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8、前進のきっかけ

「オッサン、騙したな・・・。」


ギロリ、と睨むとクソエロジジイは、震えあがった。


「あはは・・・叶ちゃん、素になってんじゃん。」


イワオが楽しそうにアタシとクソエロジジイを見た。


「か、華清。お前このコと知り合いか?」


クソエロジジイは、チラリとハナに視線を向けた。


「あぁっ!?俺の女だっ。」


「えぇっ!?お前が、女とつきあってんのかっ!?嘘だろ?」


「嘘じゃねー。麻実はマジの俺の女だ。」


そんな、はっきり言うと照れんじゃんか。


「・・・・・。」


「何だよ、親父文句あるのか?」


「いや、ない・・・・ないが・・・その・・・うむむ・・・。」


「ないけど何だよ?」


凄む、ハナ。


一応親父だろ?


クソエロジジイだけども。


その、クソエロジジイがアタシを見た。


「・・・いや、ちょっとマズイことが――「あれっ、家元、顎の下、腫れてますよ?どうしたんですか?」


イワオがタイミングよく尋ねた。


その質問に、クソエロジジイが固まった。


すがるような目でアタシを見る。


ふんっ、知るか。


しっかり、チクるぞ。


「オッサンの顎が腫れてんのは、アタシが頭突きしたんだ。ケツ触られて、手握られたから、ブチギレた。」


そう言った瞬間。


「テメェ・・・。」


ハナも、頭突きをクソエロジジイにお見舞いした。






こんな最悪の初対面だったが、ハナは親父さんと仲がよくて。


何故だか、ホッとした。


結局、クソエロジジイとも、和解して。


だけど、アタシも知らなかったとはいえ、随分失礼なことを言ってしまったし。


少し反省した。




だけど。


あの日、クソエロジジイと別れ際。


「あの、一輪ざしの菊を活けたの、俺なんだ。全て言い当てられちゃったけど、嬉しかった。ありがとうな。」


そんな、びっくり発言があった。





その後、ハナの家にもちょくちょく遊びに行くようになった。


ハナのとこの作品展も無事終わり、週末に会えるようになった。


何だか、オッサンにアタシは気に入られたようで、ハナの家に遊びに行くとスゲー大歓迎をうけるようになった。


知らない間に、アタシのパパにも会ったらしく、パパとも仲良くなり横須賀までオッサンも遊びに来たりする。


と言うより、パパの店に遊びに来るんだけど。


最近、キャバレーのアケミちゃんていうホステスさんがお気に入りなんだそうだ。


そんな情報、いらないっつうの。


で、オッサンについて、イワオもナレオもキャバレーにたまに行くようになった。


まったく、学生のくせに・・・。





「オイ、ハナ。お前も調子に乗って、キャバレー遊びしたら、ぶっ殺すからな。」


アタシもいっちょまえに、ヤキモチを妬くような女になった。


「あ?俺が行くかよっ!行かねーってばよ。ククッ・・・でも、俺がもしキャバレーいっても、別れるっていわねーんだな。可愛いなー。」


くそう。


勝ち誇った、ハナの言い方にムカついて、ケリを入れた。


あっさり避けられて、よけいムカついて。


そして、ヒョイと、抱き上げられてハナの膝の上に乗せられた。


ここは、青山のハナの家のハナの部屋だ。


顔が赤くなるのがわかる。


うう。


そんなアタシに対して、余裕のハナ。


クスリ、と笑って、唇をよせてくる。


何だか面白くなくて、プイッ、と横を向いた。


「何だよ、キスさせろ。」


偉そうに。


「・・・・・。」


「オイ。」


「何か、ハナばっか、余裕でムカつく。」


「余裕なんてねーよ。」


「嘘つけ。キスだって無茶苦茶上手いじゃんか。」


そう言うと、ハナがニヤリと笑った。


「そうかー、俺のキス上手いのかー。ま、お前はキス初心者だからなー。俺がちゃんと、教えてやっからよー。ほら、来い。」


わかっていたけど、いかにも自分は色んな女とヤりました、みたいな言い方にカチンときた。


だから、言わなくてもいいことを言ってしまった。


「あ?誰がキス初めてっつったよ?ファーストキスはきっちり済んでっから。」


「・・・あぁ!?」


ハナの顔色が、変わった。


言ってから、しまった、と思ったよ。


だけど、もう口から出ちゃったもんは、引っ込まないし。


「どこのどいつとキスしたんだっ!?」


「・・・・企業秘密。」


「あ?何ふざけたこといってんだ?」


「ふざけてねーよ。自分だって、初めてじゃねーだろ?」


「あ?今は俺の話じゃねーだろ?」


「は?自分はいいっつうのか?」


「そんな事言ってねーだろ!」


アタシもハナも引っ込みがつかなくなって、だんだんヒートアップしてきた。


喧嘩なんかしたくないのに。


「どうせ、相手は浜田だろ?」


突然、第三者の声がした。


つうか、ナレオの声だ。


しかも、正解。


何で、わかったんだよ?


だけど、それより。


「何で、ナレオとイワオがここにいるんだよ。」


喧嘩をしてなきゃ、まんま、キスしてたんだけど。


てゆうか、話を聞いていたのか?


なんつーやつらだ。


「えー、華清はどうでもいいんだけど。叶ちゃんがキスする時どんなかなー、って気になってさー。今後のために、観察をドアの隙間から、こっそりと・・・。」


アホかっ!


「デバガメで岩顔なんて、どうしようもないぞ!なあ、ハナも、何か言ってや――「浜田なんか?お前のファーストキスの相手は?あいつとキスしたんかっ!?」


低い声のハナ。


まずい、ソコ、つっこんでくるのか!?


あたふたしていたら、ナレオがゲラゲラ笑いながら図星だねー、なんて他人事。


「麻ー実ー!!」


うわ、もう手のつけられないハナ・・・面倒くせーな。


「アハハ・・・叶ちゃん、顔に面倒くせーって、書いてあるぞー?」


げ、バレた?


「何だと!?何が、面倒くせぇんだっ!?大事なことだろっ!?」


益々ボルテージのあがるハナ。


ヤキモチ妬いてくれて嬉しいんだけど、後で2人になった時が恐いぞ。


そんな事を考えていたら、イワオが話を上手く変えてくれた。


「華清、お前のこの間渋谷のデパートでディスプレイした花が、評判いいんだってな。」


そう。


ハナは、華道に対して吹っ切れたようで、作品展以降積極的にフラワーアレンジメントにも興味を持ち始め、色々なところで活動をしている。


もともと器用で、基本がきちんとできているハナだから、こういうことに向いていたようだ。ちょくちょくオファーがきているらしい。


ハナは華やかでモダンなものが好きなので、若者受けをして重宝がられているとイワオも言っていた。


「NYに支店を置いているDANDO自動車のパーティーでのアレンジメントにもよばれたんだってな?三園が悔しがっていたぞ?」


イワオが嬉しそうに言った。


「えー、そうなんだ!やったじゃん、ハナ!」


アタシも自分の事のように嬉しくなった。






7月に入ったというのに今年はまだ梅雨が明けず、肌寒い日が続いていた。


そういう気候の時は、必ずと言っていいほど、体調を崩す。


アタシは一昨日から、高熱に悩まされていた。


昨日夜中に熱が40度になり、入院を余儀なくされた。



はあ。


ついていない。


ハナが明日から渡米するのに、見送りにもいけない・・・。



横須賀記念病院の特別室。


ここは1人部屋だけど、すごく広い。


ベッドも、普通の白いパイプベッドじゃなくて、ダブルのふかふかのベッドだ。


布団ももちろん羽根布団。


テレビや冷蔵庫はもちろん、ミニキッチン、バス、トイレ付だ。


ソファーも完備。


家具も高級感が漂う。


料金は知らないけれど、凄く高いと思う。


でも、小さい頃から入院すると、いつもこの部屋だ。


今でも体調を崩して年に2~3回は入院するけれど、小さい頃は一年の3分の1は此処で過ごした記憶がある。


アタシにかかる入院費って凄い値段だと思うけど、パパはいつも気にするな、といって病院で一番いいこの部屋を選んでくれる。


アタシは恵まれている・・・だから、これ以上望むものなんてないはずなのに・・・。






「眠っているのか・・・。」


「ホント、眠っているとこんなに綺麗で可愛いのに、起きると毒舌怪獣になるんだから、叶ちゃん、詐欺だよなー。」


「おい、怪獣が起きるだろ?静かにしろよ。」


よく知っている、ふざけた連中の声で目が覚めた。


まだふわふわとした感覚が残っていて、ゆっくりと目を開ける。


「あ、起きた。」


ムカつく。


何が悲しくて、目覚め一番で岩顔を見なきゃいけねーんだ。


「オイ、ゴラ。誰が毒舌怪獣だよ。」


「うわ、怪獣が喋った!」


ナレオまでふざけやがって。


「叶ちゃん、体弱って入院してんのに、舌の毒は弱んないんだね?」


「お前もな、イワオ。体弱っている奴のとこ来るのに、岩顔で来るな。気ィつかって、整えてから来いよ。」


「ひ、酷い・・・あなた、毒舌怪獣が、私をいじめるのっ。」


そう言って、イワオは体をくねらせ、ナレオにしなだれかかった。


キモい。


速攻で、ナレオに頭をはたかれるイワオ。


アホだ。


はたくときにかなりの力をナレオは入れていたようで、パコンと良い音がした。


イワオが涙目になる。


それがおかしくて、吹き出してしまった。


「はぁ。」


ため息が聞こえ、見上げるとハナが眉を寄せていた。


「何だよ。」


「何だよじゃねーよ。何で一昨日から具合が悪かったのに、言わねーんだよっ。」


あー、それで機嫌が悪いのか。


「だって、ハナ、渡米の準備で忙しいじゃんか。」


そう言うと3人が真顔になり、黙り込んだ。


「お前、気ィ遣いすぎ。俺らに気ィ遣ったって、何もないぞ?」


「そうだ、叶ちゃん。今日みたいに叶ちゃんの親父さんから電話がかかってきて、見舞いに行け、なんて言われてびっくりしたんだぞ!」


「はあ。バレた原因はパパか・・・。」


「お前なぁ、バレなきゃずっと黙ってたのかよ。」


「だって・・・。」


黙っていたことをハナに責められて、困ってしまった。


「まぁ、叶ちゃんも華清に心おきなくNYで仕事してほしかったんだな?こんな毒舌怪獣でも、恋する乙女なんだなー。」


わざと茶化すように、イワオが話をそらしてくれた。


やっぱり、コイツはバランスがとれている。


将来・・・ハナが家元になった時には、コイツがいい相棒になってくれるといいんだけどな。


いや、情に厚いイワオなら、きっとこの先、ハナを助けてくれるだろう。


多分、アタシはその時にはもう、ハナの隣にはいられないだろうけど。


そんなことをふと思ってしまったら・・・。


アタシはこのまま、コイツらと一緒にいていいんだろうか、って思ってしまった。



「麻実ちゃん?どうした?気分が悪いのか?」


ナレオの声で我に返る。


あ、コイツらに心配させたらいけない・・・。


「何で、アタシが毒舌怪獣と呼ばれないといけないんだよ。しかも、気分が悪いのは、イワオのピンク色のシャツのせいだ。岩がピンク着るなよ。」


「うー、酷いなー、叶ちゃん。俺、今日朝の占いで、かに座が一番悪かったんだよ。思っていたことが上手くいかないって。ショックでさー。だけど、ラッキーアイテムでピンクのシャツを着れば、助っ人が現れるって・・・で、着てみたんだけど。」


「「「・・・・・・。」」」


「オイッ、何か言ってくれよ!!」


「「「・・・・・・。」」」


「放置しないでくれよー。」


「アホか!占いなんかで、人生決まってたまるか!ピンクのシャツで助っ人が現れるんなら、世の中ピンクのシャツだらけだぞ!失敗だって全部お前の経験になる。失敗にビビってんじゃねー!いいか、今後一切ピンクのシャツを着るんじゃねえぞっ!サンゴに失礼だ!!」


イワオがあまりにも情けないので、アタシはそう言って、頭をはたいた。


ナレオとハナが吹き出した。


イワオはアタシの言葉にショックを受けたのか、その日は言葉少なに早く帰って行った。






そして。


次の日、ハナは渡米した。


アタシが入院していたのを隠していたことで機嫌が悪かったが、ハナが帰国するまでに退院することを約束すると、眉を寄せて絶対だぞ、と言ってキスをくれた。


あ、この話をした時、ナレオはパパのキャバレーへ遊びに出かけた後で、ハナと2人っきりだった。


多分、気をきかせてくれたんだろう。






まさかアタシに恋人ができるなんて。


少し前までは、考えもしなかったことだ。


いや、考えられなかったこと・・・・。




恋はしないでおこう、と思っていた。


ジョーのことは、好きだった。


ずっと一緒に育ってきて。


ずっとアタシの面倒をみてくれて。


ずっと守ってくれた。



このまま、ジョーと一緒に生きていければいいって思ったりもしたけど。


よく考えたら、あたし。


ずっと一緒にいられないし。



ジョーは5歳の時に親に捨てられて。


パパが面倒を見てきた。



アタシにはパパがいて。


どんなアタシでも愛してくれる。


どんなアタシでも愛されてきた。



それって、アタシがパパにとってのたったひとりの娘だから。


だから、一生懸命愛して育ててくれた。



パパもジョーのことは息子のように思っているし、信頼もしている。


信頼してなかったら、アタシをまかせないしな。


でも、『信頼している』なんて、言葉。


本当の子供だったら使わない。



だから、ジョーは孤独なんだ。


なんだかんだ言ったって、天涯孤独の身。



親に恵まれないせいで孤独を背負ってきたのなら、それを克服するには自分で家族をもてばいい。


愛のある家族を。


そしてずっとずっと一緒にいれば、孤独は過去になる。



ジョーが孤独なのは、ジョーのせいじゃない。


だから、ジョーは幸せにならないと、ダメだ。



ぶっきらぼうで、口が悪いけど、あんなにやさしい男、そうはいない。


本当はアタシが、ジョーを孤独から救ってやりたかったけど。



アタシと一緒にいたら、ジョーはまた1人になってしまう。


だから、アタシはジョーには似合わない。



それに、ジョーを好いてくれる女だって。


あんなにいい子がいるじゃねーか。



アタシなんか。


アタシなんか――


お呼びじゃないよね。


でも、この想いも、今は昔。



ジョーへの気持ちなら、封印できたのに。


どこが違うんだろう。


ハナへの想いは、底なしだ。


いつかは手放さなければ、ならないのに・・・。



それを考えただけで、体が震える。


それを考えただけで、心が軋む。


どうしたら、いいんだろう・・・。






「麻実ちゃん。リンゴむいたぞ?」


綺麗に皮をむいて、フォークで刺したリンゴが目の前に出されていた。


ハナが渡米してから、ナレオは毎日見舞いにきてくれる。


イワオは鎌倉の華道教室の方が忙しいらしく、あれから顔を見ていない。


「お、サンキュ。」


リンゴを受けとる。


「食べないのか?」


「いや・・・綺麗にむけているな、と思って。お前は、リンゴの皮むきまでソツがないな。」


リンゴを見て何となく思ったことなのに、それは意外と核心をつくものであったようで。


「麻実ちゃんは本当に、人の地雷を踏むのが上手いな。」


ナレオがクスクス笑う。


「何だよ、何か悪いこといったか?」


ほめたつもりだぞ?


「・・・俺の人生、このリンゴと同じだと思ってさ。」


自分用にむいたリンゴを、ナレオがカリッとかじった。


香気が漂う。


アタシも、かじる。


「やっぱ、高級品だけあって、滅茶苦茶うまいな?」


今日ナレオが持ってきたのは、木箱6個入りの高そうなリンゴだ。


「それだよ、まさにそれだ。俺の人生。」


「自慢か?ゴラ。」


「ククッ・・・。本当に、麻実ちゃんは麻実ちゃんだよな。何で、こうも自然体なんだよ。だから、俺も肩の力がぬけるんだな・・・。」


切なそうなナレオの表情に、アタシは胸が痛んだ。


「そっか・・・ナレオはそつなく何でもこなすために、いつも肩に力を入れていたんだ。」


「広瀬産業の後継ぎだからな。ソツなくこなして当然なんだよ。いつの間にか、俺もそれが当たり前になっていて。だから、麻実ちゃんと会うまで気がつかなかった。今まで無理してたって。」


「そっか。そりゃ、今までご苦労さんだったな。だけど、無理できるってことも、長所なんだぞ。諦めるって手もあるし、もともと無理なんかしないやつもいるしよ?アタシみたいにな。」


「嘘つけ。麻実ちゃんは、無理ばっかしてるだろ?」


「え?してねーよ。無理してたら、アタシ入院もっとしてるぞ。」


アタシがそう言うと、ナレオはため息をついた。


「そういう事じゃない。ずっと我慢してきただろ?体調が悪いのを黙っていたのだって、ハナにNYで思う存分仕事させたかったからだろ?本当は、苦しくて寂しかったんだろ?」


参ったな。


ぐうの音も出ないとは、この事か・・・。


「・・・・・。」


「図星だろ。」


「いや、感心していた。さすがだな、アタシ、天才かも。やっぱお前、『女慣れ男』だ。」


誤魔化すように言った言葉は、通用しなかった。


ナレオが怒った顔をした。


「おい、本心を見せろ!お前は簡単に人を受け入れて、人を救う。でも、自分の心は見せない。苦しみさえもな。見てる方は堪んないんだよ!」


怒った顔が、泣きそうな顔になった。


いつも余裕のナレオが、こんな表情をするなんて。


アタシを本心から心配してくれている事が、伝わった。



はあ。


カッコ悪ぃな、アタシ。



「ありがとな。ナレオ・・・アタシな、生まれた時から体が弱くて。いや、どこが悪いってわけじゃなくて・・・超虚弱体質ってやつで。ちょっと無理をすると熱が出る。で、食欲もなくなって、ありとあらゆる器官が低下する。そんな感じ。だから、いつも周りに心配かけてきて・・・お前らと知り合ったのは、地元とは関係なくて、しかも猫かぶっている学校だったから、余計に言いたくなかった。本当の自分を見せたくなくて・・・普通の女の子みたいにしていたかったんだ。足手まといは・・・もう、嫌なんだ。」


小さい頃から、周りが弱いアタシに何でも合わせて、皆に我慢させてきた。


ジョーだって、そうだ。



自然と俯いていたアタシの頭に、ポン、と手が乗った。


「本心から、俺ら3人はお前を足手まといと思ってない。俺ら3人、お前のお陰で、救われたんだぞ?」


その真剣な声色に驚いて、アタシは思わず顔をあげた。


「え?そんな事した、記憶ねーよ?」


「華清が渡米してから、戸田がここへ来てないだろ?」


「ああ。忙しそうだな。」


「アイツ、本気出しやがった。」


「え?」


「アイツのうちさ、代々華道教室をやっててさ。華道教室っていっても、スゲーでかいの。華清とこの傘下で断トツ。親父さんがやり手でさ。もともとでかかったんだけど、戦後復興してから、高度成長期に入って、それに乗ったって感じ?親父さんの代で、とんでもなくでかくなった。」


「そうなんだ。イワオその後、継ぐんだ。これから修行が大変だな・・・。」


「いや、親父さんが去年、脳溢血で急死したんだ。事実上は、今アイツが当主だ。」


「え・・・?」


「麻実ちゃんこの間、戸田、ピンクのシャツ着てただろ?」


突然、ナレオが話を変えた。


「・・・気持ち悪ィ事、思い出させんな。」


岩顔にピンクのシャツが目に浮かび、首をふる。


その様子に、ナレオが笑う。


「ククッ。余程、目に焼き付いているんだな。」


「あれは・・・酷かった。」


「ハハハ・・・確かに。だけど、あれから戸田変わったんだ。」


「え?」


「あの時、麻実ちゃんいったろ?『占いなんかで、人生決まってたまるか、失敗だって全部経験になる。失敗にビビるな』って。アイツ、自信がなくて、親父さんみたいにできなかったら、失敗したらって、いつも考えていたんだろうな。だから、なんでもお袋さんのいう通りで、お袋さん任せ。失敗しないように、そればっかりで。だけど、麻実ちゃんに怒鳴られて、叩かれて、目が覚めたって言っていた。それで、大学終わったら、直行で家の仕事に打ち込んでいる。まあ、もう4年だから、授業もそんなにないしな。」


「そっか・・・そりゃ、よかった。だけど、イワオなら大丈夫だ。花の才能はあるし、人間的にもバランスが取れている。何て言ったって、情に厚いやつだ。将来、ハナのいい相棒になるだろ。」


「ああ。そうだな。」


ナレオが、微笑んで、ふと遠くを見た。


アタシはその横顔に問いかけた。


「お前は?」


「え?」


「お前は、変われるか?」


「変わる?俺が?」


「ああ。肩に入れている力を、前に進むためのパワーに変えられるか、ってことだ。」


「パワーに変える・・・できんのかな、俺に。」


「できんだろ?お前なら。広瀬の後継ぎだから、できるんじゃない。広瀬松太郎だから、お前だから、できるとアタシは思うぞ。」


アタシがそう言うと、ナレオはくしゃりと顔を歪めた。


「俺んち、代々の名家でさ。地元では有名な由緒ある家なんだ。まあ、親父やお袋やじいちゃんなんかは、捌けた人で、こうでなければ、とか、決まった相手と結婚しろとかはなくて、代々恋愛結婚だし。家の中も皆仲良くて、いわゆる明るい家庭っての?そんな風なんだけど・・・やっぱり、周りからのプレッシャーってあんだよ。家を繁栄させるのが、当主の務めで。うちも、親父がやり手だ。親父、梅介って、いうんだけど、じいちゃんが竹男、ひいじいちゃんが松之助でひいひいじいちゃんが梅康・・・。」


おいおい、先祖の名前披露か。


「よく、ひいひいじいちゃんまで名前覚えてんな。」


アタシが感心したように言うと、ナレオが爆笑した。


ゲラゲラ笑うナレオを見ながら、笑う要素はどこにあったんだと首を捻った。


「先祖の名前は、家系図があるから、だいたいわかるんだ。」


漸く笑いがおさまったようで、ナレオが咳払いをして、説明をした。


「家系図があるなんて、スゲーな。」


「ああ・・・じゃなくて。気がつかないか?名前。うちは先祖代々、当主になる長男は『松竹梅』の名前を継ぐっていう家訓があるんだ。」


あ、そういうことか。


「そりゃ、めでたい家訓だな。」


「ブッ・・・スゲー雑な感想だな。ククッ。」


「だって、人、それぞれだし。家だって、そこのうちうちでそれぞれあんだろ?」


「ああ。そうだな。」


「で、嫌なのか?松竹梅制度が。松太郎ってお前にあったいい名前だと思うぞ?ひい祖父さんが松之助だったな。どんな、じいさんだったんだろうな、同じ字を持つ先祖に親しみとかわかないか?そんな大切な名前をもったら、悪いことなんかできないな。あ、その人が凄い人だったら、自分もって目標にするのもいいな?」


アタシが思い付いたままそういうと、ナレオはため息をついた。


「・・・参った。麻実ちゃん、それ松竹梅の名前つけの家訓の理由そのままだ。」


「ええっ!?」


アタシ適当に言ったんだぞ?


「そして、それが俺の肩に力が入る理由だ。」


「松之助ってじいさんって、スゲー人だったのか?」


「ああ、船で大儲けした、大商人だ。商売ばっかじゃなく、病院や寺子屋も家財を投じてつくったらしい。いわゆる地元の名士だ。」


「へえ。スゲーな。じゃあ、松太郎の名前には、お前は誇りをもたないとな?プレッシャーじゃなく、誇りを持て。卑屈になるんじゃなく、同じ血が流れていることに、自信を持て。」


「・・・・・。」


「何で、無言なんだよ。」


「できるかな、俺にも。」


珍しく、というより、初めてだな。


すがるような目をした、ナレオは――


でも、これがソツのない男の本当の姿・・・。


誰だって、不安になる。


だから。


アタシは、大きく頷いてやった。



「できるな。アタシが知っている、広瀬松太郎なら。」




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