こんなドエロい目にあいたい3
雲ひとつ無く、澄み切った青空。あの青空と気温に殺されそうな本日今日この日。
俺は年に二度行われている世界最大規模の同人誌即売会に参加するため、遥々田舎から延々とバスと電車を乗り継いでいた。片道5時間という荒行の真っ只中である。
それも後少しで到着するまで来ていた。
(暑い。このバス、クーラーちゃんと動いているのか?まるで蒸し風呂だ)
動いている。昭和後期、三種の神器とうたわれた日本を代表する家電、クーラーはその機能を十全に発揮していたが悲しいかな、
(まぁそうだよな。俺たち、むさ苦しい男たちをキャパシティ限界まで載せてんだ。限界なんだろう)
おのおのが胸に宿す熱く煌めくソウル。欲望と願望が混ざり合い、なんかもうよくわからない感じになっている男たちの熱には打ち勝てなかったらしい。ゴーゴーとただうるさいだけの機械と成り果てている。
「見えてきたぞ。神秘と欲望の逆三角形。 俺たちの戦場だ」
誰かが言った。言われなくてもわかっている。俺たちはこの日を迎えるために最善を尽くしてきた。 貯金を切り詰め、日程を調整し、体調を万全に近い状態へ。気持ちも体も少年時代に戻ったかのようだ。 勝てる。 根拠のあやふやな自信が胸からこみ上げる。これは自分との戦いなのだ。
雰囲気に飲まれ、会場到着前にバス内全員のボルテージはゲージを振り切り青天井だ。
よこしまな思いを積載量限界まで積んだバスは動きを止めた。おぞましい中身に耐えかねたのか、ぎこちのない動きでゲートを開放する。
幸い、前列に居た俺は早い内にバスから下車し、新鮮な空気を取り込むよう深呼吸をした。
「外のほうが涼しいな。いい風だ、歌でも歌いたい気分だ」
肩で風を受けながら、空を仰ぐ。
ふと数年前、親父が連れてきた新しい家族の事を思い出す。
俺の本当の母親は俺を産んだ後、亡くなった。
だから男2人で暮らしてきた。寂しいかと言われると、寂しかったと思う。親父は帰ってくるのが深夜遅くだったから、顔を合わせる事があまりなかった。
平日は棚に入ったカップ麺&レトルトオンリー。こいつらは早い安い美味いの三原則を兼ねているが、寂しさを埋めてはくれなかった。
親父が休みの日は手の込んだ料理を作ってくれた。何時だったか、泣きながら食った思い出がある。
そんなこんなが続いた。
そして、新しい家族との出会いは突然だった。
「よろしくね、一くん」
「よ・・よろしくおねがいします。はじめお兄ちゃ・・にいさん」
何しろ親父が家に二人を連れてくる当日まで、何一つ欠片も言わないもんだから完全に寝耳に水だった。
「はい?・・宜しくお願いします・・?うん?」
新しい家族4人での生活。戸惑いだらけだったけれど、概ね上手く行ってると思う。
義母は優しく、丁寧で。きっと母が生きているとしたら、こんな感じなんだろうと思わせる人だ。
新しく出来た妹は勤勉で気が利き、控えめに言ってもパーフェクト美少女だった。
美少女が突然一つ屋根の下に? ヤッター! とはならなかった。なんせ女に免疫なんて学校で少し喋るぐらいしかついていない。今まで男二人で暮らしていたものだから勝手がわからず、俺は物凄く気を使っていた。
妹・・名前は楓。俺が壁を作っていた事を見抜いていたのだろう。
一緒に映画を見よう、一緒にゲームしよう。一緒に――
壁を壊すのではなく、脚立をかけてくれた。
離れているようで、近いようで。そんな一定の距離を尊重した関係になれた――と思う。
俺の寝ているベッドに入り込んで一緒に寝よ? と言われた時は流石に遠慮した。
そんな俺達家族の内、楓は部活友達と沖縄へ合宿に行っている。親父と義母は共に旅行で今頃イチャコラしているのだろう。弟か妹が出来たりするかもしれない。
俺? 建前は友達と北海道へ小旅行だ。本音はエロ本即売会に単身で突撃だ。 帰ってからもしばらくは一人なので色々と楽しめるだろう。
ともかく、良い子だ。将来はきっと、良いお嫁さんになる。
○
まったく関係の無い話、この日の外気温は驚きの35度! 人間、真夏日がこうも続くと慣れるどころか適応してしまうものなのだろうか。 慣れとは恐ろしいものである。
○
目当てをあらかた買い集めた後、箸休めに俺はコスプレブースに来ていた。
目的は一昨年から徐々に流行りだしたゲーム、ファイト/ムーブモーニングのコスプレを鑑賞するためだ。
(とは言っても・・あれじゃ近寄るどころか見ることもかなわないな)
コスプレイヤー一人に対してカメラを携えた人が連なる山脈。360度、入り込む隙きが欠片もない包囲陣が完成されていた。
(ま、遠くからでも十分楽しめるか。おいおい凄いな作中屈指の痴女キャラまで居るぞ。気合入ってんな)
あんな露出して今日湯船入ったら日焼けで生き地獄だろう、とかありゃ外人さんか?やっぱ雰囲気違うなぁとか毒にも薬にもならない感想を心の中で述べながら丁度一周したあたりで騒がしい、もとい元気の塊のような二人組のレイヤーが目に入った。
「われの聖剣をなんじに捧げよう! うおおおおおおおおお! グランドクロス!」
この炎天下の中、体全体を使ったキメポーズ。相当な努力を積んだであろう、そのキレッキレの動きには細部の細部まで原作をとことん厳守、おのれを殺しきり、まるで私がヒロインだ! と言わんばかりの力強さがそこには在った。
「塵芥に成るがいい! 天網恢恢滅砕陣!」
こちらのレイヤーはポーズの荒々しさとは裏腹に、色気たっぷりの緩急な動きを駆使し、エロかったり凛々しかったり様々なポーズをとっていた。ほぼ完全再現された衣装、真に迫る演技で本当にキャラクターが目の前に居るような、そんな錯覚をしそうになる。
遠くから眺めていても魅力が伝わってくる。間近で見るとどうなってしまうのか。あまりの輝きに視力を失ってしまうかもしれない。それもまた一興、俺は膨らむ好奇心と興味を抑えられず、人の波を失礼にあたらない程度にかき分け、先頭に出る。
「すごいな」
思わず見惚れ、言葉にしてしまう。迫真の演技もさることながら二人共、他とは一線を画す美少女だ。包む衣装もレベルが高いとなるともう感嘆の一言。良いモノを見れた。心の底からそう思う。
思ったよりもすごいと言った俺の声が大きかったらしい。気がついた元気な方のレイヤーが手に持った剣を俺に突き出し、
「凄いでしょ! ここまでに仕上げるのにどれだけ頑張ったか!」
「こら、楓ちゃん! テンション上がっちゃうのもわかるけど、約束したでしょ? キャラ、崩壊してるよ」
怒られてしゅんとしてる所まで絵になる。うーん美少女は得だなと頭は方向違いをしながらも、心は邪魔をして悪い事をしたと底から思ったので謝りさっさと場を離れようと・・楓?
そういえば、さっきの声も聞き覚えがある。許される範囲で近寄り、よーーく見てみる。カツラと化粧で様変わりしているが、間違いない。この背丈と雰囲気、かえでだ。
元気なレイヤーも何か察したのか顔色がみるみる内に真っ青になる。
「おおおおお前まさか、か、かえで?確か部活仲間と沖縄行ってるって話じゃ」
お前此処で一体何をしているんだ! 嫁入り前の女の子がこんな不特定多数の男に囲まれてパシャパシャされているなんてけしからんにも程度があるだろ! いい加減にしろよ! ここは義理とはいえ兄の俺が説教を・・ここまで考えて、持って背負ってぶら下げている戦利品の数々を思い出し俺も真っ青になる。
「ににに、に、にいさん!? ああああの、にいさんこそ友達と北海道に行ってるハズじゃ」
「いや誤解だ! まってくれ! バスと電車の乗り違えを4回したらたまたまここに着いてたんだ! 本当だぞ!」
ここ数年で出した事の無い力をフルマックスに使い、手振りでも”俺が此処に居るのは偶然”だと伝えようとブンブン降った。その勢いでエッロい女の子達がプリントされた紙袋から飛び出した俺の戦利品。
「まだ何も言ってないよ! ・・この同人誌の女の子、今期アニメの妹キャラじゃ」
「そそそそそれは誰かの落とし物を偶然、たまたま拾ったんだ! 丁度どこかに届けようとしたんだよなぁ! ハハ!」
これまで例を見ない頭の冴えでポンポン閃く言い訳の数々。
言い訳を披露する度、かえでの白々しい目線がどこか生暖かいものを見る表情に変化していくのは気の所為だろうか。きっと気の所為だ。
このままだと泥沼にずぶずぶ入ってしまう。少しばかり焦った俺は自分の事は一度棚に置き、かえでを問いただす構えを取った。
「楓だってここで一体何をしているんだ! 嫁入り前の女の子がこんなは・・破廉恥な格好して! お兄ちゃん許さないぞ! それに知ってるんだぞ! これ終わった後みんなしておおおおお、オフ○パコするんだろ! くそったれぇ!」
羨ましいぞ!
「えっちな漫画の読みすぎだよにいさん! 一旦落ち着いて、ね? 私達は純粋にコスプレを楽しんでいるだけだよ」
人の群れとこの天候、俺の茹だった頭は――
「とりあえず帰るぞ! これは教育が必要だな!」
人が聞けば若干誤解を招く言い方になってしまったが致し方なし。帰ってからエロ漫画で培った常識をみっちり教え込む意気込みで出口へと向かおうと――
後頭部に鈍痛が走り、そこで俺は意識を手放した。
○
目が覚めた。
どうやらベッドの上に寝かされているらしい。耳を済ませるが――物音一つ聞こえない。
ともかく、倒れてここまで運ばれてきたのだろう。此処は救護室かだろうか。
痛みに目をしかめながら体を起こそうとするが、身動きが取れない。
「一体何だって・・縄?」
手首と足首が縄でガッチリ固定されていた。
うーんそこまで重症だったのか。俺は一体何とぶつかったんだろうと考えていると――
「やっと目が覚めたんだね、にいさん」
「おっ起きた起きた。それじゃあ私は外で待ってるから。羽目を外しすぎないようにね」
「うん! もっかい確認するけど、ココ、防音だったよね?」
「ふふっ心配性なんだから。 そうよ、完全防音。 だから気にせずいっちゃいなさいな」
楓ともう一人、コンビを組んでいたレイヤーが居たが、俺が目が覚めるとそそくさと部屋から出ていってしまった。気を使わせてしまったのだろうか。
ありがとうの見送りの言葉と共に、部屋の鍵を閉めた楓。
扉を前にしてこちらに背を向ける楓に俺は――
○
「悪かったよ、楓。ちょっと取り乱した」
私は振り返り、笑顔で――
「いいよ、気にしないで」
にいさんがほっとした表情で胸を撫で下ろす。小動物みたいにコロコロ変わる顔、私は好きで好きでたまらない。 少し、何時もみたいに意地悪をしたくなった私は、兄さんが買った同人誌の山に指を差して――
「ほら、にいさんが買ったえっちな本、そこに置いておいたよ」
まーた真っ青になった。いいんだよ、私は兄さんの事をみんな知ってるんだから。
「そそそそれより俺は一体何で気を失っていたんだ? 目がさめたら縛られていて身動き取れないし、そこまで安静にしなきゃならん状態なのか? 別段何ともないぞ」
「ふふっ、そんな事はどうだっていいじゃない。ね、私の格好どうかな?」
あの時、少し面倒な事になりそうだったからトン、と首の後ろを手刀で打った。少し目覚めるのが遅くて心配したけれど、にいさんは丈夫だから。平気だよね?
「おぉ気づかなかった。 似合ってる似合ってる。確か今流行ってるなんたらレーンのキャラだよな」
「正解! にいさんもこのキャラのえっちな本いーっぱい買ったよね。 ほら、例えばこれとか」
私は左手に同人誌を持って、表紙と同じポーズをした。ちょっと下着が食い込んで、少し苦しいけれど。にいさんがその気になれるように私も頑張らないとね。
ほら、こことか引っ張ったら、もう全部見えちゃうよ。にいさん。
――セーラー服をベースにとことんまで肌晒す事だけを意識して作られた改造制服。特に下半身の露出が高く、先輩レイヤー達も着るのをためらう程の上級者向けのコス。
にいさんの買った同人誌をさっと読んだら、このキャラのえっちな本が多かったから。きっと好きなんだろうって友達が用意してくれたんだ。・・着るのはちょっと恥ずかしかったけれど、にいさんに見せるならいいかな。
それに、これからもっと恥ずかしい事するもん、別にいいよね。
「ングッ!・・わかった降参だ。お前の好きなもの上から3つ買ってやるから、ここは一つ今日見た事は全部胸に閉まってとりあえずこの縄、解いてくれないか」
言質、いただきました。ふふっ相変わらずチョロいね、にいさん。
「うん、いいよ。でも、今言った事を忘れないで」
こんな機会、もうないだろう。だから――
私は解くフリをして、兄さんに近づく――
○
「忘れないさ。 お前との約束、今まで破った事は無いだろ? あっ、でもどんだけ高くても1万以内で――」
「大丈夫だよ。 私が欲しいのはモノじゃないから」
楓は、俺が拘束されているベッドの上に乗り、仰向けになっている俺の腰に座った。
先程楓がとった際どいポーズの影響で、俺の半身は半分天を突きかけていた。楓の前でこれはまずいといった精神力と、拘束されている内稼働が効く範囲で膝を曲げる事により、ギリギリ誤魔化せていた次第。
「おっおい。楓?」
これはまずい。俺の精神力はそんなにタフではないのだ。
「にいさん、こっち向いて」
「あぁ、ちょっとまってくれ。男の子には色々事情があってな、今ポジションを――」
刹那、楓は俺の顔を両手で支え、視線がお互い重なるようあわせた上で――優しくキスをした。
「んむ!?・・か、楓?」
「ね、にいさん。ここってどんな場所かわかる?」
ほとんど不意打ちでファーストなキスをしてしまった事実は一度横に置いておく。もしかしたら先程の一瞬ものすごく重力がかかってどうしようもない不可抗力だったのかもしれない。
俺は見てみぬふりを出来る大人なのだ。
「・・まだ会場内だろ? 救護室かどこかじゃんむっ――?!」
先程と打って変わった乱暴なキス。 無意識にくちびるを閉じ、抵抗するも舌でこじ開け口内をねぶられる。淫靡な水を打つような音が部屋中に響く。たまらず俺は顔を背け、一方的なディープキスから逃れようとした。が、楓がしっかり手で顔をホールドしているので、それもままならない。
「ぷはっ。おいしかった」
ごちそうさまでしたと言わんばかりの顔をして、楓は――
「ふふっ、本当ににいさんはピュアだよね。 そんな所、大好きだよ」
顔をホールドしていた手をゆっくりほどき、大の字で拘束されている俺の二の腕を枕にするように頭を乗せて、楓も横になる。
「ねー。私の下着がよくなくなるんだよぉー。何処にいったか兄さん知らないかな?」
急に猫なで声になり、楓は俺の耳元に顔を寄せた。
拘束されていないにもかかわらず、顔が動かせない。今、楓の目を見てしまったら――
「部活で使ってるフルートもね、知らない内に誰かに使われちゃってるみたいなんだ」
ふぅっと耳元で囁き、楓は足を絡ませる。
俺は恐ろしさで一杯になった。 楓はまさか、何処まで知って――
俺は何一つ言葉を発せないでいた。口を開くたびに墓穴を掘るのはわかっていたから。
「ね、にいさん?」
楓は自分の人差し指と中指を口の中に入れて、唾液を絡ませ――
「何につかったの?怒らないから、言ってみて」
俺の両唇を割って入り――口内をやさしく指でゆっくりと、なぞった。
「うん、わかってるよ。言えないよね」
「お、俺じゃ――」
「大丈夫、みんなわかってるから」
唾液でてらてらと光った指をわざとらしく見せつけるように引き抜いた後――
背中に手を差し入れ、まるでテディベアのように俺を楓は抱き寄せ、頭を撫でる。
「3つ、なんでもしてくれんだよね? 1つ目は叶ったから、後2つかぁ」
なんでもするとは言ってない。言っていないが、ここで逆らう胆力は俺にはなかった。全部見破った上で楓は俺と接していたのか? そう思うと震えが――
「大丈夫、大丈夫だよ。怖がらないで、にいさん」
よしよし、と楓は手を頭から胸へ。胸から腹へ。腹から――
「ふふっここ苦しそうだね。これからは私が管理してあげるから安心して」
もう、取り繕えない。
「せっかく兄さんが好きなコスしてるんだもん、なりきってえっちな事しちゃおっか?」
そうして、俺は――