変身‼
父さん、母さん。突然ですがこの俺、御堂士はただ今異世界に来ています……。
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事の始めは、高校二年の夏休みに俺が久しぶりに電車を使って遠出をしよう、と考えたことから始まる。別にそこまでは良い。けれどここから先がおかしかった。
遠出先の公園に着いたあたりから雲行きが怪しくなり、これは早めに帰った方が良さそうだ、そう考えた直後のことだった。唐突に何の前触れも無く俺に雷が落ちて来たのだ。瞬時に四つん這いになって即死することは免れたのだがどういう因果か二度目の雷が俺を襲い、俺の意識は暗闇の中に沈んでいった……。
そして目が覚めると見たことのない草原の中に寝っ転がっていたのだ←今ここ
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(……まずは現状の確認だな)
見た所ここは本当に何もない草原のようだ。けれど少し目を凝らしてみると遠くに森らしきものが見える。まずはそこに向かってみよう、そう考えた士はその場から立ち上がったのだが、そこであるものに気が付いた。
「何だ、これ?」
それは士の左手首についていた。最初は何だろうと思ったがよく見てみると非常に見覚えのあるものだ、ということに気が付いた。それは龍の顔を象ったブレスレットだった。
「これって魔導龍騎士アストラグナの変身アイテムじゃねぇか‼」
〝魔導龍騎士アストラグナ〟それは士の元居た世界で十年前に放送された特撮番組である。物語は主人公の大学生柴正人が実家の蔵から謎のアイテムを見つけたことから始まる。主人公を取り巻く女性関係、実際に怪人などが現れたら、などというリアリティを追求した作品となっており十年たった今でも根強い人気のある番組である。士自身も大ファンで、よく父親と一緒になってみていた。
そして士の左手首についているのはその柴正人が着けていたものと全く同じだった。
「これって俺がバックの中に入れてた大人用のやつだよな……。なんで仕舞ってたのに着いてるんだ? それにこれがあるってことはもう一つの方も……あ、あった」
ポケットの中を探れば綺麗な丸い石の様なものがあった。もう一つの方、というのは本来アストラグナに変身するためには手首のブレスと龍の力が込められたこの石の様な宝玉が必要なのである。その宝玉が全部で四個あった。本来ならば宝玉は五個なのだが、最後の一個は俺が昔街で会った女の子に再開の印として渡して今は持っていないのだ。
「……にしてもほんとにここって一体何処なんだ? ……行く当てもないし、どうしよう……」
(手持ちの食料もないし、あの森にでも行くしかないか。森になら何かしらの果物とかもあるだろうし……)
そう考えた士は森へと向かうことにした。
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歩き始めて三十分ほどで森には着いた。けれどその森に足を踏み入れた瞬間、士は言い表せられない様な悪寒を感じ取った。
(さっきから体の震えが止まらないし何が一体どうなって……。これは早いとこ森を抜けた方が良さそうだな……)
そう考えながらも歩き続けた士だったが、その耳に何かの叫ぶような声が聞こえた。
(……これは、遠吠え、か? こんなところに犬がいるのか? でも何で……)
そう考えた瞬間何の前触れもなく士の体は宙を舞い付近の大木に叩きつけられた。
「が、がぁぁぁぁぁ!!」
叩きつけられた瞬間に士の体をとてつもない激痛が襲う。
(い、一体何が起きた⁉)
士が自分の立っていた場所に目を向けると、そこには一体の狼がいた。けれど士の知る狼とはまるで違っていた。その体は士の優に三倍はありその牙はどんなモノであろうと簡単に貫くことが出来るだろうと思えるほど大きく鋭い。そして何よりも違う点がその体を覆う謎のオーラである。
「何、だよ、これ……」
思わず口に出てしまう程の衝撃だった。これではまるで自分が餌であるかのような――。
(……違う。あるかのような、じゃない。餌なんだ。……こいつにとって俺は、取るに足りない餌なんだ)
そう自覚した瞬間、士をかつて無いほどの恐怖が襲う。そうして呆然としている間にも狼は近づいてきて今まさに士を喰らおうとしている。
(俺、ここで死ぬんだ……。まだ、何もやれてないのに……)
そんな無力感の中、こんな理不尽に対する怒りが俺の中で湧き上がってきた。
(俺に、力があれば……こんな理不尽な死を克服するだけの力があれば、俺は‼)
そう思った瞬間、手首に着けていたブレスが輝き始めた。
「なッ!?」
「Guluuuuuu!]
余りの眩しさに俺は目を覆ってしまう。狼の方も警戒心をあらわにし始めた。そして輝きが収まったころには、ブレスレットは影も形も無くなっていた。
そこにあったのは盾と短剣が一体になったかのような代物だった。そしてそれに俺は見覚えがあった。
「これはドラグシールドとドラグセイバー⁉ 何でドラグブレスが変化してんだよ⁉ これって本物になってるのか⁉」
(いや違う! 今考えるのはそこじゃない。これが何であろうと俺はこの理不尽に抗えるだけの力がある! だったら今は、戦う時だ‼)
俺はポケットの中にあった白い宝玉を掴み短剣の中央にはめ込んだ。そしてそのまま短剣を上空に向かって引き抜いた。その瞬間、短剣が長剣へと変化し刀身から東洋の龍のようなオーラが出現し空で周囲一帯に響き渡るような咆哮をした後俺の体を飲み込んだ。
そしてそのオーラが消え去り、そこに立っていたのは一人の白い騎士だった。青が主体のアンダースーツに各部を保護するための白い鎧、そして頭部を覆うフルフェイスの龍を象ったマスク。右手に持つは白く輝く美しい長剣、左手に持つは青き盾。その姿はまさしく龍の騎士。
その名も――
「魔導竜騎士アストラグナ‼ 此処に見参‼」
今、異世界に龍の騎士が舞い降りた。