなりました。
真理ちゃんは、とてもかしこいこ。
そのようすに、おじさんがほんとうはしらないのだと、しらないのに「しってる」と答えていたことに、きがつきます。
そこで真理ちゃんは、こう答えました。
「もう、しらないならしらないって、はっきりいえばいいじゃない。うそをつくのは、どろぼうのはじまりってママがいってたよ。」
「べつにしらなくても、はずかしくないよ。まりはしらなくても、ぜんぜんはずかしくないもん。」
「だって、しらないなら、しろうとすればいいだけなんだから。」
おじさんは、おもわずなみだをながしてしまいました。
真理ちゃんのいったことは、べつにとくべつなことではありません。
かぞくにも、せんせいにもおなじようなことはいわれました。
ところがそのときは、「ボクのきもちをなにもしらないくせに、そんなこというな。」とおこって、きくみみをもちませんでした。
ですが、真理ちゃんのばあいは、ちがいます。
おじさんは、あのころのじぶんよりもちいさい、とても年がはなれた子がいったことで、すごくあっさり、すとんっと、そのコトバをうけとめてしまいました。
あまりにもあっさりと、うけとめてしまったおじさんは、ポツリとつぶやきました。
「そうか、知らない事は別に恥ずかしい事ではないのか。」
「知らないのなら素直に知らないと言い、その事を知ろうとすれば良かったんだ。」
そう、おじさんはこのとき、はじめてむかしのこわかったおもいでに、うちかったのです。
それからのおじさんは変わりました。
ごくふつうの事だけれど、それまでとは違い、なんでもかんでも「知ってる」と言うことはなくなりました。
また、家族やおしごとの仲間たち、これまで迷惑をかけてきただろう人たちにも、謝りました。
そして、姪っ子の真理ちゃんとは、親子くらい年がはなれていますが、とってもなかよしになりました。
2人が知らないことを見つけては、そのたびに2人でいっしょに調べてみる。
気になったことがあれば、いっしょにそれをやってみる。
おしごとがない日には、おじさんは決まって、真理ちゃんに会いにいきました。
2人はすっかり、なかよしこよし。
年はとってもはなれていても、2人はりっぱな“おともだち”でした。
---------おしまい---------
処女作です。
実は、心が逸り過ぎて絵本の表紙や裏表紙の詳細な構図や、描いて貰いたい作画の方の事も考えてあります。
ちなみに、「隠し要素あり」とキーワードに載せたように、その表紙や裏表紙にも隠し要素が存在します。
*本文で漢字が増えたり減ったりしますが、それは仕様であり、それ自体にも意味があります。