4th, replay
わずか五秒後――シバは滝行に逆戻りしていた。
暴力的な水圧を頭から浴びながら――シバは叫んでいた。
「まただとー?!」
その絶叫は山びこのようにあちこちに響き渡った。
*
ここまで他者に翻弄されたことは一度たりとてない。
いや、正確にはすでに三回だ。
これで四度目の七月一日が始まってしまった。
「金伽羅、帰るぞ!」
ざぶざぶと水を蹴散らかしながらシバが滝つぼから出ると、
「えええっ? もう帰っちゃうんですかあ?」
金伽羅が、あの驚きと残念さを混ぜ合わせた表情になった。
「そうだ。制吒迦の奴がでかける前に捕まえるぞ」
「な、なぜそれをっ」
「いったい何回同じことを繰り返していると思っているんだ」
「はあ? どういうことですかあ?」
社殿に戻り、着替えつつ状況を説明すると、二人の童子はそろいもそろって硬直してしまった。
「シバ様よりも力の強い者がいるなんて……」
「もうこの世は終わりですう!」
絶望を前にしたような二人に、
「お前ら、僕よりも力のある者がいると本当に思っているのか」
シバが冷ややかに尋ねた。
「いるわけ……ないよな?」
ほほ笑んでみせると、
「そ、その通りでございますう!」
「シバ様こそが史上最高の神でございます!」
二人が声を張り上げた。
「よし」
うなずき、シバは二人を交互に見ながら語っていった。
「いいか。まずこの世界のことについて整理するとだな。僕よりも力のある者がいないというのは明らかなる事実なんだ」
「はいいっ」
「その通りです!」
「そしてこの時の巻き戻しは三回とも人間が起こしている」
「あ、そうなんですか?」
「こら、そこはいつもどおり『はいいっ』って言っておけ」
首を傾げた金伽羅に、制吒迦が即座に突っ込んだ。
日頃からぽやんとしている金伽羅は主の怒りを拾いやすい。そして二人の童子は主の怒りを何よりも恐れていて、しかも二人は連帯責任をとる間柄だから、常に割に合わない立ち位置にあるのはフォロー担当の制吒迦の方なのである。
「シバ様、どうぞ続きを」
しずしずと制吒迦に促され、会話が継続された。
「ああ。となると、これは僕が関係していると思うんだ。僕の力が何らかで人間に漏れて……あああ、そうか! しまった!」
そうか、そういうことか――。
「シバ様、どうされました?」
「分かった……分かったぞ、原因が。今すぐ彼女に会いに行かなくては!」
「ええっ? どうしてですか?」
「彼女だ。彼女が原因だったんだ……!」
「ほへ? シバ様の想い人はただの人間ですよね?」
まだ理解の進まない金伽羅とは対照的に、制吒迦がはっとした表情になった。
「ま、まさか。シバ様……!」
凝視され、シバはやや気まずそうに目を逸らした。
「ねえ、制吒迦。どういうことお? 私には全然分からないよ」
金伽羅にスーツの袖をくいくいと引っ張られ、制吒迦は主の方を気にしながらも答えた。
「シバ様はすでに想い人の方と体を繋げられたのだ」
「えええっ!」
「制吒迦! それでは金伽羅が誤解する!」
「でもそういうことですよね?」
「いやいやいやいや」
彼女の名誉のためにも強く否定する。
「口づけをしただけだ。それ以上のことはしてはいない!」
「……あ、そうなんですか」
「当たり前だろ!」
思わず大声で怒鳴りつけたが、恥ずかしくて全然迫力が出ない。普段なら、ちょっと見つめるだけでも、怒りの矢はまっすぐに二人に突き刺さるというのに。
くそお。
内心地団駄を踏みながらも、この手の話題で眷属二人に注目されているというのがなんとも辛い。こんないたたまれない想いは初めてだ。
形勢逆転、今度は二人が今回の件について考察を始めた。
「確かにシバ様は髪一本ですら分け与えた相手に影響を及ぼすお方だが……」
「でも唇が合わさっただけでそんなことになっちゃうとはねえ」
「これで人間のような、もっと先の行為へと進まれたらどうなるんだ?」
「どうなるんだろうね。うーん……、こうなったら世界のためにも、どちらかに恋を諦めてもらうしかないんじゃない?」
勝手に結論づけようとた金伽羅に、
「だがシバ様よりも素敵なお方などこの世にいないからなあ」
制吒迦が見当はずれの意見を述べつつ、
「かの女性から好意を失うことはあり得ないだろうし、かといってシバ様も頑固一徹なお方だから、はてどうしたものか」
と、深く考え込みそうになったところで。
「あ、じゃあこうしちゃおうよっ。えいっ」
何を思ったか、金伽羅が人差し指で空に何かを描いた。
動きで分かる、それは誘惑と魅惑の術のダブルコンボだ。この二つの術を同時にかけられると、老若男女問わず他人を強く惹きつけてしまうという、なんとも恐ろしい組み合わせなのである。
しかも金伽羅の指先が最後に描いたのは、彼女の名前だった。
「……金伽羅っ!」
最悪のトリプルコンボに、一瞬にして、シバの全身が憤怒の炎で包まれた。