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初デートなのに無限ループしてしまい恋人に会えません  作者: アンリ
第二章 彼女に会えないなんて!
8/13

2nd, replay

「……ん?」


 気づけば、シバは滝に打たれていた。『また』滝に打たれていた。


 シバの住む社殿はその背を山に向けていて、この山の最奥には清涼な滝が一つ隠れている。隠れているといっても、ここは『シバのための世界』であるから、ここにあるすべてのものはシバのものなのだが。


 何か重要な事柄に向かい合う時、シバは決まってこの滝に打たれることにしている。


 空を仰げば、広がる青の薄さから、まだ朝の六時半頃だと分かる。ちち、とさえずる鳥の声音からも、周りを取り囲む木々の間をすり抜ける冷涼な風も、シバの感覚が間違っていないことを教えてくれる。


 ついさっきまでは社殿にいて、人間の服をまとい、あと少しで十一時だったはずなのに――?


「時が……巻き戻ったのか?」


 真っ白な綿の一枚衣は、身に着けていないのと同等の流水の威力を体中に伝えてくる。それはこの推測が事実であり、現実である証だった。


 本来であれば八時まで滝に打たれる予定だったが中止だ。いや、本来も何もない。すでに前回の七月一日にきちんと滝に打たれているのだから。


 唐突に滝から出てきたシバに、金伽羅こんがらがちょっと驚いた顔をしている。


「シバ様あ? まだ始めてから三十分もたっておりませんよお?」

「金伽羅」

「ほへ?」


 名を呼び――金伽羅の瞳の奥を探っていく。

 猫のように鋭く尖った二重の瞳の奥、深く深く、本人も知り得ない最奥まで――。


 だが分かったことは、この件に金伽羅は一切関与していないということだけだった。


「……戻るぞ」

「え? もうですか? お着換えは?」


 シバに探索されたことにも気づかず、ぽやんとした面持ちで金伽羅が両手に衣を抱えてみせた。だがシバはそれを無視し、おもむろに大地を蹴った。


 ふわりと空に浮かんだ体は、次の瞬間には、一直線に山の麓へと向かっていた。


「ままま、待ってくださーい!」


 後ろの方で、金伽羅の泣きそうな叫び声があがった。



 *



「シバ様!」


 空高く舞い降りてくる主の姿を見つけ、シバのもう一人の童子――制吒迦せいたか――が挙動不審に立ち止まった。


「そのような恰好でどうされたのです? それにまだおでかけになったばかりではありませんか」


 だがそれには答えず、シバは黙って濡れた前髪をかき上げた。


 出かける前、制吒迦は金伽羅同様に薄衣をまとっているだけだった。それが眷属である童子達の普段の恰好だからだ。なのに今は上下黒のスーツを身に着けている。


「制吒迦、どこへ行こうとしていた」


 この世界にいるかぎり、制吒迦がそのような格好をする必要はない。


「『あちら』へ行こうとしていたのか?」


 ぴく、と片頬が動いたのは、普段表情をおもてに出さない制吒迦にしては珍しい。つまりは図星だったということだ。


「出てはいけない」

「え……ですが」


 そこにちょうど遅れて金伽羅がやって来たので、


「お前達は気づいていないようだが、誰かが時を巻き戻している」


 シバは簡潔に事実を伝えていった。


 これは二度目の七月一日だ、と。


 これに金伽羅は着地したばかりの足をふらつかせ、その場にすてんとしりもちをついた。制吒迦の頬は両方が一度ずつ動いた。


「シバ様が何かされたのではない……と?」

「いいや。僕ではない。今日のこの日を一番待ち望んでいたのはこの僕なのだからね」

「それもそうですよねえ」


 したり顔でうなずいた金伽羅だったが、


「では地獄の輩がこのようなことをしでかしたのでしょうかあ。ああでも……! きゃつらがそのような力を手に入れたとなれば、地上も天も大変なことになりますよお……!?」


 自分で言いながら恐れにおののき、両腕で自らを抱いた。


「または他の神の反逆かもしれませんね」


 制吒迦もまた震える声で己が意見を述べた。


「……どちらもありえるな」


 古来からこの世に在る神――シバは、千年ほど前にこの地に移り住んできた。その際、この地に以前から住んでいた多くの神を従え、同時にあまたの悪鬼も押さえ込んでいる。


 それから千年、この地はシバの支配下に置かれている。


 だが今、それを覆す出来事が起こっている。


 このような能力者がなぜ今現れたのか。いつからこの土地に潜伏していたのだろうか。もしも今日この日がどれほど大事な日かを知り得ていての悪行だとしたら――僕は絶対にそいつをゆるさない。


 ふつふつと怒りがこみあげてくる。


 怒りを面に映すと相当に迫力があるのは自覚していて、だからめったに怒ることはしないようにしているというのに。


 だがもう我慢ならない。


 ぴきぴきと青筋が額に浮かび上がってくる。目はつり上がり、髪が天に向かって逆立っていく。その様子に、金伽羅がひいいと小さく声を漏らし、制吒迦が唾を飲みこんだ。


 シバ神の童子二人にとって、主の怒りほど恐ろしいものはないのだ。


「……金伽羅、制吒迦」

「はいいっ」

「ついてこい」

「はいいっ!」


 お前は誰だ。

 どこのどいつだ。


 だが誰であろうと構わない。

 どこにいようが――必ず見つけ出す。


 そして見つけたあかつきには――。


「シバ様あ、お顔が怖いですう!」


 金伽羅が泣きべそになった。

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