私のメンタル強度は絹ごし豆腐以下
私は、食堂で親友とお昼ご飯を食べていただけなんです。
それなのに、何で怖い顔のイケメンさんたちに睨まれて、周囲を囲まれているのでしょう…?
♢♦♢♦♢
初めまして、片桐伊月と言います。
私立彩原学園に通う至極一般的な高校三年生。
猫のようなつり目のせいで、キツい性格に思われることもあるけど、断じてそんなことはないです。むしろ小心者です。メンタルは絹ごし豆腐以下です。
何でこんな話をしているかというと、私についてある噂が流れているから。
片桐伊月は、転入生の越前美亜をいじめている。
という噂が。
越前美亜さん、というのは、半年程前に隣のクラスに転入してきた女子生徒で、可愛らしく明るい人で、クラスの人気者になったそうだ。
でも、学園の人気者である生徒会に近づき、所謂逆ハーを作り上げた。
人気者の彼らには、ファンクラブがあり、不用意に近づいてはいけないという暗黙の了解があった。といっても、小説とかでありがちな制裁とかは無いですよ?生徒会のファンクラブの人たちは忙しい時期に手伝いをしてる。
彼らが越前さんに構うようになると、生徒会の仕事は滞るようになった。ファンクラブの人たちは彼らに仕事をするように言ったけど、聞き入れられず、越前さんに
「みんなを縛り付けないでください!同じ生徒なのに、差別するなんてひどいわ!
私は友達として、あなたたちに抗議します!」
と、言われたそうな。
会長たちもこれに感激し、ますます越前さんにのめり込むようになったとか。挙げ句、今まで支えてくれたファンクラブを最低な奴らなどと罵ったらしい。これにはファンクラブの人たちも呆然。そんなこと言うならもう知るか!となり、現在は生徒会が機能してない。
これが決定打となり、様子を窺っていた学園の生徒は完全に彼らに関わらないようになりましたとさ。
で、なぜか流れ始めたのが、私が越前さんをいじめて孤立させているという噂。
親友であるさっちゃん、田宮皐月ちゃんが教えてくれた。
風邪を引いて一週間寝込んでいた私は知る由もなく、とても驚いていると、さっちゃんは、
「流れ始めたのはアンタが休んですぐだったんだけど、伝えたら絶対風邪悪化すると思って、伝えるのが遅くなった」
と言ってた。
さすがさっちゃん。私のことをよく分かってる。寝込んでる時にこんな事聞いたら、更に一週間ベッドと仲良くなったこと請け負いだ。
思考回路がフリーズした私を見て、さっちゃんは続けた。
「分かってるって。いくら顔がキツくても、小心者でメンタル絹ごし豆腐以下のアンタがそんなことできるわけ無いでしょ?
罪悪感で胃に穴空けるのがオチよ。ほとんどの奴が信じてないし、小鳥遊がブチ切れて、ファンクラブ総出で噂の出所と証拠固めしてるわよ」
と言ってくれて、クラスメートも頷いてくれたので、安心した。
♦♢♦♢♦
と、いうのが三日前。
私を囲んでいるのは、越前さんの取り巻きの生徒会の皆さん。さっちゃんが席を離れた瞬間に囲まれた。
さっちゃん曰く、俺様会長、腹黒副会長、チャラ男会計、無口わんこ書記、ショタっ子庶務。全員すごいイケメン。そんなイケメンさんたちが睨んでいます。怖いです。注目も浴びまくってるし、既に胃が痛いです。帰りたい、とてつもなく帰りたい…!
口火を切ったのは、会長さん。
「ふん、あんなことをしておいてよくもまぁのこのこと学園に来られるものだな」
あんなことって何…?
既に思考回路がオーバーヒート寸前。
「会長の言う通りです。顔色一つ変えないとは…」
「面の皮厚すぎでしょ」
「最、低…」
「美亜ちゃんに謝りなよー」
副会長さん、会計さん、書記さん、庶務さんの順で、厳しい言葉をぶつけられる。
顔色一つ変えないのは、既に顔面蒼白で血の気が無いからです。
表情が無いのは、怖すぎてこわばってるからです。
最低って言っても、私越前さんに何にもしてません。というか、今初めてちゃんと顔を見ました。会長の腕に抱きついて、涙目で私を見ています。庇護欲がそそられるとはこのことなんだろうね。でも泣きたいのはこっちだよおおお…。
う、本格的に胃がキリキリしてきた…。
「み、みんな、きっと、私が何か悪いことしちゃったんだよ…」
越前さんがそう言うと、会長さんたちは口々に越前さんを褒めたたえる。
「美亜は優しいな。さすがは俺様が認めた女だ」
「美亜さんは天使のような心をお持ちですね」
「さっすが美亜。優しいなぁ」
「良い、子…」
「優しい美亜ちゃん、だーいすき!」
「え、そ、そんな…。恥ずかしいよぉ」
きゃっきゃうふふしてます。帰りたいです。帰っていいですか。
「だが、いくら美亜が許すと言っても、俺様たちはお前を許さん」
「その通りです。あんな真似ができる人を野放しにするわけにはいきません」
「地味な顔してやることえげつないよなぁ。美亜とは大違い」
「許さ、ない…」
「僕、あんなことする奴大っ嫌い」
また睨まれてたけど、本当に心当たり無いです。お願いです、こっち見ないでください。プレッシャーで押しつぶされます。間違いました、既に潰れてます。
怖すぎて何も言えないです。
「よって、お前を―――」
「伊月いいいいいい!!!!!!」
会長さんの言葉を遮り、食堂に飛び込んできたのは、不良然とした黒髪の男子生徒。
私を囲む生徒会の人たちを押しのけて、私の前に立った彼を見て、私の涙腺やら何やらが崩壊した。
「うわあああああん!!!初ちゃああああああん!!!!!
怖かったよおおおお!!!!」
思いっきり、初ちゃんに飛びつく。
彼は小鳥遊初。私の幼馴染です。泣き虫な私の面倒をずっと見てくれていて、周りからは保護者と呼ばれてる。つらいことがあると、いつも初ちゃんに抱きつく。こうすると、落ち着くんです。
初ちゃんはとても優しいしかっこいいので、ファンクラブがある。ファンクラブができてすぐの時は距離を置くようにしたけど、私が我慢できなかったっていうのと、ファンクラブの代表の方が、「私たちは片桐さんの面倒を見る保護者な小鳥遊様を見たいの!もっとくっついて!」と言われ、また仲良くしてる。
「よしよし、怖かったな。ごめんな、そばにいられなくて」
「わた、わだし、なにもじてない、のに、にらまれで、こわぐて」
えぐえぐと初ちゃんの胸に頭をこすりつける。
ぎゅっと抱きしめてくれる初ちゃんは優しい。ごめんなさい、多分鼻水もつけました。
「あぁ、分かってる。伊月が何かするわけ無いだろ?」
「嘘よ!私、片桐さんにいじめられたわ!信じて、小鳥遊君!」
いきなりの大声にびくっとしてしまった私を、初ちゃんは優しく撫でると背中に庇ってくれた。
「あ゛ぁ?うちの可愛い伊月がんな真似するわけねぇだろ、頭沸いてんのかテメェ」
「貴様、美亜に何てことを―――」
「黙ってろ色ボケ会長。大体な、伊月は怖がりなんだ。保育園の昼寝の時間、怖い夢を見たって泣いて俺の布団に入ってきたり、小学校の頃、学習発表会でシンデレラの継姉役をやった時も、終わった後で罪悪感に押しつぶされ号泣し、中学の修学旅行で道に迷って俺を泣きながら探し、あの馬鹿げた噂が流れたのを知った日には俺のところに来てずっと泣いてたんだぞ。伊達に絹ごし豆腐以下のメンタルじゃないんだぞ、伊月は」
お恥ずかしながら、全て事実です…。
「そんな伊月を泣かせやがって、ふざけんじゃねぇよテメェら」
初ちゃんの言葉に、思わず私を庇うように出されている腕をきゅっと握りしめた。
ちょっと怖い顔をしていた初ちゃんは、私に微笑みかけ、再び会長さんたちに向き直る。
「会長、アンタら生徒会はリコールだ。既に全校生徒の四分の三以上の署名と後任の候補は用意できてる。呆れたよ、アンタら以外の全生徒が署名した。
後、越前。いじめは自作自演だったっつー証拠も揃えてるぜ。噂流したのもテメェだな」
会長さんたちが一斉に騒ぎ始める。越前さんも、さっきの涙目が嘘のよう。
怖くて初ちゃんの背中にしがみつくと、初ちゃんが頭をぽんぽん撫でてくれた。
「何で、何で失敗したのよ…!セリフは全部完璧だったのに…!」
越前さんが何か言っています。セリフ、とは何のこと?
「おかしいわ、小鳥遊初は金髪だったはず。しかも何で悪役の片桐伊月を庇ってんの?一匹狼のミステリアスな不良っていうのが彼のキャラでしょ?」
悪役?キャラ?
よく分からないけど、一個だけ言えるのは、
「初ちゃんが金髪じゃないのって、私のせいだよね…」
「あれは、母さんが勝手に…!俺がしたくてしたわけじゃ…!」
初ちゃんは、おばさま(初ちゃんのお母さん)の悪ふざけで、高校入学前に金髪にしたことがあった。それを見た私は、たっぷり沈黙した後、大泣きした。
だって、髪染めてる人って怖いイメージあって、初ちゃんがそうなるかと思うと色々ぶわーっとなって…。
そんな私を見て、初ちゃんは即行で黒染めした。僅か一日ほどの出来事だった。
越前さん、どこでそんなこと知ったんだろう?
「アンタがストーリーを歪めたのね!この、バグが!アンタがシナリオ通りにやらないからこんなことになったのよ!!悪役は悪役らしく私の踏み台になりなさいよ!!!
初ルートがアンタのせいでクリアできなかったじゃない!!!!!」
ストーリー?バグ?シナリオ?
越前さんの言葉が全く分からない。
「死ね!バグ女!!!」
私に掴みかかろうとした越前さんを初ちゃんが抑える。
「ふざけんな!誰にも愛されなくて寂しいとか言ってたくせに、私を拒絶しやがって!」
越前さんのその言葉に、私の体が動いた。
パンッ。
乾いた音が響く。越前さんは呆然と、彼女の頬を張った私を見た。
初ちゃんもびっくりしている。
「初ちゃんは、誰にも愛されてないわけないです。
おじさまやおばさま、学園の人に愛されてます。
第一、私が初ちゃんを愛してます。だから、勝手なこと言わないでください」
叩いちゃってごめんなさい、と頭を下げると、越前さんは何も言わずに座り込んでしまった。やっとやってきたらしい先生方が、会長たちと越前さんを連れていく。
うぅ、人を叩いてしまった…。でも、初ちゃんのこと言われてイラッてきたっていうか、何ていうか…。
初ちゃんの様子を窺うと、なぜか固まっていた。
「う、初ちゃん?」
声を掛けると、ギギギと音を立てそうな動きでこちらを向く。
「あ、い、伊月、その、さっきの、って…」
「あ、あのね、初ちゃんのこと言われて、その、初ちゃんのこと知らないのに、決めつけないでって思ったっていうか、イラッてきたっていうか…」
「じゃなくて…、あの、あ、愛してる、って…」
「私、初ちゃんのこと大好きだよ?」
何を当たり前なことを聞いてるんだろう、初ちゃんは。
「本当か?家族的な意味でなく?その、恋愛的な意味で?」
「? そうだよ?
初ちゃん、言ったじゃない。「伊月は俺のお嫁さんになるんだ」って」
「それ、小一とかの時の話だろ!?」
「違ったの?」
「…違くない」
そして、恐る恐る、という感じで私を抱きしめてきた。
「その、伊月。…えっと、あの…す、好きだ」
「うん。私も好き」
「だから、俺と、付き合ってください」
「喜んで!」
ぎゅうっと抱き着くと、周りから歓声が上がった。
代表さんとかは「これで我々の悲願が!」「可愛い!二人とも可愛い!」「小さい頃の発言をずっと信じちゃうとかおバカわいい!」って言ってる。
褒められ、てる、の…?
さっちゃんは呆れたように笑っている。手を振ってくれたので、小さく振り返す。
♢♦♢♦♢
それから一ヶ月。生徒会の後任も決まり、学園も大分元通りになってきた。元会長さんたちは、学園にいるけど、肩身が狭い思いをしているみたい。越前さんは、いつの間にか転校していた。叩いたのが悪かったかな、とがくぶるしている私に、さっちゃんは
「気にすること無いわよ、ゲームと現実の区別がつかなかった奴のことなんか。
それより、保護者が来てるわよ」
「保護者じゃなくて、恋人です!」
「あぁ、そうだったわね。ようやくその段階だったわ」
「じゃあ、また明日ね!」
「はいはい、また明日」
さっちゃんと別れて、初ちゃんのもとへ行く。
お付き合いをするようになってからも、私たちは特に変わらない。
ただ、最近、初ちゃんと触れ合うのがどうにも恥ずかしい。
前は何とも無かったのに。
初ちゃんが私の手を握ってくる。
昔から、迷子にならないようにって繋いでくれた手。
成長した初ちゃんの手は大きくて、私の手をすっぽりと包んでしまう。
それを意識したら、急に胸がドキドキしだした。
前の絹ごし豆腐なメンタルなら耐えられなかっただろう。でも、今の私は木綿豆腐メンタル。
こんなことじゃ動揺しない。
…初ちゃん、私、何かの病気かな?
【END】
乙女ゲームの世界なのですが、伊月や初は知りません。初サイドで過去の話とか、さっちゃんサイドの話とか書きたいな、とも考えています。
書いてる間、なぜか初がヤンデレになりかけましたが、軌道修正しました。こちらは需要があれば投稿しようと思います。
読んでくださり、ありがとうございました。