自分も辛い 君も辛いのね
開口一番、吉田は唖然とした。
想像以上の人の群れ。ツアー集合場所の駅前に大勢の旅行客がいたのだから。
しかも、失礼ながら冴えないタイプばかり。
人間関係に恵まれて、他人にいつも高評価されて輝いているのうな輩はとてもじゃないがいなさそうだ。
「(唖然)スゴイ数だ……。(苦笑)まぁ、皆考えることは同じか」
吉田も大人しく旅行客の集まりへと入って行った。
「あのー。一応訊ねますけど、ここって異世界旅行のですよね?」
吉田は目前にいる大柄な青年に声を掛けてみる。
「あぁそうだよ」
大柄な青年は振り向き、吉田の顔を見てそう答えた。
すると、吉田は小声で耳打ちするように、
「正直、どう思います? 胡散臭いと思いませんか?」
大柄な青年は少し考え込んで、
「確かにそう思えなくもないさ。でも自分、現実世界に居場所がない気がしてさ」
「居場所?」
「自分、石本と言うんだけど、今まで野球やっていたんだ。甲子園でもそこそこ活躍して、大学からプロ目指そうと思っていたんだ」
吉田は自然と納得した。石本の逞しい体躯からスポーツマンであることに強い説得力を感じたからだ。
「でも、致命的なケガをしてしまって……。今更、野球以外で生きていく姿を他人に知られたくない。そう思っちゃって……」
「そうでしたか。僕は就職が上手くいかなくって。だから、半信半疑でひとまず異世界なる場所がどんなものか見てみようかと」
「はぁ」
「まぁ、現実世界より住み心地の良い場所ならいいのですけどね。そんなうまい話、ないかもだけど。だからこそ、試しにここへ足を運んだのですよ」
「そっかぁ。イイ場所だといいですねぇ。異世界」
「ですね……」
「ん?」
吉田が反応し、見やった先にはバスが。
そう言っている間にバスが到着した。
「バスの窓ガラス、壊そうと思えば壊せますか?」
吉田は真剣な面持ちで石本に問う。
「う~ん。ケガしていない方の腕なら多分……」
「そうだ……」
吉田はリュックからがさごそとあるモノを取り出す。
それは風の時などに使うマスクだった。
マスク1袋分を吉田は石本に渡す。
「これを」
「マスク?」
「バスの中で睡眠ガスがバラまかれた時用のものです。僕の分はまた別にあるので」
「は、はぁ……。じゃあ、貰っておこうか」
石本はマスクを受け取る。
「用心深い人だな……。そんな準備の良い人が採用されないなんて……」
「面接なんて、嘘つき大会さ。外っ面に良い詐欺師みたいな奴の独壇場なのさ」
唾棄するように吉田はそう返答した。
石本は早速マスクを装着する。
吉田もマスクを装着。
想定しうる危険から身を守る為に備えた。