第九話
「そ、そんな...」
突撃二人目にしてリョータなる人物の知り合いを見つけたのは僥倖だったが、その本人が既にいないという状況に、僕は落胆を隠せずにいた。
「帰ってくるかどうかも分かんないし...ま、帰ってこない可能性が高いわね」
「そう...ですか」
「どうしてリョータを?」
俯いていた顔を上げて、お姉さんを見る。
改めて見ると、すごく綺麗な人だ。
背も高い。
170cmは越えていそうだ。
二つしか離れていないはずなのに、大人の女性って感じがする。
「ん?」
「あっ、いや! あの、これなんですけど...」
ヤバい、またうっかりじっと見ちゃってた!
この癖も直さないと...
「シートと...枕?」
「は、はい、屋上で寝てたみたいで、そのまま置いて行っちゃったから、忘れたのかと思って...」
「...ぷっ」
「え?」
「あはははははは!」
「え? え?」
急に笑い出したお姉さんに、何がどうしたのか分からず、戸惑ってしまう。
「はー、おっかしい。なんだ、そういうことだったのね。変だと思ったわ、いつもアイツを訪ねてくるヤツらとは雰囲気が全く違うんだもの」
「は、はあ...」
「いいわ、渡しといてあげる。貸して」
「え、あ、すいません、ありがとうございます。お願いします!」
「いいのよ。逆にアイツが迷惑かけて悪かったわね」
「い、いえ、大丈夫です」
「ふぅん...?」
お姉さんはニンマリとしながら、手を当てた腰を折って顔を僕に近づけてくる。
「優しいのね。それに...小さくて可愛い。名前、なんて言うの?」
「え、あ、あの...」
ふわりと、えも言われぬいい匂いがして、至近距離に近付いたお姉さんの魔性の魅力にドギマギしていると、グイッと肩が後ろに引っ張られ、二人の間に奈美が割り込んできた。
「先輩! ちょっと近すぎじゃないですか!? もう用事は終わりましたから、これで失礼します!」
お姉さんはキョトンとした顔で奈美と僕の顔を交互に見ていたが、ニヤリと口角を持ち上げ、先程とは違う悪戯っ子のような顔をする。
「あらら...ふぅん? ふふふ、なぁに、あなた、この子の彼女さん?」
「か...っ! か、彼女なんかじゃありません!」
「じゃあ、どいてくれる? 別に関係ないでしょう? 私はその子と話をしているの」
「おお...これは修羅場の予感」
京一、聞こえてるから。
「わた、私は優弥のお母さんからよろしく頼まれてるんです! 変な虫がつかないように!」
「優弥...優弥君って言うのね。いい名前じゃない。似合ってる」
「あっ...!」
「むう、山崎、墓穴を掘ったな。減点だ」
「...奈美ちゃん、しっかり...!」
君ら、楽しそうね。
てか、広瀬さんまで...
「まあいいわ、名前は教えてもらったから、今日はここまでで。優弥君、私、葵って言うの。覚えててね」
「覚えません! もう良いですよね! 優弥、帰るわよ!」
「あ、ああ...あの、それ、よろしくお願いします!」
「はいはーい。ちゃんと渡しとくね。また会いましょ。今度は二人で」
「...っ! 会いません! ほら、早く歩いて!」
「山崎、完全に遊ばれてるな...減点だ」
「...奈美ちゃん、頑張って...」
「ふふふ、二人とも、可愛いわねえ。若いっていいわあ」
僕は奈美に背中を押され、ヒラヒラと手を振る葵さんを後に、階段を下りていく。
てか、危ないよ!
そんなに強く押したら転げ落ちるから!
「なんでデレデレするのよ! ちょっと年上なくらいで! 二つしか違わないんだからね!」
そうなんだよ。
二つしか違わないんだけど、凄く年上感があるんだよなあ。
不思議だ。
葵さんか...綺麗で大人っぽかったなあ...いい匂いがしたし...
「ちょ、っ、と! 今、あの女のこと、考えてたでしょ!」
僕の肩を掴む奈美の両手が、ギリギリと強く絞り上げられる。
「いたたたたた! ちょ、何してんの!? 奈美は馬鹿力なんだから、僕の肩が壊れちゃうよ!」
「ふん! 知らない!」
何なんだよもう...
今日は散々だよ、全く...
「じゃあ、目的も達成出来たことだし、帰るか」
「うん、そうだね。奈美と広瀬さんはどうする?」
「私達も帰るわよ。かおちゃんは方向が逆だから、校門前で別れるけどね」
「んじゃ、お疲れ様ー。優弥、例の件、夜電話するわ」
「ああ、分かった。頼んだよ」
京一は一足先に校門を出て行く。
“魔力”の件...大事なことだったはずなのに、すっかり忘れちゃってたよ。
今日は色々あったからなあ。
帰ったら、また悪魔召喚をやり直さないと。
校門前のバス停で、広瀬さんと別れる。
バスが来るまでもう少しか。
腕時計を見ながらバスの時間を確認していると、隣から袖を引かれた。
奈美だ。
「例の件?」
「...ああ、ちょっと調べ物を頼んでるんだよ」
「ふぅん...」
なんかこいつ今日おかしいな。
さっきもえらい葵さんに突っかかっていってたし。
なによ、その目。
「べ、別に変なこと調べてるわけじゃないんだからね!」
「何も言ってないけど?」
「くっ...!」
目が言ってるんだよ!
口ほどに!
あ、バス来た。
僕と奈美はバスに乗りこみ、やっぱり奈美はまた隣に座ってきた。
狭いんだけど...いいよ、睨むなよ!
ネット小説読んでるから、気にならないと言えばならないし。
「えぁ、みどり町2丁目ぇ、みどり町2丁目でぇす。お降りの方はぁ、車が止ぉまってから、お立ち下さぁい」
いつもの車掌の声を聞いて、バスを降りる。
寂れた商店街を抜け、近道の路地に入る。
「昨日、ここで占い師に会ってさ」
「占い師?」
「そう、なんか、みかんって書かれた箱に水晶玉乗っけててさ。紫の服とか着て、すごい怪しい占い師。女の人っぽかったけど、今度会ったら絶対に逃がさないんだ」
「何かされたの?」
「何かって...いや、そういうんけじゃないんだけど。言いたいことと聞きたいことが山ほどあるから」
あいつは召喚に関しての、何らかの情報を持っているはずだ。
京一にも頼んではいるが、ヒントは多い方がいいに決まってる。
あと、ノロマって言ったの忘れてないからな!
「へえ...それってさ」
「ん?」
「アレのこと?」
「え?」
奈美が指さす方向に視線を向けると、そこには昨日のままの姿で、やっぱり遠目に見ても胡散臭い占い師が、こちらに向かって手を振っているのだった。