見つめてプレアデス
某RPGアプリとか、某野球アプリとか、某パズルアプリとかを見て思いついた。
剣と魔法の世界プレアデスにある貴族が集う王立学園。そこに通うことになる一人の少女。
彼女は人の想いと僅かながら未来が見える『星映えの瞳』という能力に目覚める。
それはかつてこの世界の女神が持っていた力であった。
やがて彼女はその力と共に、人の心と世界を救う……かもしれない。
それが、【見つめてプレアデス】のざっくりとしたあらすじだった。
そこに転生した私は右往左往七転八倒四苦八苦したものだ。
ましてや生まれ変わった先は『星映えの瞳』を持たない、ライバル令嬢。
名はルージュ・ルビュ・エグランティーヌ公爵令嬢。
真っ赤な髪に真っ赤な瞳、に泣きぼくろ。その上縦ロールと三つ編み。
盛り過ぎるのもいい加減にすべきだと思い、今は直らない癖毛の縦ロールのみにしてある。
クラスメイトであり、いくつかのストーリーでヒロインの恋人候補の婚約者になり、
最後は気持ちよく負けてヒロインと恋人を祝福する、という。
いわゆるツンデレキャラで、人気もそこそこあった、はずだ。
二次イラストはたくさん見たような記憶はある。作画コスト莫大なのに凄いなと感心してた。
が……生前の私は、未プレイだった。持ってるスマホが対応してなかったから。
プレイのためにスマホを買い替えようと思って出かけた時に何かがあって死んだ。
それが私の最期の記憶。事故だか急病だか天災だかも不明だ。
ただ、死んで生まれ変わったという事実にどう立ち向かうかに
右往左往七転八倒四苦八苦していたわけで。そう、綺麗さっぱり忘れていたのだ。
自分がどうして、みつプレを始めようと思っていたのか。
「えー、今日は転入生を紹介する。それも複数だ。皆、入ってきなさい」
ガラリ、と教室の扉が開く。教室の形状は大学のソレのように階段状になっている。
入ってきた転入生は複数。その先頭にいる青年が不満気に顔を歪めている。
「下郎め!俺より高いところにいるとは何事だ!降りよ!」
教室の形状的に無茶だよそれは、というツッコミを冷静な私が脳内で入れた。
冷静じゃない私は、多分目も口も大きく開けた令嬢失格の間抜け面をしていた。
薄紅色のオールバック。そこらの貴公子よりずっと鍛えられた肉体。
前時代的でさえある大きなマントと、あと変な飾りがついたタンクトップ。
「やめんか、シャクナゲ。彼らは皆同じ学び舎の同志たちだ」
隣には柔らかな黒髪の人。こっちも鍛え上げられた肉体をしている。
でもやっぱり変な飾りがついたタンクトップを着ている。
ぽかんとしている私や同級生を置き去りに、彼らはギャアギャアと喚いている。
薄紅色の傲岸不遜な男はシャクナゲ。彼を咎め宥める黒髪のコチドリ。
コチドリに絡む紫髪を三つ編みにした男はセルシス。心ここにあらずといった緑髪の男はロカイ。
四人とも、とてもではないが十代には見えない。顔が濃い。筋肉がパツンパツンだ。
私は彼らを知っていた。名乗られる前から知っていた。一目見て思い出した。
どうして、忘れてしまっていたんだろう。潤む目をごまかすようにこすって、はっとする。
視線を向けた先、本来のヒロインである少女は恍惚の表情で彼らを見つめている。
周りに座るヒロイン親衛隊(多分攻略対象だ)は全く気付いていないが、
あんなに心の底から嬉しそうなヒロインの顔は初めて見た。
悪役転生もののヒロインには、なんか電波な娘が多いイメージだったから、
今まで絡まれるのが怖くてあまり喋ったことはないけれど。
黄金色の髪のヒロイン――確かミモザという名前だったはず――は、視線に気付いたのか、こちらに顔を向ける。
目を丸くしたので、私の何かしらを察したらしい。
きっと、彼女も転生者。私は両手の指を曲げて三を作り、組み合わせる。
『六連の誓い』あの頃、この動作はそう呼ばれていた。
そうして、ヒロインもまた同じ動作を返す。目が輝く。私たちはきっと仲良くなれる。
「不思議ね、ずっと同じクラスにいたのにはじめましてのようだわ」
「私も、です。関わることも、ましてやあなたの想いと未来を見ることも、避けていましたから」
放課後。女子寮の私の部屋で向かい合う。二人きり、邪魔は入らない。
「……あなた、みつプレはプレイしていたのかしら。私は未プレイだったの」
「あ……え、っと、一通り、はやってました。でも、まさか」
ほぉ、と息を吐くミモザ。その目は潤み、頬は赤く染まっている。
「【六連の極・ホイップ】とコラボしてシャクナゲ様が実装するとは思いませんでした……」
「わかる……山口県とのコラボとか月間ひなどりとのコラボでもびっくりしたけど……」
【六連の極】という格闘バトルものの少年漫画があった。
男たちの熱い戦いと愛と友情と哀しみの物語で、アニメにゲームにと大人気だった。
それが何故か連載終了後二十年以上経ってから、突然ギャグスピンオフが始まった。
【六連の極・ホイップ】。原作通りの濃い絵柄で繰り広げられる愉快な物語に
しょっちゅう笑っていたものだ。そう、だから私はみつプレをやるためにスマホを変えようとしたのだ。
全く接点がないわけではない。作中で主人公:一極が使っていた流派が六連流、
六連とは昴のこと――すなわち、プレアデスだ。
「単刀直入に聞くわ、誰推し?」
三つ指を三本差し出せば、楽し気に指を絡め返してくる。
「勿論、シャクナゲ様です! 原作の悲しい過去を背負ったカリスマ溢れる彼も、
ホイップのそんなことを普段はおくびにも出さない子供っぽい彼も、
ゲームでは紙装甲ですぐ足が吊っちゃう彼もみんな好きです!!!」
三本指を絡め合うこれは、作中でもよく使われていた『六連の誓い』という動作。
嘘偽りない、心からの言葉を互いにぶつけ合うときのもの。
「よし、被ってない! 私はセルシス推し! 拗らせ残念な美形ナルシスト大好きマン!
ホイップでセルシスはSじゃなくてCって指摘された回大好き!」
「わかる。めっちゃいいですよね……」
同じ作品を愛するもの同士、私と彼女の夜はまだまだ長くなりそう。
それを知るのはきっと、女神プレアデスの瞳だという二つの月だけ。
そうして、私と彼女は素敵なお婿さんをゲットして幸せに暮らした。
子宝にも恵まれたし、領地は安定していた。
コチドリとロカイもこちらで結婚して骨をうずめた。
たまにシャクナゲの思いつきに振り回されたけど、それも慣れると楽しかった。
私たちより先に逝ってしまった夫も、きっと幸せだと思ってくれていたことと思う。
「……向こうで、前世のことを話したら、叱られますね」
病床の彼女が自嘲気味に呟く。私は首を横に振った。
かつて黄金色だった髪は、潤いを失いながらも綺麗な銀色に。
それが彼女と私が重ねてきた年月の証だ。彼女の夫も、死ぬ前はそんな色をしていた。
血が繋がってはいないはずなのに、彼の育ての親だった老人に似ていたものだ。
「私、捻じ曲げた。あの人達の誇り高い死を、捻じ曲げた」
「……ホイップの時空からきた人たちだったわ。もう、捻じ曲がったあとよ」
「ええ、わかってるんです。でも、あの人がいなくなってから、
あの、しわくちゃのおじいちゃんになった、穏やかな死に顔を見てから、
本当に正しかったのか、わかんなくなったんです」
「……そうでない、死に顔を忘れるには、私たちは彼らを好きすぎたわね」
好きだった。彼らを好きだった。六連の極では、主人公やラスボスとの死闘の後、
命を落としてしまう彼らが好きだった。だから、生きてほしかった。
作中やったことを思えば、穏やかな死が許される人たちではなかった。
無辜の民を苦しめる外道として、シャクナゲもセルシスは物語に現れた。
ロカイは主人公の最初にして因縁の強敵だったし、
コチドリだって生き別れた妹を探すために両手を血に染めた人だった。
彼らのせいで死んだ人、彼らが殺した人は、きっと私たちが考えるよりずっと多い。
死闘を経て互いを認め合いながら誇り高く、それでも綺麗にとは言えない、
少年漫画故の惨たらしすぎる死に様だったことを、忘れられない。
あんな風に死んでほしくなかった。ましてや、原作での鬱屈を忘れて
心底愉快そうに笑う彼らに、どうして幸せに生きて死ぬことを願わずにいられただろうか。
「真実を知って、六十五年連れ添った相手への愛情が消え失せるほど、
あの人達はきっと狭量じゃないわよ」
「そう……ですかね……それでも、やっぱり……私は、拳を、」
ゆるゆると彼女のまぶたが降りる。息はまだある。眠ってしまっただけだ。
それを確認すると部屋を出る。扉から出たところで、彼女の孫娘が困ったような顔をした。
「ルージュ様、おばあさまは?」
「眠ってしまったようだから、お暇するわ」
孫の中で一番ミモザに似た顔立ちの少女は、そうですか、と呟いてうつむいた。
彼女の後悔の一つ。祖父と同じ特異な肉体的特徴を引き継いでいて、
本来ならば拳を受け継ぐべきだった子供。
泣きながら反対した彼女にほだされて、あるいはもっと色々思考を巡らせて、
自らの師が命懸けで伝授した千年以上続く流派の秘奥を彼はここで失伝させた。
それを思い出し悔いる我が友人は、もう長くはない。そしてきっと私自身も。
「好きになった相手に、生きてほしいと望むことが罪なものですか」
言い聞かせるように口中で呟いて、待たせていた馬車に乗り込む。
思い悩む彼女が、そして口先の慰めしかできない私が、
愛する夫と同じ場所にいけるように。この思考が杞憂だと判明するように。
どうか――見つめて、プレアデス。
悪役令嬢である必要は多分なかった。今は反省している。




