9、それぞれの道へ
ハナが帰国した。
1週間の予定だったのが、5日伸びて、12日間ぶりの電話だった。
予定より延びて、かなり寂しかったが、アタシも結局1週間では退院できなかったし、ホッとした部分もあった。
忙しいのに、マツも毎日見舞いにきてくれて、さみしさをまぎらわせてくれた。
アイツの事を。
ナレオと呼ぶのを止めた。
アイツの事情を知って、敬意をこめてマツと呼ぶ事にした。
それを伝えたら、マツは本当に嬉しそうな顔をしたから、よかったと思った。
ま、よくないこともあったが。
調子に乗りやがって。
自分もイワオじゃ嫌だと、生意気な事をいいやがった、岩顔男。
イワオのくせに。
ま、しょうがない。
頑張っているみたいだからと、折れてやったのに。
「マコト。」
そう呼んだら、何故か返事もしねーで固まってやがる。
顔も赤いし。
返事は?と言ってケリをいれたら。
「は、はいっ。」
と、スゲー素直にかえってきたから、超ウケたんだけど。
何故か、一緒に見舞いに来たマツの機嫌が、悪くなった。
よー、わからん。
「なあ、俺がいなくてさびしかったかー?」
当然、そうだよな、と言う雰囲気に、何故かムカッとする。
だから。
「マツもマコトも見舞いにきてくれたから、大丈夫。」
つい、意地をはってしまった。
「あぁ!?どういう意味だよ?しかも、なんで、いつの間にアイツらの事、名前で呼んでやがんだ!いつ、俺が許可したよ!?」
意味わからん。
「いつの間にって、ハナがNYに行ってる間にきまってんじゃん。それに、ハナの許可なんて、いらないだろーが。」
売り言葉に買い言葉で、つい口から出てしまった。
「・・・・。」
無言の、電話の向こう。
まずい、と思った時には、電話器が叩きつけられるような音がして、切れていた。
はあ。
アタシは項垂れて、受話器を置いた。
何で、何で。
いつも、こうなっちゃうんだろう。
素直に甘えたいのに、意地をはってしまう。
12日ぶりだったから、もっと話したかったのに。
好きだ、って言ってほしかった。
それから――
落ち込んだまま、眠ってしまったらしく、電話の音で目が覚めた。
12時か・・・心配した、ジョーかな。
忙しいのに。
だけど。
「向かいの、電話ボックスだ。玄関開けろ。」
受話器から聞こえてきたのは、一番聞きたい声だった。
夢中で玄関まで走って、鍵を開けた。
ドアを開けようとしたら、外からの力で、ガッ、と勢いよく開いた。
そこには、切ない瞳の。
ハナ。
夢中でその腕の中に飛び込んだ。
ああ。
この温もりだ。
この匂いだ。
ハナの腕の中で、はっきりと自覚した。
アタシは、ハナがいなくて、本当に――
「「寂しかった。」」
お互いの声が、重なった
驚いて顔を見ると、ハナも驚いた顔でアタシを見ていた。
2人でクスクス笑って、13日ぶりの・・・日付が変わったから、2週間ぶりのキスを交わした。
胸が震えて。
何故か涙が、こぼれた。
「体はもういいのか?」
アタシの涙を親指で拭いながら、ハナが囁いた。
アタシは頷くと、またハナに抱きついた。
クスリ、とハナが笑う。
「部屋に行くぞ。」
そう言うと、ハナはアタシを抱き上げた。
吃驚したけど。
ハナと離れたくなかったから、ハナの首にしがみついた。
ベッドにそのまま横たえられる。
ハナが隣に横たわる。
白檀に混じって、ハナの男の匂いがした。
ビクリ、としたけど。
「安心しろ。病み上がりだろ?一緒に寝るだけだ。楽しみは今度な?」
赤くなるアタシに、クスクスハナが笑う。
「・・・・ハナ。」
「ん?」
「ごめん。意地はった。本当は、寂しかった。」
恥ずかしいけど、さっきの電話を切った後のような気持ちは、もう嫌だった。
そう思って、伝えた。
「はあ・・・あのな、そういうことは、目を見て言うもんだろ。オイ、コラ。背中向けてそんな可愛い事を言うな。」
ハナはそう言うと、アタシを後ろから抱き締めた。
いや・・・こういう体勢も結構恥ずかしいもんだな。
ジタバタしていると、グイッと体の向きを変えられた。
やっぱり、正面の方が恥ずかしいか。
「ほら、早く。目を見て言えよ。」
きょ、強制か?
「い、いや・・・もう言ったし。」
「言え。」
何だよ。
「・・・。」
「言え。」
「・・・お前が言えや。」
つい、口からまた余計な言葉が出てしまった。
途端に、ハナの眉間にしわがよる。
ヤ、ヤバい。
だけど。
はあっ、とハナが熱い息を吐いた。
そして、注がれる熱い視線。
「お前に会えなくて、寂しかった・・・愛してる。」
「!!!」
あ、甘すぎて、気絶しそうだ。
そして。
ハナのキス・・・。
ハナが帰国した週末に、アタシの家で、退院祝いが開かれた。
7月のはじめに体調を崩して、気がつけば、夏休みに入っていた。
このところ、皆忙しく、トムたちと揃って会うこともなかったので、ハナ達とトムをはじめとした地元メンバーを呼んだ。
ジョーは、用事があるらしく、早めに来たミコに指示をすると早々に出かけて行った。
パパからハナの事を聞いているらしく、ジョーはもうハナに対して何も言わない。
ただ、あまり顔をあわせようともしない。
そんな態度が寂しいけれど。
でも、ジョーもいい加減、アタシに縛られていちゃいけないから。
寂しいなんて思っちゃいけない。
「・・・・あの男と、つきあってんだってな。」
お皿を並べていたミコが、突然口を開いた。
少し怒ったような、声だった。
「怒ってんのか?」
「ちげぇ・・・・心配してんだ。青山流の家元の息子だろ?」
「ああ。」
「大丈夫なのか、そういう立場のやつなら・・・行動範囲も広いだろ。」
「・・・・・。」
何となく、ミコの言いたいことがわかった。
「悪ぃ。お前にそんな顔をさせたくて、言ってんじゃない。ただ・・・。」
ミコまでが、悲しい顔をする。
「・・・ミコ。心配しないで。アタシ、結婚まで考えていない。ただ、好きなんだ。こんなに好きで、心が震えるような事って、多分・・・アタシにはもうない。だから、もう少し・・・アイツの側にいたいんだ。」
自分でも、悲しい顔をしているのがわかる。
「そっか・・・。なあ、青山は知ってんのか?お前の体の事・・・。」
アタシは、ミコの質問に頭をふった。
「言えない、よ・・・。」
ミコはジョーに随分信頼されているから、アタシの体の事をある程度聞いているらしい。
あくまでも、ある程度だけど。
前に、ジョーが私に言った。
「ミコトは信用できる。お前に惚れているからな。だけど、アイツはヤクザの息子だから、お前を女房にできないことを、一番わかっている。組を背負って立つ男の女房に、お前をさせられないって、アイツが一番わかっている。だから、アイツはお前を見守るだけだ。それでも、お前に何かあったら、体を張ってでも助けるだろうよ。」
わかっている。
いつも、感じるミコの切ない視線。
アタシは、応えてあげられない。
だけど、ミコはこのままでいいから、ダチでいてほしいと言う。
「何だよ、ミコ来てたんなら、呼べよー。隣だぞ?水くせーじゃねーか。」
トムがむくれた顔をしてやってきた。
幼なじみのトムだ。
インターフォンも鳴らさず、勝手に入ってくるのはいつものこと。
その後ろから、アキ、コージ、マコト、マツ、そしてハナが入ってきた。
アタシは待ってましたとばかり、トムに向き直った。
「水くせーのはどっちだ!トム、お前彼女できたんだろ?」
「えっ?その情報どこから?あっ!ミコトにきいたんだろっ!?」
「それは企業秘密だ!」
「なんだよ、ミコが恐いから庇ってんのか?」
「恐いわけねーだろ?見ろよ?あのお人形ちゃんみたいな女顔!」
そう言った瞬間に、凄いスピードでティッシュペーパーの箱が飛んできた。
ヒャー、と言いながら、トムと避ける。
アキとコージがゲラゲラ笑う。
「叶ちゃーん、俺達放置ですかー?ここにスゲー鬼のような顔している、叶ちゃんの、彼氏いますけどー。」
マコトが余計な情報を提供したので、トム、アキ、コージが騒ぎだした。
その途端、ハナがこっちへむかってきて、アタシを抱き上げソファーに座り、自分の膝の上に乗せた。
「ひゃっ、な、何すんだっ。」
恥ずかしくて、慌てる。
「あ?いつものことだろ?」
「キャー、麻実の初彼だー。やっぱり、その首のヤツ・・・薄くなっているけど、キスマークでしょっ!?いつのっ?」
アキが興奮して聞いてくる。
うわ、まずいっ。
慌てて手で隠そうとして、その手をハナにどけられた。
「この間、泊まった時だよな?」
ニヤリ、とハナが笑う。
爽やかな笑い方じゃなくて、黒いぞっ。
な、な、何で、そんな事言うんだよ!
アタシは真っ赤な顔をどうすることも出来なくて、固まったまま、アキのテンションの高い質問に、全力で無言を貫いた。
どうにかこうにか、無言を貫き、ようやく話題がそれてくれた。
「じゃあ、コージは卒業した後、神戸へ行くんだ。」
アキの質問攻撃がコージに移った。
コージはパン職人を目指して、神戸の老舗パン屋に修行に出ることになったらしい。
コージの親父さんの友達が、オーナーなんだと。
コージによかったな、頑張れと皆が声をかける。
「早く、コージの焼いたパンが食べたい。」
コージが自分の店を構えて、パンを焼く姿を想像する。
うん、しっくりくるな。
「コージ、頑張れよ。」
アタシの言葉にコージがニッと笑った。
「で、アキはどうすんだよ?」
トムがチキンを食べながら、アキを見た。
「私は、東京へ行こうと思ってる。東京の美容学校へ行って、美容師になるんだ。」
皆は、お洒落なアキらしいなーって言っているけど。
「アキ・・・ここを出るのか?」
驚いて、アキを見る。
「うん。通って通えない距離じゃないけど・・・思い切って、東京に住もうと思って。」
そう話すアキの顔は、いつもより大人びていた。
「そっか。頑張れよ。」
アキ、諦めていいのか?
そう思ったけれど、声には出なくて。
ただ、切なくなった。
「叶ちゃんは、卒業したらどうすんだ?」
マコトがのんきな口調で、訊いてきた。
「お前も、東京くるか?」
ハナがアタシの顔を覗き込んだ。
アタシは首をふる。
「多分、このまま鎌倉花園の短大へ推薦で行くと思う。」
アタシがそうあっさり言うと、ハナが眉をしかめた。
「えっ?何かもったいないなー。叶ちゃんの成績なら、国立大学いけるだろ?」
マコトが首を傾げた。
「アタシに無理は禁物だ。それに、4年は長い。短大で充分だ。」
「叶ちゃーん、そういっても、4年なんてあっという間だよ。あ、でも4年も待てないってことか・・・。」
マコトが意味深に、ハナを見る。
そうじゃないんだけど・・・な。
その時、インターホンが鳴った。
「うちの連中だ。寿司届けるようにいっておいたんだ。」
ミコが立ち上がった。
「オイ、お前の家って・・・・極道なのか?」
気のいいマコトが、玄関までミコとトムについて鮨を取りに行って戻ってきた時、質問をした。
「・・・・・。」
無言でミコが、マコトを睨んだ。
「横須賀が地元で、葉山、鎌倉ぐらいまでシメてる、神崎組だろ?」
さらりとマツが、代わりに答えた。
え?
「マツ、お前知っていたのか?」
驚いてハナがマツを見た。
「ああ、グランドヒロセ鎌倉があるからな。縄張りとかいろいろあるだろ?一応調べてあるんだ。まぁ、一緒の大学だって知ったのは、麻実ちゃんと知り合ってからだけどな。」
ニヤリとマツが笑う。
本当に、嫌味なくらいソツの無い男だな。
「じゃぁ、何で俺に言わないんだよ。」
ハナが、マツに詰め寄った。
ちょっと待て、今のいい方おかしくないか?
そう思って、口を開こうとしたら。
「何を言うんだ?麻実ちゃんの友達が、極道だ、ヤバいぞ、ってお前にいうのか?そりゃ、おかしいだろ?麻実ちゃんと神崎の付き合いはおれ達よりずっと、長いんだ。見てりゃわかるだろ?どんだけ麻実ちゃん達の絆が深いか。麻実ちゃんが友達だって認めているんだ。極道だろうが、なんだろうが、俺たちに何か言う権利はないぞ。それに、この麻実ちゃんだ、例え俺たちが何か言ったって、自分の友達を裏切るとは思えないしな。下手したら、お前捨てられるぞ?戸田、お前も縁切られるぞ?」
やっぱ、マツって松之助じいさんのひ孫だな、腹据わっているよな。
いや、別に松之助じいさん、知り合いじゃねーけど。
今のマツの言葉で黙ってしまった、ハナとマコトにアタシは。
「そーいうことだ。ミコはアタシの大事なダチだ。余計なこと言うな。」
と、言ってやった。
だけど、何で。
マツはアタシの気持ちがわかるんだろう・・・。
少し雰囲気が悪くなったけど、鮨桶を開けたらスゲーうまそうで、皆食べることに夢中になった。
それで、食欲が満足してくると人間って言うのは不思議なもので。
機嫌が良くなる。
さっき、気まずい雰囲気だったミコもトムと冗談を言いだし。
マコトはウゼー位にアタシに謝ってきた。
ただ、ハナは、あまり口をきかないけれど。
はあ。
難しい男だ。
「神崎、そう言えば、最近ここらあたりに妙な不動産屋が出入りしてるらしいな?・・・なんていったか・・・新田土地とか・・・。」
マツが、こめかみを押さえ考えるように、ミコに話しかけた。
その顔は珍しく、厳しいもので。
「よく知っているな。新田土地開発だ。もとは、鴨居の方のヤクザの隠れ蓑の幽霊会社だ。どういういきさつで、社員を補充し、動きはじめたのか・・・動機がわからない。だけど、何度か・・・コンタクトをとりに来てるのは、確かだ。」
マツの質問に、驚いたようにミコが話し始めた。
だけど、途中から口が重くなった?
「よく、いろんな情報あつめてんなー、マツは。」
マコトが驚いた顔をした。
「ホテルや飲食店拡大して、客商売してんだ。そこそこの情報集めないで、やってはいけないだろ?」
そう言うとマツは、場所変えてその話をしたい、と言いだした。
仕事の話になると、マツってまったく表情が動かなくなるんだな。
そんなことに感心していたら、マツとミコは連れだって、外へ出て行った。
「はあ、神崎って妙な迫力があるよなー。」
マコトがまだ、ミコを気にしているようだ。
そんなマコトに、珍しく。
「で、でも・・・・本当は・・・。」
コージが話しかけた。
「ん?」
岩顔だけど、人当たりのいいマコトだから、コージは言葉を続けた。
「本当は、ミコさんは、スゲー優しい人なんです。家が極道だから・・・恐いってみんな思うけど・・・俺にとっては、最高の友達です。」
やっぱり。
コージはヘタレだけど、臆病者じゃない。
中学の時、自分の卑怯さを認めて謝ってきた、あの時のコージのままだ。
そんなコージを見て、トムもアキも頷きながらニコニコしている。
きっと、アタシも。
「・・・悪かった。お前らの絆の深さが、どんだけのものか、わかった。ダチを悪く言って、すまなかった。」
今まで黙っていた、ハナが突然謝罪を口にした。
アタシもだけど、トムもアキもそれには吃驚だ。
だって、ハナって偉そうだし。
まさか、こんなに素直に謝罪するなんて。
それに比べ・・・・。
アタシ達は、岩のようにゴツイ顔の男を睨んだ。
「な、何だよっ、華清。1人だけいい子ぶって!!俺も悪かったよぅ、謝るからさっ。皆、仲良くしよう!」
ダメだ…コイツ、岩のくせに、軽すぎる。
ガッカリだ。
「あー、仲良く、で思い出した・・・麻実、そういえばさー。」
マコトの情けない言い訳に皆が苦笑した後、トムが思い出したように、アタシに話しかけてきた。
「何だよ。」
「俺、此処に来る前に、彼女と会ってたんだよ。」
「はぁ・・・自慢かよ。」
呆れた目で、アホな幼馴染を見てやった。
「ち、ちげーよっ。ちょっと、聞けよっ。」
「はいはい。」
「でさ・・・俺ばったり、会っちゃったんだ。」
もじもじする、アホトム。
「誰と?ってゆうか、ああっ、話し方が面倒くさいっ。だから、昔からお前は成績悪ぃんだよっ。アタシに宿題させてたから、そうなったのかっ。反省しろっ。ボケッ。」
回りくどい言い方に、イライラして思わずケリを入れる。
涙目になる、トム。
はあ、昔からこのやり取りだ・・・アタシらも変わんねーな。
全員がゲラゲラ笑う。
「ヒデーよ。麻実ー・・・そうじゃなくて、話を聞いてくれよー。」
「だから、何だよ。聞いてほしいなら、簡潔に言えよっ!」
トムの頭をシバく。
「叶ちゃん・・・本職の神崎よりタチ悪いな・・・。」
小さい声で呟いたんだろうが、しっかりと聞こえていたぞ、マコト。
振り返って、睨みつける。
ヒッ、と悲鳴を上げる岩顔。
ふんっ、アタシを誰だと思ってんだっ。
鼻息荒くそんなことを思っていたら。
「どうどう。」
トムがアタシの肩をポンポンしていた・・・。
またこれかよ。
皆がゲラゲラ笑う。
エンドレスだな、こりゃ。
まぁ、さっきより雰囲気はよくなったけれど。
あ、そう言えば。
アタシは棚に置いておいた包みを、マコトに渡した。
「え?」
マコトが不思議そうな顔をした。
「誕生日だろ?かに座って、この間言ってたじゃんか。」
アタシがそう言うと、マコトは滅茶苦茶嬉しそうな顔をした。
「ええー、俺の誕生日、知ってたんだー。」
「いや、知らない。かに座っていうだけ。」
「あ、そうなんだ。俺さ実は、らい――「いや、いい!特に興味ないし。」
そう切り捨てると、そんなーーー、ってマコトが叫んだ。
皆は爆笑。
マコトは拗ね顔。
渋々、包装を開いた。
途端。
機嫌が直った。
「うわ、発売したばっかの、ウォークマンじゃん。これ、外で1人で音楽聞けるんだよな!欲しかったんだよ!サンキュー!!」
「ま、それで演歌でも聴け。」
喜んでいるマコトを見て、誕生日プレゼントをやってよかったと思った。
普段は酷いことばっかり言っているが、実は物凄く感謝している。
マコトのおちゃらけキャラのおかげで、アタシも救われているところもあるんだ。
調子に乗るから絶対に言わないけど。
「ねー、話の続きしていいかー?」
性懲りもなく、まだトムが話をふってくる。
「いいぞ、その代わり3秒以内に言え!」
皆がどっと、笑う。
「そんなっ、言えるわけねーじゃん!」
「・・・いち。」
アタシは無視して、数を数え始めた。
焦るトム。
アホだ。
「ああっ、もうっ。ラブホで、ジョーさんと会ったんだっ。相手は俺の、中学のタメのミユキ。」
後悔先に立たず・・・。
ずっと、話をさせなきゃよかった。
クシャリ、と歪む顔の、アキ。
「そっか・・・。」
「アキ・・・・。」
それ以上、なんて声をかけてやればいいのか分からない。
ただ、クルクルの髪を撫でた。
ポロリと、コーヒー色の頬に、涙がつたう。
「麻実・・・ごめん。もう、私限界なんだ。こんな風に、噂が耳に入るの、もう耐えられないんだ・・・だから、私、此処から逃げるの。麻実を置いて行くけど・・・ごめん。」
アキは、中1でアタシを通じてジョーにあった時から好きになって。
ずっと、ジョーを見つめていた。
アタシがジョーをふって、ジョーは色々な女と遊んでいた。
アキもそのうちの1人。
仲間の中で、それを知っていたのはアタシとミコ。
ジョーは特定の彼女を作らなくて、遊びだけ。
アキもそれはわかっていたけれど、だけど。
ずっと、アキは。
ジョーが好きだった。
できれば、最低の男だけど。
アキには、ジョーの側にずっといてほしかった。
アタシの代わりに、家族になってやってほしかった。
孤独な男から、孤独を取り去って欲しい・・・もう、それは無理なのか?
「アキ、ジョーさんはどうせいつもの遊びだ。お前だってわかっているだろ?」
いつの間にか、マツと戻ってきたミコが説き伏せるように話しかけた。
でも、アキは首をふる。
「ミコ・・・私、もう無理なんだ。来年、横須賀を離れる。決めたの。」
来年の春になれば、皆。
それぞれの道へ進むんだ――
アタシだけは、このままで・・・・。